『しのゼミ』 -85ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

今日は,今度の研究会発表にデビューする若手の後輩クンための発表予行があった

発表する症例は,今までの報告が100例に満たない希少なもの.

これまでの報告を血眼になって捜してもたったの2-3例なんてレベルではないが,まぁまずまず珍しいレベルと言えるか.

なので,それをいかにスライドに表現できるかが勝負となる.



総数18枚ほどのスライドだが,みんなでよってたかって悪いところを指摘した.

そうしたら出てくるわ出てくるわ・・・

余白が広すぎ,文字が小さい,誤字が多い,ミススペルが多い,文章が長すぎ,文章が言い足りない,写真がピンボケ,関係ないことが書いてある,ポイントが絞れていない,文献を調べきっていない,標本の読みが甘い,スライドの流れが悪い,白色の背景がまぶしすぎ(っていうのは勘弁してやれって),・・・・果てには,どうしてこの症例を選んだのかってのも飛び出した(自分が選びました!orz).

遠慮せず指摘していたら,2時間ほどがあっという間に過ぎてしまった.

そうして,苦労して作られた後輩クンのスライドは,すべてが作りなおしと相成った・・・.

後輩クンも最後のほうは“あきれ笑い”を浮かべて「もう勘弁して~」ってな状態.

まぁ最初だからこんなもんかなぁ.

若手のしやすい過ちその1:基本単語のミスユース(血流の流れが・・・おなかの中の腹腔内・・・ってカブってるよ)
若手のしやすい過ちその2:調べたことを全部話したがる(あれもこれもそれもぜーんぶ言いたくってうずうずうず・・・)
若手のしやすい過ちその3:思い込みの決め打ちしやすい(ここの変化が決め手で・・・っていうけど,大したことないよ)
若手のしやすい過ちその4:文献に頼りすぎ(・・・という報告があるって言うけど,自分の目でしっかり確かめたの?)

今日の後輩クンは,ものの見事にこれらに当てはまっていた.

まぁこんな風にクソミソに言われて落ち込むんだが,続けていると慣れてきてだんだん“さま”になってくる・・・そんなもんだよ.

みんな通ってきた道なんだぞ~(でも今日はちょっと言い過ぎたかも・・・?).
もう一つの学会に出席してきた.

今回はポスター発表の共同演者なので,結構気楽である.

発表時には予想されていた類の質問が1つのみで,まぁ無難に終了.

座長の先生からは少しネガティブなコメントを頂いたが,発表の最中やポスターに少し偏った表現があったかもしれない.

座長先生のコメントも飲み込んだような幅広い視点というかバランスが必要だった・・・ということかな?



それからは真面目にいろいろな口演を聞きまくった.

丸一日を学会で過ごすのは久しぶりだ.

特にこの学会はこれまであまり真面目に参加したことがなかったので,いろいろ新鮮に感じることも多い.

勉強になる発表,視点というか切り口のおもしろい発表,真面目な発表,ちょっと手抜きが見える発表,少し賛同しかねる発表などいろいろあった.

そんな中で最も感じ入ったのは,とある高名な先生のセミナー発表.

1時間にわたる講演には,笑いありクイズありテストありで,聴衆が見事に引き込まれた素晴らしいものだった.

プレゼン技術論的にみてみれば・・・

ここがポイント技術その1: 最初の「つかみ」  (最初の二枚のスライドで聴衆が釘付けにされた・・・おそるべし!)

ここがポイント技術その2: 「聴衆参加」の場  (完璧なタイミングで二回用意されていた・・・しかもやってみるとおもしろい・・・)

ここがポイント技術その3: 時間は守るべし  (最後には時間がなくなってしまっていたが,スライドをスキップさせないで要点だけを駆け足で述べていた・・・要は伸縮自在ってやつか?)

思わず「やっるっな~」と唸ってしまったが,まぁ全国的に有名でメディアでも見聞きする先生のものであるし,このような場でしゃべる機会の多さを推し量れば,自分が感じ入るレベルをクリアしているのは当たり前か?

まぁいろいろな面で勉強したし,実り多い学会参加であった.



帰りにはお土産を買ったが,急いでいたので目に付いたチーズケーキを購入.

店員さんから「日持ちしませんのでお気をつけください」と言われたが,具体的にいつまで持つのかを聞くの忘れる.

帰宅してから日付など見てみたら,次の日までしか持たないじゃん!

職場に持っていくつもりだったのに・・・意味ねぇ~. 

でも何か持ってかなきゃいけないし・・・箱だけでは許されないだろうし・・・どうしよう?
昨日の学会でのシンポジウム発表はまずまずだった.

これは異業種の学会に招待されたものであり,あまり知ったヒトもいない「お客さん」状態.

それにシンポジウムといっても30-40名程度のこぢんまりしたものであったため,ほとんど緊張をしなかったのがよかった原因か?



基本的に,自分は発表原稿を用意しない.

話すべきことはスライドにしのばせておいて,スライドを見て思い出しながらしゃべる.

まぁ結局はその場での「出たとこ勝負」ですな.

自分は口下手でうまく言い切れないことがほとんどだが,「行き当たりばったり」のほうが臨場感が出るし,延いては聴衆に好印象を与えると思う.

聴衆の反応次第で,ウケたら少し詳しく話すし,ウケなかったらさらっとその話題は流す.

原稿を用意すれば,発表内容も時間もある程度コントロールできるだろうが,肝心の「アドリブ感」っていうか「ナマモノ感」が削がれるような気がする.

それに,原稿棒読みは聞いていてつまらないし,やってる本人も面白くないのでは・・・?.

もっとも,原稿がないのでいつも言い足りないことや言い過ぎなことが出てきて,「あそこではうろ覚えのことにまで言い及んでしまった」とか「●○について話すのを忘れてしまった」とか,くよくよ思い出してしまう.

でも,それは一晩寝ればすぐに忘れるし,大きな問題ではないように思う.



とりあえず用意したものをすべて出し切ったワケだが,終わってみたら予定時間を10分ほど超過.

48枚ほどのスライドで50分ほどの口演を予定していたのが,結局1時間以上もしゃべっていた.

調子に乗ってちょっとやりすぎだったかなぁ?.

時間が押したため,次の演者の先生には迷惑をかけてしまったみたい・・・(スンマセン).



発表割り当て時間についてだが,学会などで時間をあまり気にせずにとにかくデータをしゃべりまくるヒトがいる.

実のある話であった・討論が白熱した・もっとしゃべるようにリクエストがあった・・・などであれば言い訳にはなるかもしれない.

しかし,やっぱ時間を守るのは基本マナーであろう.

発表・プレゼンというものは,割り当て時間という制限というか枠の中で,いかに課題テーマをまとめて効果的に出し切るかが勝負だと思う.

それに,その後すぐに予定が詰まってるヒトがいるかもしれないし.

実際に自分がしゃべりすぎたために,シンポジウムそのものの終了が遅くなり,座席指定をとってあった電車に乗り遅れてしまった.

まったく「自業自得」ってやつで,大いに反省しなきゃなぁ(って言っても,いつまで覚えているかどうか・・・).

今回の発表から,「アドリブ感」を保ったまま時間をコントロールできるというさらに「一段上」の発表法という課題が得られた.

今回はとりあえず発表後に質問もたくさんあり,まずまずうまくいったのでヨカッタヨカッタ.

昨晩は次女のミーちゃんが,しおらしく「お父さんと寝るドキドキと言ってくれたので,久しぶりに小さなベットで一緒に仲良く寝たのはいいのだが・・・

「きゅっ,きゅっ,きゅっぐぅぐぅ」と歯ぎしりの音はするわ,ふとんを蹴るついでに「すこ~んパンチ!」と父まで蹴るわで・・・結局一晩に3-4回起こされたような気がする.

・・・ということで,今日は寝不足.

まだつい最近までは徹夜してもそこそこ平気だったのに,近頃ではこんな日は頭が冴えないし頭痛に悩まされる.

10時頃になると何とかいつもの調子を取り戻すのだが,昼食後しばらくした3時頃からは再び頭痛がぶり返してくる.

さらに追い打ちをかけるように,今日は4時から会議,5時半からはカンファがあって,頭が何ものをも受け付けないような感じになる。

「煮詰まった」状態・・・って言ったらいいか.



そう言えば,午後の「煮詰まった」状態に関しては思い出がある.

自分の留学時代のボスはもう70歳前後の大御所だったにもかかわらず,朝から晩まで論文・書類を執筆・校閲・審査しているか,電話しているかのどちらかという,大変まじめな「ハードワーカー」であった.

たとえば論文の校閲をお願いすると,「オーケー,ただし今は忙しいので,明日に家に持ち帰って夜中の11時頃からやるから・・・」なんてことを答える.

そんなボスは日本人顔負けのハードワーカーのみならず,人格的にも素晴らしく尊敬に値するヒトだった.

しかし,そんなボスから「らしからぬ」嫌味タラタラの言葉が出てくる「魔の時間帯」があった.

それがだいたい夕方4時頃であった.

たとえば実験で必要な試薬やディッシュなどが足りなくなると自分でオーダーするんだが,その際にオーダー書類にスポンサーであるボスのサインをもらわなければならない.

留学した当初は,仕事も一息ついた夕方少し前の4時近辺にサインをもらいに行くことが多かったのだが,その時間帯のボスは決まって機嫌が悪い.

目も血走って髪も乱れ,一心不乱に書類と格闘していた様がうかがえる.



「○△□のオーダーをしたいんですけど・・・」と,恐る恐る自分から言い出すと,

「ディッシュってなんでこんなに高いんだ!」
「抗体は抗体だろう(安いもんでええやん)」
「おまえはよくお金を使うなぁ」

そんな耳を塞ぎたくなるような言葉が返ってくる.

こちらとしては,最初は何で批判がましいことを言われるのか理解できないのだが,何回も繰り返すうちにどうやら午後の時間帯になると被害にあうことが経験的にわかってくる.

原因が分かれば,もう解決したようなもの.

オーダーシートは次の日の朝一に持っていくように,こちらも工夫した思い出がある.



そんなボスだが,頭が回らなくなると「歩いてくる」と言って,研究所の周囲にウォーキングによく出かけてたっけ.

「煮詰まり」対策として今度,ウォーキングなどの気晴らしを試してみよう.

図書館で見つけた『「壊れ窓理論」の経営学』を読んだ.このようなビジネス書って,結構読むなぁ.

NYでの犯罪数の激減がメディアから流れているが,その理論的根拠と考えられている「壊れ窓理論」の概説書.


以下は備忘録.
[1982年3月,犯罪学者のジェイムズ・Q・ウィルソンとジョージ・L・ケリングが「アトランティック・マンスリー」誌に「壊れ窓broken windows」と題する論文を書いた.

1970年代なかば,ニュージャージー州である計画が着手された.州内28の市の生活の質を改善する「安全で清潔な地域作りプログラム」がそれ.

その一環として警察はパトカーよりも徒歩で見回りをする警官の数を増やした.そうしたところ,犯罪発生率には変化ないにもかかわらず,「・・・市民たちの間に,自分たちの地域を大切にし,そこに参加しようという意欲が生まれたのです・・・」

「徒歩で巡回した地域では,ほかの地域に比べて安心感が大きく,住民は犯罪が減ったように感じて防犯対策をゆるめる傾向にあった.さらに,警察に対する評価も好意的になった」]


しの的には,ジュリアーニ市長時代にNYに留学していた経緯があるので,とても興味深く読んだ.ただし内容については賛否両論があるんだろう.

私見を言えば,NYでの劇的な効果は,アメリカという「文化的背景」(思考法といってもいいか?)において生じたという点は見逃せないと思う.単純に「日本」と「米国」という2つの「文化」を取り上げた場合,NYでの効果を「日本」という別「文化」において単純に期待したとしても,同等のものは得られないだろう.日本的文化・思考法は,米国に比べて「壊れ窓」的に考える素地・下地が備わっているように思うからだ(あくまで一般論・比較論だが・・・).

ちなみにしのの大学病院の所属部門では,この考え方を参考にした医療安全対策(ちょっとしたミスでも必ずミーティングで報告し,解決策をその日からすぐに実行する)を実践している.一般に,日米を問わず医療現場では,かなりの効果が期待できそうに思っている(やってみると結構シンドイけどね).


しの的読後感:医療現場じゃ使えそう

こんなひとにお薦め:いわゆる「大企業病」が蔓延る組織(大学病院など)にお勤めのヒト


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