「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 登美子は、崇の描いたラジオドラマ「優しいライオン」を聞いて、感無量です。親子の絆を改めて感じています。母性は強しです。

 才能クラゲ崇は、登美子がどう感じたかが気になります。登美子は、息子が生きているだけで十分だと思っているのではないでしょうか。それ以上のことは、登美子自身が自分を満たしながら生きるのに精一杯で、あとは母性愛のテレパシーでどうにかするしかないのかもしれません。もしくは、ただ忘れているだけかもしれません。

 勘違いしない方がいいのは、テレパシーの次元と現実の3次元のレベルは波動が違うので、結局、何を言っても通じることが無い・・・に等しいのです。ただ、なんとなく、愛があれば理解できるか、理解しようとしているだけです。

 あのね、意識の波動はイメージや言葉で表されるけど、もしテレパシーで伝えられるようになったら、言葉が必要なくなる感覚になるかもしれないのです。さらに、嘘は、嘘として認識できるようになるでしょう。

 あと、本心は、その人の行動で判断することもあるけれど、自分の思考回路や他人の思考波の影響を受けた行動はあてにならないことも多い。だから究極的には、何もせずにいる「存在の意識波動」で判断するしかないのかもしれません。

 のぶは、ラジオドラマ「優しいライオン」を母親の愛情を描いた作品だと考えています。ブルブルが崇で、ムクムクが登美子なので、のぶは、登美子がこのドラマをどう感じたのかが気になっているのです。

 のぶは、登美子と崇が心を通わせ、今のマンションに引っ越してくることを願い、そのために茶室を作りました。崇はかなり稼いでいます。

 でもね、どちらかと言えば、登美子の住む豪邸にのぶ夫婦と羽多子が同居した方が良いと思う。その方が登美子のプライドや生き方が、彼女自身の中で納得できるように思う。

 そもそも自分の存在理由が見つからないので、クラゲになった崇です。だから、長屋に住もうが豪邸に居ようが、彼の意識波動は何も変わらない。それは乾いてはいないが潤ってもいない、それだけだ。のぶには、まだ登美子のプライドと崇のこだわりのなさが分かっていない。。。

 のぶの心遣いを知った羽多子は、マンションの茶室に登美子を呼び、お茶を点ててもらうことにした。

 「優しいライオン」は、とても評判が良く、崇は、絵本の仕事を依頼された。彼は、アンパンマンおじさんを提案したが、一瞬でボツです。他に言うことはありません。彼はそういうことに慣れています。

 数日後、登美子がマンションの茶室でお茶を点てた。羽多子はとりあえず一服、頂いた。

 そして、ラジオドラマ「優しいライオン」の話題になったが、登美子はさすがの百戦錬磨。のぶと羽多子が描いた筋書きには最初から乗る気はなく、すでに成り行きを察しているようです。

 登美子は心の奥では崇のことを想っていますが、彼が追い詰められないと本気にならない性格であることも理解しています。崇のクラゲの姿は仮のものであり、登美子が気づいていないのは、崇が自分の存在理由に迷い、純粋で夢のような母性愛を求めているということです。

 しかし、正しい母性愛は、メルヘンを許しません。優しさがこじれた甘さなど、女性にとってはただの生ぬるい金玉もどきに過ぎません。登美子からすれば、崇がそんな迷惑な男に育つはずがありません。母親は、蜂蜜の入った一斗缶を頭からかぶったようなベタベタな男になってほしくないのです。そういう男を見ると、登美子は癇癪を起こします。しかし、そのはちみつ男が、事もあろうに我が子なのです。産んだんです。あははは。

 そして、崇は自分の存在理由が分からなくなり、クラゲになってしまいました。才能はあります。やればできる子です。ただ、今の蜂蜜メルヘン男は、腹の出たアンパンマンおじさんをヒーローだと考えているのです。アンパンマンおじさんは、人助けをする崇です。

 登美子はのぶに「前にも言ったけど、崇は優し過ぎます。それは、甘すぎると言う意味です。勘違いしないでね」と注意しました。

 そんなところに崇が帰ってきた。

 崇が「優しいライオン」の感想を尋ねると、登美子は「崇、あんた、もっとズルくなりなさい。あんな甘ったるい話を作っているようじゃ、頭の中がすけて見えるわよ。そんなじゃ、この世の中でやっていけないし、生きていけないわ」と、まるで父親代わりのように説教をしてしまいます。

 登美子には、なぜ崇が味のしない半透明のクラゲになってしまったのか、理由が分からないようです。それは、あんたのせいです。

 登美子さん、お言葉ですが、崇君は、裕福な生活を送り、その創造的才能も世間から高く評価されています。しかし、そこまで耐えても崇君自身、存在する理由が分からず、どうしても何かの生きづらさを感じてしまうのです。その意味でやっていけないのです。彼は自分の魂が存在する理由を知りたいのです。創造性があるから空白ではないのに、そこを埋めることを求めているのです。それだけなのです。なかなか難しい問題です。

 あえて言うなら、崇は、空(くう)の中に空を求めています。透明の中に透明を求めています。それは、仲のいい魂が家族という形で存在しながら、その絶対的な存在理由は無いのか?と彼は、自分に問うているのです。父親が死んだからね。

 そして、自分はどうすべきかを考えたら、まるでメルヘンのような展開になったのです。現実を言うなら、人助けをする腹の出たアンパンマンおじさんになったのです。

 しかし、今日、アンパンマンおじさん(崇)は女性編集者に瞬殺され、ブルブルのメルヘン物語ではムクムク役の登美子に甘ったるいと否定されたのです。そりゃー、崇が自分の存在理由が分からなくなってしまうでしょ。。。

 だかららこそ、崇は余計に母性愛の中を泳ぐ、才能クラゲになって行くのです。

 さて、ちょっと話がそれるけど、和至は登美子と崇の意見を聞いて、クラゲに蜂蜜をかけたら美味しい料理になるんじゃないかと思い始めた。例えば、クラゲの蜂蜜漬けとか、レモンを添えたりするのも良さそうだ。

(このアイデアを参考にしていい商品が出来たら、和至へのお礼をよろしく。プロフィール参照)

 話を元に戻します。

 登美子は、極めつけの一言を崇に吐いた、「だから、その年になっても代表作の一つも作れないのよ」と。あらら。

 これには羽多子が激高した。そして、

「登美子さん、久しぶりに会うた息子にそんなことしか言えんがですかっ。あんたが、こんな優しい息子さんに、愛情ある言葉の一つもかけられん母親らあなら、謝るのはあんたの方がじゃ」と吐き出した。登美子は、

「私は、謝るようなことは一切しておりません。二度の結婚は、崇を守るためです。」とキッパリ言い切る。

 のぶは二人の間に入って「この茶室を作ったのは、いつか登美子さんが年老いたとき、一緒に住んでくれるかもしれないから・・と、崇さんと相談してのことです」と話した。登美子は、

「崇が手島治虫先生みたいに有名になって、庭付きの豪邸でも建ててくれるのなら、同居も考えるわ」と言い残して帰って行った。

 今日は、崇のことを登美子は「やればできる子」だと確信しているようで、しっかり見極めている様子です。しかし、登美子自身が崇にとっての存在理由でもあることには気づいていないようです、の一席です。

 あのね、登美子さん、誕生日って何をお祝いしているか知っていますか?誕生日のお祝いは、正月に神様を迎えるお祝いとは少し違う気がします。もちろん、ただのセレモニーやパーティーだけでもなさそうですよ。

 和至も小学校に上がるまでは自分の誕生日を知らなかったし、30歳前後になるまで誕生日が祝うものだと知らなかった。こじつけのパーティだと思っていた。そもそも誕生会をした記憶がない。あははは。

 で、昨日ふとインスピレーションで気づいたんだけど、誕生日のお祝いって、その人の存在理由に関係しているみたいです。

 母親は命がけで子供を産むけど、子供も命がけで生まれてくる。それは、体の形が変わるほど過酷なこと。でも、ちゃんと無事に成功するんだよね。もし失敗したら、どちらかが命を落としてしまう。

 その成功体験が、魂と宇宙自然の法則に支えられている証拠となるため、正しく努力すれば成功するという実感を得られる成功体験にもなる。そして、漠然としているけれど、確かな経験に基づいた信頼にもつながるようです。全体、それが「最初の存在理由がある」という感覚的な体験になるのだと思います。

 魂には光の粒のようなものがあり、そこに前世の記録やあの世でのエネルギー交換の記録が残されているのだと思います。それはまるでDVDのような光の記録形式です。他にも遺伝子などのようなさまざまな記録形式が存在していると思います。

 それで、この光の粒がその人の根源的なところから来る「存在」だと言えると思う。だからこそ、消滅する因縁が無ければ、生死を超えて自動的に存在理由があると考えられるけれど、現実では、生と死が分かれていて、出産は生の側に属します。

 この生の側での無事な出産は、赤ちゃんにとって、この世界での最初の成功体験となるのです。初産であれば母親にとっても同様でしょうね。

 この成功体験を誕生日に祝うことで、母子ともに自分たちの存在理由が成功体験として認識できるのです。魂の光の粒と成功体験が祝いとして結びつけば、さらに一層、魂の世界や宇宙の自然法則から生まれた自分の存在理由を理屈抜きで感覚的に理解できるでしょう。そういう意味で誕生日のお祝いは大切なのです。

 つまり、この出産が無事成功したという体験が重要で、それが当人たちにとって当たり前のことでも、心から喜んでお祝いすることで、この先の人生でも次の成功体験に繋がる可能性が高くなるのです。例えば、成功が成功を呼ぶような感覚ですね。小さなことでも成功すれば、自分の存在理由を喜びとして感じられるでしょう。そこが大切な感覚なんです。わかるかなぁ?

 まあね、崇みたいに才能があっても、親子関係が悪くて、生まれてきたけど自分の望むような成功体験なんて知らない。否定ばかりされて、世間をただ漂うように生きているだけ。何かに燃えてみたかったけど、それも出来なかった。だから、自分が存在する理由もわからない、どうでもいい、責任は感じても成功なんて必要ない、どうせ伝わらない、という人もいるだろう。しかもバカはない。

 でも、その場合、自分が誕生日に生まれてきたという成功体験を思い出すといいと思う。それは紛れもない事実だし、才能があればなおのことです。親が嫌いでも、親がいなくても、それは一人でできることだからね。

 とりあえず生まれて、とりあえず生きていることを成功体験と捉えるように意識が変わると、やがて魂の光の粒と反応し、日々の小さな、それなりの成功体験が増えていくかもしれない。正しい成功体験を求めるのは良いことです。

 まっ、いろいろ書いたけど、しょうがないじゃん。そこにいるんだから。だったら、出産時に生きて産まれて来た成功体験を考えることで、自分の存在する理由を感じ取ればいいと思う。

 魂があり、魂には光の粒のようなものがあり、それらは空(くう)から生まれています。だからこそ、空氣体瞑想を通じて空に触れ、自分が存在する理由を直接感じ取ってみましょう。また、出産に成功したことで今ここに存在しているのですから、その成功体験をさらに広げてみましょう。それが現実世界での身近な成功体験に繋がるかもしれません。

 底辺で成功していると思えば、生きやすくなる。どうせ、バカに付ける薬は無いのだからね。賢い者が本物のバカにはなるな。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復、善業の自業自得の強化、空や空性による裁き、サトワ(宇宙調和、サティア)のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 昭和42年(1967年)5月、崇とのぶは高級マンションに引っ越しました。そこには、崇の書斎、のぶの茶室、そして羽多子の部屋もあります。たぶんだけど、羽多子は御免与町の実家を、「たまご食堂」を営む康太に売ったのかもしれませんね。それで東京に来たのかも?まあ、実際のところは分かりませんけどね。

 羽多子が東京に来たのには、理由があります。それは、アポロ計画に参加して月に行く予定だからです。・・嘘です。人が月に帰る時は、寿命を全うした時です。

 羽多子は、歳を取って体が思うように動かなくなる前に、夫の結太郎が仕事で訪れた場所を旅してみたいと思っています。彼女は結太郎の手紙を片手に、どんな思いでどんな場所でどんな人たちと関わりながら商売をしていたのかを、自分自身で体験してみたかったのです。歳を重ねたからこそ芽生える乙女心、と言えるでしょう。羽多子も寂しさをこらえていたんですね。

 つまり、羽多子は結婚式当日に結太郎と初めて会ったけど、結局のところ嫌いじゃなかったんだね。

 さて、うっかり電話に出てしまった羽多子は、山田ディレクターから懇願されるままに、勝手にラジオドラマの脚本依頼を引き受けてしまった。しかも、それは明日の番組用である。

 才能クラゲ崇、これは大変です。

 彼は短編ながら、ライオンのブルブルと犬のムクムクを主人公にしたラジオドラマを書いたことがある。しかし、その結末がハッピーエンドではなかったため、今回、書き直そうと考え始めている。

 しかし、ライオンのブルブルは崇であり、犬のムクムクは実母の登美子です。そして、ブルブルはサーカスに売られますが、その時の調教師が育ての親である千代子なのです。ラジオドラマを視聴し、登美子と千代子がどう感じるのか、崇としては気になるところです。

 物語のあらすじは、幼いライオンの子は臆病でいつも震えていたため、「ブルブル」と呼ばれていました。猫の親分にも苛められていました。

 太った犬のムクムクは、「大丈夫だよ」と気弱なブルブルを励まし、大きく成長するまで優しく楽しく育てました。

 しかし、犬より大きく育ったブルブルは、食費がかさむため動物園に売られてしまった。

 犬に育てられたことで非常に賢かったブルブルを、動物園はさらにサーカスに売り渡した。サーカスのショーに出演するようになったブルブルは、その賢さで大人気となり、ムクムクのことも忘れ、忙しい日々を過ごしていた。

 ある日、ショーに疲れたブルブルは、ムクムクの子守歌が聞こえるようになった。その歌が幼い頃の母との幸せな日々を思い出させ、ブルブルは檻を破って街へと逃げ出した。ムクムクと同じ種類の犬を見かけたブルブルだったが、その場面で犬を散歩していた人に危害が及ぶ恐れがあったため、警官に射殺されてしまった。

 と、ここまでが前回の話しです。

 しかし、優しい願いを持つ崇は、幻聴であるお母さんとすら会えないブルブルを、自分と重ね、このままではあまりに悲しすぎると思う・・・そして、そのあとを付け加えた。

 警察官に撃たれたブルブルは、これで人生が終えられたと感じた。

 魂になったブルブルが見上げると、優しげな満月が輝いていて、そこへ向かおうと立ち上がる。晴れているのに、雪が静かに降り始めた。

 その時、年老いたムクムクがブルブルの傷を癒そうと懸命になめているのに気づく。・・・ブルブルは、ムクムクがすでに魂だけになっていたことを悟り、

「母さん、僕、大丈夫だよ。いいから背中に乗って」と言う。ブルブルの魂は年老いたムクムクの魂を背に乗せ、「冷たい世間とはこれでおさらば」と空へ昇っていった。

 その夜、サーカスの人たちとブルブルのファンだった街の人々は、夜空の満月に向かって昇っていくブルブルと、その背に乗った幸せそうな老犬の姿を見上げていた。  終わり。

 才能クラゲ崇は、何度も裏切られた経験から、現実では叶うことのない、自分と母親の夢を描いたのです。彼は全体を通じて、「別に恨みは有りません。誰も恨んでいません」と伝えたかったのでしょう。

 今日は、理不尽な世の中やそこに生きる人々をえぐるよりも、冷たく白い浮き世の雪を溶かそうと、まるで4Bの鉛筆を削るように、自分を削りながらメルヘンを描く、才能クラゲの崇です、の一席でした。

 一人ぐらいはこういう馬鹿が、いなきゃ世間の目は覚めぬ、と言う感じでしょうか?それとも・・・。

 崇はメルヘンになってしまったと語ったが、忠君愛国の純粋さを保つのぶは「最後は誰の心も傷つかなかった。あなたは、本当に素敵です」と言う。

 人生の終わりには、やはり空(そら)へ、空(くう)へ帰るのですから、今のうちから空氣体瞑想をして、空に触れておきましょう。そうすれば、生命エネルギーが回復します。恨みというのは、意味不明なエネルギー不足から始まるものです。こんな世の中でも、恨まずに旅立てるようにしておくのが良いですよね。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復、善業の自業自得の強化、空や空性による裁き、サトワ(宇宙調和、サティア)のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 

 小学4年生の中里佳保ちゃんから崇にファンレターが届いた。崇は色々と思うところがあり、この佳保ちゃんに返事を書くことにした。

 「愛する歌」を読んで、本来なら愛されるべき少女から手紙が届くとなると、才能クラゲ崇は、何か訳がありそうだと感じたのです。

 少年の頃の崇は、父親を亡くし、母親に捨てられたと思っていたから、そりゃあ、佳保ちゃんのことが心配になるよね。何もなければそれでいいんだけど・・。

 崇が佳保ちゃんとの手紙のやり取りを始めてから数週間後、佳保ちゃんはお爺さんに連れられて、崇の住む長屋を訪れた。

 のぶと崇は、親切にもお爺さんと佳保ちゃんを家に招き入れた。しかし、佳保ちゃんは家が古いだの、サイダーが飲みたいだの、あんぱんよりケーキがいいだの、それに貧乏そうだからあんぱんは後でおじさんたちが食べて、などと言いたい放題です。お爺さんも取り繕ってはいるものの、佳保ちゃんの好き放題させています。そして、崇ものぶも同じようにそれを見守っています。

 まあね、佳保ちゃんに何かあると考えている以上、その表面的な言動だけを見て軽率に反応するわけにはいかないよね。かと言って不自然な態度も良くないし、とりあえずは少女を野放しにして様子を見るのがいい…はず…。

 佳保ちゃんは、大人びた子供だった。崇の弱点を次々と突いていく。「あんな詩なら子供の私でも書ける」「代表作は何?」「色紙にサインして」などなど、無邪気な態度で遠慮なく崇の痛いところを刺激してみるのです。

 佳保ちゃんは「愛する歌」を読んでいます。つまり、崇が優しいおじさんであることを知っているのです。だからこそ、彼女は、本能的にこの人たちがどこまで許してくれるのかを試しているのでしょう。この少女は何かを信じられなくなり、それでも何かを信じられるようになりたいと願っています。それは幼い頃の崇と同じです。

 その何かが、運命なのか、流れなのか、親なのか、周囲なのか、神さまなのか、そこは分かりません。ただ今、そうしてみたのです。崇が青年になって線路の上に寝ていた時と、同じです。

 佳保ちゃんは、家に入るなり、崇が描いたアンパンマンおじさんの絵に興味津々だった。その絵だけで、少女は崇の本質を見抜き理解していたのです。

 その後の会話で確認すべきことは、このアンパンマンおじさんが本物かどうかという点だけです。つまり、崇がアンパンマンおじさんであり、それが本物かどうかということです。少し厳しい話になりますね。

 だから、佳保ちゃんはテレビに出て売れている人は、もっと良い家に住んでいるはずだと思い、そう質問した。崇はとっさに「大丈夫、これから広い家に引っ越すよ」と答える。崇は、優しさの結果を信じたい佳保ちゃんが、未来に希望を持てるようにしたのだ。それぐらいのお金ならある。

 あのね、これはまさに人生の達人同士のやり取りみたいなものですよ。

 のぶは広い家に引っ越すと聞いて、「たまるかぁー!」と喜んだ。それを聞いた佳保ちゃんは、この古い長屋を「たまるかぁハウス」と名付けた。「これから良くなる喜びの家」という意味です。この子はなかなかの少女です。

 のぶと佳保ちゃんが長屋の庭で過ごしていると、蘭子が帰ってきた。のぶは佳保ちゃんの相手を蘭子に任せて、サイダーを買いに出かけた。

 佳保は、優しさもあんぱんもサイダーも求めていない。本物が見たかったのです。崇が本物なら、その詩の波動も本物だろう。波動が本物なら、創造性もまた本物です。そういう人がこの世に存在する。少女の知りたいのはそこだけです。

 佳保ちゃんはお父さんに連れられて、人間がさまざまな大人を演じる映画をしばしば観ていた。

 庭で蘭子と佳保ちゃんはサイダーを飲みながら、それらの映画について、言葉足らずの話をしている。

 家の中にいるお爺さんは、のぶたちに「父親が亡くなってから、佳保は家に引きこもり、泣いてばかりいました。どうしたらいいものかと悩んでいましたが、ある日、母親が買ってきた『愛する歌』を読むようになり、次第に元気を取り戻しました。そして今日、初めて外に出ることができたんです。これも柳井さんのおかげです。本当に感謝しています。」と事情を語った。

 のぶは、「私も崇さんも幼い頃に父親を亡くしています」と打ち明け、「あの時、私も、崇さんの、不器用な愛をそのまま結び付ける絵に救われました」と伝えた。

 お爺さんは崇に「あなたの書く詩には、喜びの裏の奥にどうしようもない悲しみが滲み出ている。。。」と、その深さを語った。

 そして「柳井さん、孫にも私にも生きる力を与えてくれて、ありがとう」と深々と頭を下げた。

 その頃、佳保ちゃんと蘭子は、「愛する歌」の中の『てのひらのうえのかなしみ』を暗唱していました。それは二人の心の傷に寄り添う、お気に入りの詩です。

  

  てのひらのうえに

  あわいかなしみがこぼれる

  にぎりしめれば うすあおく

  そのてのひらに にじむ

  ・・・とおいおもいで

  「まばたいてすぎた なつかしい愛の日」

  「ゆびさきに いまものこる

             しあわせなおもいで」

 

 南こうせつ からたちの小径 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 

 女子も女性も、その思い出に愛と愛情を感じられると、幸せだった思い出の方を心に残すようです。スピリチュアルでよく意識波動を下げないようにと言われますが、要するにこういうことですね。

 ただね、普遍的な愛はどこにでも存在します。空氣体瞑想をすれば、空(くう)の愛に触れることができます。そして、すでに愛に触れているのです。しかも、空の愛からは逃げられません。大切に思うだけです。崇の生き方かも。

 お爺さんと佳保ちゃんが帰ろうとすると、崇は、即興で書いた佳保ちゃんの似顔絵を渡した。喜びながらも彼女は「似ていない」と言う。「だけど、アンパンマンおじさんの絵は、好きっ」とも言う。つまり乙女心は、「花より団子(あんぱん)」が愛なのです。

 佳保ちゃんは「柳井崇先生。カッコ悪くてもアンパンマンおじさんは、少女の信じる心の愛歌。めげずに描きなよ」と崇を励ました。おしゃまさんです。

 今日は、才能クラゲ崇を前にすると、どうも、傷ついた少女までもが母性愛全開になるようです。だけど、なかなか育たない才能クラゲです、の一席です。

 まっ、母性愛があっても、その人の心身が健やかに育つかどうかは、ダルマ法則が存在するかどうかにかかっています。

 ダルマ法則とは、空や空性(くうやくうせい)から流れる氣のことです。つまり、生命エネルギーの流れです。

 したがって、空氣体瞑想を行い、まず空(くう)に触れることで、ダルマ法則の氣の流れを感得しましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復、善業の自業自得の強化、空や空性による裁き、サトワ(宇宙調和、サティア)のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 才能クラゲ「やないたかし」の詩集『愛する歌』の発売記念サイン会が行われた。

 しかし、その会場はデパートの女性下着売り場だった。八木社長が、崇には女性ファンが多いいと考えていたためです。

 しかし、近くの本屋などで声をかけてみると、男性もサイン会に訪れた。どうやら幅広い層から支持されているようです。

 一方、蘭子は八木に恋をしました。しかし、戦死した豪との思い出も彼女の中に生きています。

 鏡台の前の蘭子は、ローレン・バコールの真似をして、恋の口紅を引いた。そして、

  

  てのひらのうえに

  あわいかなしみがこぼれる

  にぎりしめれば うすあおく

  そのてのひらに にじむ

  ・・・とおいおもいで

 

 崇の詩を口ずさみながら、蘭子の頬に涙が一筋流れました。今はただ、そのまま横になって休む時です。

 蘭子は、八木に私を奪い去ってほしいと願っています。

 

 メイコはのぶの長屋にいます。夏休みで子供たちを九州の祖父母に預け、夫の健太郎とウキウキしながらデートを楽しむつもりでした。しかし、ディレクターの健太郎に仕事が入ってしまい、夫婦二人きりの時間はまたお預けとなりました。

 そんなこんなで不機嫌なメイコに対し、崇は「テレビ業界ではよくあることだよ。大丈夫だよ」と言ってしまいます。彼としては、それで慰めているつもりなのです。

 この場合、不機嫌なのはメイコです。彼女は事情を聞いてほしいわけではなく、この不機嫌さをどうにかしてほしいと思っています。何が原因かは分からなくてもいいので、「そうなんだね」とその不機嫌さを受け入れてほしいのです。しかし、多くの男性にはそれができないし、理解もできません。女性の不機嫌さを無条件に受け入れる男性は少ないですが、女性が凹んでいても笑っていれば、それで安心する男性は多いのです。つまり、全く気付かず、何も分かっていない男性が普通にたくさんいるのです。あははは。

 でもね、裏を返せば、女性も気づかれないようにしているんです。外国の女性のように、何でもかんでも表に出すと、すぐに喧嘩になることを大和撫子はちゃんと分かっています。なのでまず、その辺から理解するべきです。

 あのね、化粧(笑顔)で表す「私を好きでいてね」と、化粧(笑顔)で隠す「私を好きでいてね」があるんです。そしてその上で「私、頑張っちゃうんだから」ってなるわけです。大和撫子って健気ですよね。だからこそ、女性は「女の大変さ」を感じているんじゃないでしょうか?

 そういう理由で、女性が家事や掃除、育児、仕事を楽しめる環境を整えると、家庭も世界も平和になるでしょう。ただし、この考え方は外で戦ってきた男性にとっては難しいものです。戦いと平和は全く逆の思考回路ですからね。夫からすると「飯くらい作れよ」となるし、妻は「私だって忙しいんだから、あんたが作りなさいよ」と返すのが現実です。

 そう考えると、日本を正しく、幸せな国にするためには、女性の総理大臣が必要ですね。

 さらに現状を深く見ると、人類が子供を育てて生き延びるために、女性の遺伝子プログラムと本能によって、自動的に強い男性や優れた遺伝子を持つ男性を好み、選ぶようになっているのです。

 つまり、低次元世界では、遺伝子の中に弱肉強食(戦争)と平和を調和させるようなプログラムや思考回路が存在しないようです。

 このような遺伝子プログラムや思考回路の欠如からくる矛盾は、男女や夫婦の間に常に存在しており、その溝を埋めてくれるのが才能クラゲ崇の詩なのです。

 しかし、そんな崇でさえ、現実ではのぶやメイコの気持ちに共感することを忘れてしまうのです。まるで気づいていないかのようです。そう考えると問題の根はかなり深く、考え込んでしまって夜眠れなくなることもあります。だから昼間寝るんです。あははは。

 このように、男と女は、夜でも昼でも、寝れば解決する場合があります。あとは、寝る前のムードとユンケル、ニンニク卵黄、そしてマカも必要かもしれません。

 そこまでしても実状を見ると、調和を目的とした遺伝子プログラムや思考回路の欠如は、改善されないようですね。愛と愛情を込めてエッチをしているのに、一時的な快楽的調和にとどまってしまうのは、残念なことです。スケベなだけです。でも、それがいい、と言うんだからしょうがない。その先は破滅です。

 まーね、どんな状況であっても、男の方が心構えを持つのなら、「女性は常に許したくない現実に耐えている」という意識を持つことが大事でしょう。この心理的回路さえあれば、どんな場面でも応用できるんじゃないかなぁ?

 その逆で、男の世界の辛さなんて、女に分かるわけがない、みたいな思考回路だと、フーテンのパン屋・草吉に「にぎりっ屁」でもくらいますよ。

 その心は、つかめないからイヤなんです。でも、どこかでそのクサさに愛情を感じて、好き。。。。あーぁ~だね。

 崇の詩集「愛のにぎりっ屁」…じゃなくて、「愛する歌」が売れ行き好調で、重版が決まりました。そして八木は、第二集を出すために崇にさらに詩を書くよう勧めています。第二集のタイトルは「愛するにぎりっ屁」がいいんじゃないかなぁ?ははは。

 だって、崇とのぶは、「愛するにぎりっ屁夫婦」でしょ。

 メイコは、「愛するにぎりっ屁夫婦」を見て、羨ましがっています。

 メイコの機嫌が直らなさそうだったので、のぶはメイコを連れて、向かいの蘭子の部屋に向かいました。

 部屋に入ると、メイコはすぐに蘭子が恋をしていることに気づきました。蘭子は、とぼけています。

 メイコは、青春時代が戦時中だったため、防空壕を掘る日々を過ごしていました。彼女は、一度でいいから、健太郎とおしゃれをして銀座の街を歩きたいと願っています。失われたウキウキする青春を取り戻したいのです。

 これはねー、メイコも中年近くになり、何とも言えない老いの焦りを感じ始めたんですよ。

 健太郎よ。あんまり放っておくと、メイコは「よろめきドラマ」に走るぞ。いや、トレンディードラマの「金曜日の妻たち」になるかも。つまり不倫です。

 崇とのぶは健太郎を家に招き、メイコの状態について話した。しかし、崇と健太郎の間では話が噛み合わず、頓珍漢な議論に終始してしまう。そこで、のぶは崇の詩集「愛する歌」の中から「えくぼの歌」を取り出し、「これらぁ、メイコの気持ちなの」と健太郎に見せた。

 

 えくぼの歌

      泣きたいとき 私 がまんするの

      私は 泣くのが似合わないの

      私は えくぼがあるから

      悲しいときも 笑ったような顔になるの

      「いつも にこにこうれしそうね」とみんな言う  

      けれど、

      えくぼのてまえ がまんしているの

      ひとりで こっそり泣けば

      私のえくぼに たまる涙

 

 喫茶店で「えくぼの歌」を詠みながら時間をつぶしているメイコのもとに、健太郎が現れた。驚くメイコだったが、健太郎は彼女の気持ちを案じていた。

 健太郎は「おれ、ふーたんぬるか男でごめん。泣きたい時は、俺の胸で泣けばよか。受け止めるけん。俺ば、お前のえくぼったい」と謝った。

 つまり、「愛のにぎりっ屁」作戦ですね。クサくても愛情を感じて、「好き」となるわけです。これが良いのか悪いのか、正直わかりません。

 だからこそ、こうなる前に、男性は「女性が(自分自身も含めて)常に受け入れ難い現実に耐えている」、そんな状態に置かれているというふうな心理的思考回路を、男性自身の中に構築しておく必要があります。今、これが出来ている男性は、皆無ですよね。

 だから、全体、全ての発想を変えるために、日本では女性の総理大臣が必要なのです。

 才能クラゲ崇の詩集は、欠如した遺伝子プログラムや思考回路を補うような内容なので、老若男女問わず、多くの人々の心に深く浸透した。

 そんなある日、崇に、小学生女子の中里佳保ちゃんから、一通のハガキが届いた。

 今日は、崇が作った「名犬BON」は、「ボン、ボン、セシ、ボン」と言いながら作詞家になり、今でも寂しい人に寄り添っているようです、の一席です。

 まあ、寂しかったり辛かったりする時は、エネルギーが不足しているので、鉄分を摂り、空氣体瞑想をして、空(くう)に触れてみましょう。自然とエネルギーが入ってくるはずです。その後は、自分の安らぎを見つけたり、自分で自分の機嫌を取ったりしてみましょう。

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復、善業の自業自得の強化、空や空性による裁き、サトワ(宇宙調和、サティア)のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。

  

 

 

 

 

 

 「人生ドラマ」は、死の観点から見れば幻想です。死は、魂の観点から見れば幻想です。魂は大霊(純粋空・じゅんすくう)の分け御霊(みたま)であり、その魂の観点から観れば、この世は善性です。そして、この世は光の法則が織りなす幻想です。その幻想が自然な流れであるから、本当の喜びと楽しさに繋がります。目覚めてください。悪は勘違いをしています。

 

 おはようございます。以下は、空氣体瞑想を広めようと思って書いています。文字の書き間違いがあるかも知れません。(朝ドラについては、真ん中ごろにあります)

 空気体瞑想は、酸素、二酸化炭素、プラナエネルギーなどを意味する「空気」を方便とした瞑想法です。私は空氣体瞑想の創始者です。

 空氣体瞑想のやり方は、文章の終わりに記載されています。それが基本で、全てです。そこだけでも一読いただけると幸いです。

 過去からのいろいろな瞑想法もありますが、それらは真っ透明な空や空性(くうやくうせい)が元になっています。空氣体瞑想は、今、ここ、身の回りにある透明な空気を方便として、各種瞑想法の元である真っ透明な空や空性へ入ろうとする瞑想法です。最も直接的な瞑想法と言えます。
 時代は、この空や空性を明らかにするところまで来ました。そこにしか、本当の意味での「救われること」はありません。今を超えて行きましょう。その後の行動は、その方の意識レベルともともとの器次第です(←これが、主なる神様の言われているところの「多様性」の真の意味です。人間の方から見ると、抽象的です。具体化をすると壁になります。神の言葉は、人間の意識の向上が目的です)。

 地球は、太陽系の惑星と共に天の川銀河の中心へと近づいており、エネルギー価を上げています。その地球上にいる人間の肉体もスピリチャル(精神)も、エネルギー価を上げながら常に進化していくことが、生命の本筋です。空気体瞑想をして、その本筋の流れに乗りましょう。←これが道です。

 魂は、エネルギー価が上がることを好むようにできています。そのため、生と死と消滅と永遠(宇宙)を超えるようになり、進化と開放と自由への道に繋がるのです。これが意識の向上です。

 主なる神様が意図するところの自由や自由感、調和とは、客観的に観ると、「自由」と「神様(自然・天然のダルマ・宇宙自然の道理)の調和支配」が丸ごと融合していて・・・さらに、その融合は、進化や自然・天然のダルマエネルギーの流れ(法則)によって、再び融合(調和=サトワ)したものなのです。←ここは重要です。

 つまり、神の調和(サトワ)や制御感は、自然法則のエネルギーの流れ(氣の流れ)に乗っ取ったもので、それは美しく清浄な自由の世界なのです。

 自分の中心に「透明な空」を意識して、勇気を出して進みましょう。

 「空や空性」と「深層意識の一番深い所」との共鳴率を、10段階(10段階目は空となります。この空の中に不退転の意識3段階があります。)とするならば、共鳴率が、5,1以上あれば善性です。4,9以下なら悪性です。人生模様がドラマであるとするならば、それは善悪の基準です。

 その上で、この世とあの世のエネルギー反応のシステムは、あの世の天国と地獄を含めて、本質的なところでの勧善懲悪なのです。下手な理屈ではありません。

 そういう仕組みですので、自分の中に空性を増やしましょう。自他の進化に対する貢献に繋がります。(無相の)徳を積むことになります。善きカルマが徳のある業として、生死を超えて善き事象となり帰ってきます。

 なお、無料であり、会員制も取っておりません。こちらからの連絡はしておりません。[プロフィールをご覧ください。] お礼については、生命の進化への喜捨(協力・布施)として、一日参りにお経を唱えさせていただきます。

 

 「あんぱん」、観ていますか?以下は、空氣体瞑想を紹介するために書いていますので、モデルはあるものの、ドラマなので解釈の仕方はいろいろな形になります。あと、日本語で書いていますから、英語に翻訳すると意味不明になるかも知れません。悪しからずです。

 

 

 

 才能クラゲ崇の詩やイラストがプリントされたコーヒーカップが完成しました。八木が考案した新商品で、のぶは詩を読みながらお茶を飲むと元気が出ると、お気に入りの様子です。

 カップのイラストには逆さまに描かれたピエロ、詩にはピエロの心情を問いかける詩が書いてあります。宇宙の道理が存在しても、真実と現実が反転しているため、道化師のピエロが笑われながらそのバランスを取っているのです。そのため、そこにはわずかながらも愛の真理が感じられるのです。そういう代物です。このピエロは崇です。

 詩とイラストが描かれた皿もありますが、なぜかトイレに飾られているようです。造花を飾るなら、崇の皿の方が良いと考える人が多いのかもしれません。

 ただ、八木の会社の利益には繋がらないようです。価格が高いと売れないと思っているのです。

 あのね、実際には売れているのに、皆、半信半疑で状況を見守っている・・・のです。

 当の崇は、これまで出会った人々のことを思い返すと、不思議と言葉が詩となってあふれ出しています。まるで神がかりになったようです。神が降りてくるのですから止まりません。

 八木は崇にどんどん詩を書くように催促しています。のぶは崇を漫画家だと思っていますが、初めに詩を書くよう勧めたのはのぶなので、神が降りてくるなら仕方ないと見守っています。

 才能クラゲ崇の書いた詩がある程度溜まったところで、八木は出版を提案した。

 まあ、安価ではあるものの、詩が書かれたコーヒーカップや皿が売れている以上、出版すれば長期的な利益につながる可能性は高いでしょう。

 まあね、そもそも、お茶を飲んだり、食事をしたりすることは、八百万の神々のエッセンスと叡智をいただく行為なんです。

 だから本来なら、その酒や飲み物、食べ物に神の光のエッセンスと叡智が宿っていると思って、合掌しながら「(八百万の)神々のエッセンスと叡智をいただきます」と唱えると善行になります。そうすると食べ物は心身に良い影響を与えてくれるし、美味しければ至福感も味わえます。それが霊化であり、神への進化ってことです。簡単でしょ?

 だから、才能クラゲ崇の詩が書かれた皿とカップは、食事のたびに、ありがたく拝まれているのです。

 合掌、神々の叡智を頂きます。崇、頑張れー。あははは。

 八木は、利益よりも、人を幸せにするために、崇の詩を出版すると決心しました。その心に嘘はありません。

 「九州コットンセンター」では、崇の皿やビーチサンダルがよく売れており、事務手続きが追いつかなくなってきました。そこで八木は蘭子に事務処理の手伝いを頼みます。

 執筆で忙しい蘭子ですが、愛情があるのに孤独な女性という自分の境遇と勘が、温かい心にはぐれている八木の頼みを聞いてしまうのです。

 蘭子は、八木が孤児たちを励まし、多くの子供たちを一度に抱きしめている姿を見た。そこに愛情があると感じる。子供たちも八木に親しみを感じていた。

 八木は、孤児たちが生きていくために必要なのは、食べ物と住む場所、音楽、物語、詩(心の栄養)、そしてもう一つ、人の体温だと言う。孤児たちは、親から与えられる無条件の温もりを知らないのだと八木は語る。

 まあそうだよね。愛は直接的なエネルギーだけど、現実の人間社会では、愛を間接的に感じることの方が多いよね。例えば、普遍的な愛に付随した人の行動や物の動き(プレゼントなど)を通じて愛や愛情を感じる人がほとんどだと思う。

 瞑想などでしっかり内観ができていれば、説教を通じて普遍的な愛を説くことも良いのですが、内観が不十分だと感情がこじれ、屁理屈が増えてしまうものです。そして疑念も膨らんでしまいます。まあ、仕方がないことですが、未熟です。このバランスを取るのは本当に難しいものです。

 愛やご利益を求める人には、浄化やお清めを勧めたり、3次元で正しい縁を結ぶ方法を教えたりするのが良いと思う。それについていろいろなポイントを試行錯誤するべきだと思う。偶像崇拝などの方便は、問題が多いいと思う。

 蘭子は「愛を与えるだけの八木さん…には、温めてくれる人はいるんですか?」と言ってみた。八木は「俺は…」と答えた。

 蘭子は不器用な自分のくせに、女として一番気になることを確かめてしまったので、「すみません」と言いい、帰ってしまう。八木は、事務所で固まっています。すでに蘭子は八木を捕らえています。

 八木は戦地に行っている間に空襲で妻子を亡くし、蘭子は最愛の男である豪を戦争で失った。

 八木と蘭子は、それぞれの器に見合った純粋な愛情を持っていた。その点に迷いはない。ただ、新たに、これまで以上の純粋な愛情が自分の中にあるのか、と戸惑っている。しかし、氣の流れは止まらない。

 器に応じた純粋な愛情を超えるものは、普遍的な愛だと思います。八木は孤児たちに常に親切に接しています。それは、孤児たちが誰かの愛情を感じ取る心を持てるようになり、健全に育ってほしいという願いからです。それこそが普遍的な愛ではないでしょうか。

 蘭子と八木は、過去の純粋な愛情を大切にしつつも、前に進もうとしています。それは、人間愛という普遍的な愛に踏み込むことなのかもしれません。そうすることで、彼らは、過去も今も未来も純粋さを保ち続けられるのでしょう。

 孤児を集めて、小児性愛の対象にしている腐った異常性愛者ことではありませんので、念のために書いておきます。

 崇とのぶは、二人で風呂屋に行く途中でも詩を作っています。

  愛することが うれしいんだも~ん

  僕は愛する あなたをキミを

  土を 水を トンカツを・・

  (和至、えっ?なんで、とんかつなんだよ?)

  愛することが うれしいんだも~ん

  (和至、やっかましーやっ)

 

 って、なんなんだこれ???あははは。ここまで突き抜けていると、笑えてくる。嫌な笑いじゃない。あははは。

 この詩が食器に載ったら、新婚夫婦にウケるかもしれない。

 やっぱり、才能クラゲ崇は、生きている次元が、この世を忘れさせるほどの高次元です。

 このトンカツはのぶが作ったトンカツだろうけど、土と水の文字が、大地の育みを思わせるから、詩が深い意味を持つようになる。

 でもやっぱり、崇は母性愛を、真剣みのあるメルヘンとして捉えて生きているんだろうね。それは崇の描く夢だ。だからこそ、彼は隠しているけれど、魂に透き通るような寂しさがあるのかもしれない。あるのだろうと思う。

 才能クラゲ崇は、母性愛を自分の中で慈悲心にまで昇華させているようだ。それで、自分を慰めている。八木と似た雰囲気がある。このタイプの男は、本気で生きている女性にモテる。

 今日は、八木も崇も普遍的な愛の片鱗が生き様に現れているので、純粋性を保って本気で生きている女にモテるようです、の一席でした。

 純粋性と普遍的な愛(博愛)と言えば、空(くう)が基盤になります。だから、空氣体瞑想をして空に触れていると、もしかしたら女にもてるようになるかもしれません。あははは。

 和至は、トンカツより、焼き鳥かなぁ?

 

 今日も、宇宙の外側からと内側から来る大浄化と癒し、修正と修復、善業の自業自得の強化、空や空性による裁き、サトワ(宇宙調和、サティア)のエネルギーの流れに乗って午後の行するよ。この流れは止まらないからね。

 

 可能なら、静かに座って空氣体瞑想をしましょう。

 まず、透明な空氣(酸素や二酸化炭素やプラナエネルギー)のようなものに包まれている事を思い、その後、身体全体で透明な息をしている感じになり、・・・魂もそうなり・・・そのようにして行う、空氣体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしましょうね。

 そこで雑念や考えている状態が出て来たら、それら自体に気づいた時に、いつでもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、深呼吸をして、透明な空氣(空)に戻りましょう。←ここは重要です。

 それから、また、空氣体瞑想を続けましょう。そして、同じように雑念が出て来たら、気づいた時、同じように空に帰りましょう。

 瞑想を止める時は、何度か深呼吸をして、ゆっくりと動き始めましょう。

 透明な空性の中でのありのままの現実と自分自身を認め、その向こう側からの、空性に基づいた自然(天然)なダルマ法則の、無限のエネルギーの流れ感じ、その中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出し、浄化されながら癒され、清らかになり、昇華されながら強くなり、進化しながら、美しくなって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝して行こうね。この気の流れは神にも悪魔にも、何者にも止められないからね。聖なる道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りしなよ。

 

 

 参考までに、和至の感じていることを書いておきますね。

 

1,宇宙の形は、トーラス構造だと思います。バブルリングのような動きで中心から広がっているのかも(誰か計算式を発見してください)。

 人間の生命磁場の形もトーラス構造だと判明しているらしいから、共通なところがあって当たり前です。

 あと、精神的な面から内観すると、プラグタル構造でもあります。輪廻ですね。宇宙だけではなくて、なんでも外側からと内側から見るのでは、違いがあるのです。

 

2,3次元宇宙では、物質の壁、音の壁(音速の壁・言葉の内容の壁)、光の壁(光速の壁・見え方の壁)、重力素粒子の壁(重力・引力・邪見・主義・価値観・嘘・洗脳などの壁)、透明な壁(精妙性の違い)がある。

 重力素粒子の壁を越えれば、外宇宙(=3次元宇宙の外)がある。外宇宙は、空(くう)と空の精神性(=唯一の意識)で形成されている。空による形成作用(=アカーシャの形成作用)もあるようです。(ちなみに、空の中でエネルギーの動きがあって、それは不退転の意識だと思うのですが、その不退転の意識方から、3次元宇宙は生まれていると思います)

 

3,3次元宇宙内の最高進化惑星は、13聖天サナヒラーズラーゲン(シャンバラ・桃源郷などと呼ばれたのかも)だと思う。そこはたぶん、13次元で、3次元宇宙では13次元以上はないと思う。この場合の13次元と言いうのは13段階目の進化ということです。宇宙の初期のころからあるようです。

 

4,サナヒラーズラーゲン惑星は、地球とよく似た風景だけど、惑星の周囲では、たぶん、時空の調整をしているので、大地は平らです。一部は重力素粒子を超えて、外宇宙に繋がっているかも。重力はないかも。(どこかの国では、地球は平らだと言う説がありますが、あれは、たぶん邪見に落ちています。彼らがビジョンとして観たのならば、その体験はサナヒラーズラーゲンを観ているわけで、観たビジョンを地球と間違えているかも)

 

5,サナヒラーズラーゲンよりも、遥かにいいところが、外宇宙(空と空の精神性、空の形成作用)です。清浄です。大神様たちの世界かも?3次元宇宙の内側から説明するには、重力素粒子の壁があるために、読んだ人が邪険に落ちやすいので、詳しくは書けません。

 

6,3次元宇宙での宗教の要素は、空(くう)と自然なダルマ法則(逆転できない回転とエネルギー(氣)の流れ)と人格神だと思います。人格神は分かりやすいですが、空と自然なダルマ法則が分かりにくいので、それらを理解するために教えと戒、道徳などがあります。それでも、思考回路が重力素粒子の壁の影響を受けると、すぐに邪見に落ちます。

 

7,さて、現在の地球意識の進化状態は、集合意識の深いところで新たに清浄化が進み始めた感じです。つまり、なーなーの仲良しごっこの関係、ギブアンドテイクや清浄な自利利他の関係、さらに、和や調和、サトワ(大調和・宇宙調和)の関係の全てにおいて、大浄化が進んでいるということです。表面的には荒れるかもしれませんが、どうでしょう?

 

8,なお、3次元宇宙側では、お経や聖書などの言葉による説明を含めて、およそ説明されるものは、全て方便になると思います。だからこそ、説明された言葉を感覚的に理解するが難しのです。これは神代の昔からそういうことです。

 

9,今の数学では、「無限(∞)は数字ではない」とされていますが、∞対∞でもエネルギー反応があるので、∞を数字化して、新しい数学を造る必要があると思います。勘です。

 例えば、∞×∞=0なのか、∞なのか、1なのか。∞×∞分の1=0?、∞?、1?。∞×0=0?∞?1?などを証明できたらいいですね。

 証明するためのヒントは、円周率πやeなどの無理数と∞の関係を考えたらいいのかも。

 さらなるのヒントとしては、無理数の無限に続く小数点以下を、素数個で区切るのがいいかも知れません。π=3・14は、素数が2個か3個。π=3・141なら、素数が3個。π=3・14159なら、5個、という風に区切って、考えるのはどうでしょう。これは世界観になります。

 パラレルワールドのような感じで、数字の個数で区切った世界が出来るからです。和至の勘です。

 ∞を数式化することで、集合意識が重力素粒子の壁を越えやすくなって、人類の集合意識の進化が進むと思われます。これに反対する人は悪魔系ですね。悪魔は進化を妨害します。無限は世界を救う、いや、善い世界を作る。

 

10,空(くう)と言うのは、3次元宇宙の元であり全てを包括しているのですが、絶対的に(3次元で宇宙で言う)物質やエネルギーではないようです。なので、人間の意識が空を知って、それに染まって行くと、3次元宇宙に存在しながらでも全く別のものになります。解脱者ですね。

 空を知った上で、解脱した者が、3次元宇宙を同時に包括している(大乗仏教の考え方?)というのは、たぶん邪見に落ちていると思われます。3次元宇宙の者と空による解脱者は、まるで違う世界の存在なのです。

 なので、空を通さないと、両者のコンタクトや相互理解は難しいようです。しかし、だいたいは通じているつもりになっています。それでも生活は成り立ちます。つまり3次元宇宙を包括しているのは、解脱者ではなくて人格のない空だけです。ここがちょっとややこしいところです。

 

11、重力素粒子は、3次元宇宙にあまねく行き渡っているように思います。3次元宇宙の外にある空の意識を知覚すると、重力素粒子は3次元宇宙の壁のようにも思います。どうもこの辺が、なぜそうなのかを上手く説明できないのです。

 さて、重力素粒子はあまねく行き渡っているので、その振動数によって、邪見に陥りやすい面があります。

 宇宙創成からの古代史が書かれている聖書やお経、各種の神話、OO文章、OO口伝、などなどは、それぞれに同じところもあれば、違うところもあります。

 これらの違いは、覚者の意識が悟りの領域にあったとしても、「言葉」の性質として、「言葉」そのものが重力素粒子の壁を超えていないので、「言葉」を読む(で感じる)人が「集合意識的パラレルワールド」の邪険に落ちているように思われます。

 そういう邪見に落ちないために、重力素粒子の壁を空の意識によって超えるべきです。そんなに難しくはないかも?

 

12,時間について。

 時間は、「意識の回転数=意識の波動=意識のスピード」とそれらを流れるエネルギー量(=空との共鳴率)で決まると思います。神様の一日は人間の千年と言われます。兜率天の一日は人間の四百年。

 時間の種類は、たぶん、(日本時間)、地球時間、宇宙時間、無限時間?永遠時間があると思われます。

 無限時間は虚しい感じ(虚無感)があるかも知れません。時間を物質側からの感覚で捉えたものでしょう。

 永遠時間は空しい感じがあるかも知れません。空しとは、開けた爽やかさのような感じです。永遠の命の側からの感覚でしょう。

 そもそも、精妙なレベルにおて、時間は「感覚」と関係があります。好きなことに集中していると時間が短く感じられるという、あれです。

 そして、感覚は感情と精妙にリンクしています。

 感情は、例えると3本柱から成り立っていると思います。3本の柱とは、「好き・嫌い・好きでも嫌いでもない」や「有る・無い・有るのでもなく無いのでもない」という具合の3本柱です。柱の数は増えても構いません。

 この3本柱を意識がぐるぐると回っていると、感情が生まれると思われます。

 例を挙げると長くなりますので、空想してみてください。そこに感情の本質(癖)があるかもね。

 

13,さて、3次元宇宙の流れは、サトユガ=黄金の時代(2万年間)→トレーユガ=銀の時代(1万5千年間)→ドバパラユガ=銅の時代(1万年間)→カリユガ=鉄の時代(5千年間)→そして、新生サトユガ時代、と移り変わって行くようです。それぞれの時代によって大調和の度合いが変わるのです。期間については、12進数で表したものもありますが、和至は、ここに書いた期間が正解じゃないかと思います。理由は勘です。

 (ちなみに、ノアの大洪水があったのは、1万5千年前ぐらいで、トレーターユガからドバパラユガに変換したときだと、和至は思います。

 今は、悪の蔓延るカリユガの時代の最後です。裁きの時や終末思想は、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりの事だろうと思います。カリユガと一緒に悪も終わります。なお、善悪の基準についは、この文章の初めのところに書いてあります。善悪は空との共鳴率で決まります。エネルギー反応です。)

 

13-1、ユガの時代は合計で、5万年サイクルですが、人間の集合意識の進化は、9千年から1万年だと思います。これも勘です。

 集合意識の進化をヨガの言葉を使って説明すると、肉体(=物質界の裏と表)で2千年間。アストラル体(=霊界の裏と表)で2千年間。コーザル体(=ダルマ法則界の裏と表)で2千年間。エーテル体?(=空の世界なので裏表はないが、三段階ある)で各3千年間。あとは、予備で千年間。合計一万年です。勘です。

 今は、肉体(物質世界の終わり)で、悪の蔓延るカリユガの時代の終わりです。非常にいいチャンスです。それについて、何を思うかは、それぞれです。

 

13-2,三次元宇宙内での最初の神様(以下、最高神と書きます)の成り立ちについて。

 和至が感じたのは、まず「無」の向こうに「空」があります。

 そして、三次元宇宙内で、空のエネルギーを流し続けていると、「存在」が出来ます。光の粒なようなものなのですが良く分かりません。その光の粒にさらに空のエネルギーを流し続けていると、「生命(プラナエネルギー)」になります。光の粒だと思います。その「生命」にさらに空のエネルギーを流し続けていると「意識」になります。波動です。これが、三次元宇宙内での最高神です。意識波動なのでおそらく形はありますが、三次元内の人間の意識では認識できないと思うので、通常、最高神には形がないと説明されているのだと思います。

 地球の生命の起源については2種類あって、宇宙由来のものと地球磁場由来のものがあるようです。これについては「らんまん69」で少しだけ、書いています。勘です。

 

 以上、あくまでも、参考です。