『しのゼミ』 -76ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

外科医が最も嫌がる言葉=「断端陽性」.

少し前の話になるが,忘れられない「断端陽性」がある.

とある日に,西日本大のO名誉教授が突然に我が病理部に訪ねてこられた.

O先生は教授時代に病理部と関係のある講座に所属しておられ,病理学の知識も豊富である.

O先生は定年退官されてもう数年が経っている.

今は某研究機構か財団かなにかでご活躍と聞いていたが,いったいどうした風の吹きまわしか?

O先生はダンディーなスーツ姿で,和服姿の奥さんと娘さんと思しき御令嬢連れである.

当時の西日本大病院は新築なったばかりで,いろんなヒトが見学に訪れてきていた.

さては家族一同で母校の新病院を見学でもしに来たのかな・・・?



O先生と自分とは,学生時代に講義を受けたというだけの間柄.

おそらくO先生は自分のことを全く知らないし,面と向かってしゃべるのは初めてである.

緊張しながらも自己紹介の後,大雑把に真新しい病理の部屋の説明をした.

教授だったと言っても,今や70を過ぎている.

それにご婦人方もいらっしゃるので,最新機器などはできるだけ分かりやすく説明しないと,ついてこれんかもしれん.

そんな心配をよそに,家族みんなで新品の最新機器を興味深げにご覧になりつつ,しばしの歓談.

とりあえずなんとか大役は果たしたか・・・と思っていると,突然,

「シノ君,説明ありがとう.がんばって!」

と,力強く右手を差し出された.

移転して間もない西日本大病院を,これからも病理医としてしっかりと支えていってくれ・・・そんなふうに言われた気がした.

「がんばります!」

しっかりと握り返すと,がっちりとした右手でギュッと握り返された.



それから数日が経って,外科のN先生から連絡があった.

今度,名誉教授のO先生の胃がんの手術があるので頼む・・・という内容であった.

実はO先生,数年前に胃がんの手術をしたのだけれど,最近どうも食が進まなくなって,調べてみると残胃(手術で取らなかった胃)にガンの再発が見つかったという.

先日の家族総出での突然のお出ましの日に,N先生からO先生及びご家族に病状の説明と今後の手術の方針を話されたとのこと.

なるほど,そういうことであったか.

家族に自分の良くない病状を聞かせて,それからいろんな部署に行かれ挨拶をされたんだなぁ.



それからまた数日後.

手術で切除されたO先生の胃を,外科のN先生が病理に持ってきた.

手術で取り出された胃は二度目の手術なので変形していた.

変形した胃の色調・厚さ・触った感じは,いわゆるスキルス胃ガンであった.

スキルス胃ガンは境界が分かりにくく,厚くなった胃に浸み入るように広がっていく.

ガンの中でもとても性質が悪い部類に入る.

胃は断端まで分厚くカチカチに固くなっていて,おそらく断端にまでガンが達しているだろう.

「N先生・・・・・,断端は苦しいですね・・・」

「う~ん・・・どうしても,これ以上は取ることはできなんだんや・・・・」

N先生は,言いたくもないだろう言い訳を誰にともなくつぶやいていた.



数日が経って標本が出来上がる.

顕微鏡で見てみてもやはり断端陽性であった.

すぐにN先生に電話連絡した.


「N先生,O先生の胃はやっぱり断端陽性でした」

「そうか・・・・・」

「で,どうしましょう?もし,まだ入院中のO先生が病理の部屋に来られたら・・・」

「・・・来られたら,何?」

「ご自分のあの胃を見たら,スキルスで断端陽性だってすぐにわかっちゃいますけど」

「・・・告知したかってこと?」

「まぁそうです」

「・・・わかった.O先生に話してみるから,ちょっと待ってて」


その後,N先生は病理結果と断端陽性であったことをO先生に告げたとのこと.

O先生は特に取り乱されず,「半年後の学会で講演を頼まれているけれども,それまではもつのかどうか?」とお聞きだったらしい.

結局,O先生はあれ以来病理の部屋に顔を出すことはなかった.



それからO先生に関する風の噂もだんだん聞こえなくなって一年半後,

突然にO先生の訃報が届いた.

ちなみに学会での最後の講演は,病人とは思えない堂々としたものであったとも聞いた.


あの時のO先生の握手の力強さは,たぶん一生忘れないだろう.

外科医が最も嫌がる言葉は,「断端陽性」である.

一般にたとえばガンを手術で取り除く場合,ガンが広がった範囲ギリギリで切り取ってはいけない.

顕微鏡で見てみると,見ても触ってもわからないような広い範囲にまでガンが広がっていることがあるからである.

かと言って,余裕を大きく取りすぎてしまい,必要のないところまでガバっといくのもいけない.

余分に取れば安心かもしれないが,取ることで機能が失われたり(たとえば感覚がなくなる),不具合が出たりする(たとえばリンパ浮腫が起こる).

現在ではどうかというと,なるべく小さめに必要最小限に手術しよう(縮小手術)という傾向にある.

縮小手術は患者さんにやさしい.

手術の負担が少ないので回復が早くなるなどいろんな面でメリットが大きいと言われているからである.

しかしメリットばかりではない.

小さく取れば取るほど,大事をとって余分に取り除いていたいわば「プラスα」の部分が少なくなり,ガンを取り残す危険が大きくなる.

したがって,縮小手術の際には,顕微鏡での切除断端(手術して取り除いたモノの端っこ)の検索が重要になってくる.

手術検体の断端にガンが接していたり顔を出したりしていることを「断端陽性」と言う.

つまり簡単に言ってしまうと,「断端陽性」とはガンが取りきれておらず手術が失敗していますよ・・・ということである.

これを言われた外科医は,しばし無言である.

「○○先生,この前の手術,断端陽性でした・・・・・・」

「えっ・・・・・・そう・・・ですか・・・・・・・・」

・・・こんな感じになる.まぁかなりへこむのも無理はない.



「断端陽性」と言えば,ランを思い出す.

近所に開業中の同級生外科医ランが,まだ大学病院にいた頃のこと.

とある日にランが不機嫌さを隠そうともせず,病理の部屋に突然やってきた.


「お~い,シノよ・・・・・これ見てくれよ・・・」

「これって・・・先日にそちらに報告した病理結果じゃない・・・これがなにか?」

「これっていきなりなに書いとるんじゃあ?断端陽性ですとは・・・」

「断端陽性は断端陽性やけど・・・」


どうも「断端陽性」と書かれたことが気に入らないらしい.

しょうがないので標本を取り出してきて,顕微鏡を一緒に覗きながら,断端に飛び出たガンを見せて説明する.

しかし,まだ合点がいかない様子.


「・・・ってことは,ほとんどのガンは切除検体のど真中に固まっとって,断端からは遠~~~く離れていて余裕がめぇ~~~っちゃあるけれど,血管の中に入り込んだガン細胞2~3ヶが偶然に断端にあった・・・ってことでええか?」

「うん,そんでええ」

「この断端の血管の中のガンなんて,手術中に目で見ても触ってもわからんよな?」

「まぁ顕微鏡で見てみんことにはわからんな・・・」

「じゃあ,そういうふうに報告書に書いてくれ」

「・・・だから,断端陽性ですって書いてあるじゃん・・・」

「違う!・・・あのな・・・もうちょっと書き方っちゅうもんがあろうが・・・」

「はぁ?・・・」

「こんな風に書かれたら,手術がヘタクソって言われてるようなもんじゃん」

「そんなこと一言も言ってないけど・・・」

「言っとるようなもんじゃ.もうちょっとなぁ,外科医の気持ちにもなって,遠慮して書いてくれ!」

「遠慮って・・・・・じゃあ,断端陽性です以外にどう書けっちゅうの?」

「そやな・・・たとえば,・・・ガンはほとんど取りきれてますが,血管の中に入り込んだガンが運悪く断端にあって,残念ながら断端陽性とせざるを得ません・・・とか・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「または,・・・断端に見られるガンは,血管の中にたまたまあるもので,手術前にわかりにくかったのも無理はない・・・とかやなぁ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「なかなかええやろ?」


報告書にやなぁ,そんな運悪く・・・とか,残念ながら・・・とか,無理はない・・・なんてアホなこと書けるかい!どアホ!


まぁ一番かどうかは知らんが,「断端陽性」が相当嫌いな言葉であることは,ランのクレームにもよく表れている.

切れる(=腕のいい)外科医がいる病院の一覧を雑誌などでよく見かけるようになった.

いわゆる情報公開というやつで,患者さんなどが医療機関を選択する際のひとつの拠り所にもなるため,もっとやるべきである・・・という最近の風潮である.

この情報に加えて,さらに病気別の成績(たとえば胃ガンや大腸ガンの手術数と治療成績など)も情報を公開するべき・・・との流れもある.

背景には患者権利の拡大や医療不信などの問題があるんだろう.

情報はないよりあった方がまし.しかし,これらの情報はあくまで参考程度にして,過信はしないほうがいい.



T先生という外科医がいた.自分が外勤に行っている市中病院の外科部長であった.

その市中病院は200床ちょっとの中規模な病院で,常勤外科医は4~5人ほど.

毎週1~2例ほどの胃&大腸がん手術をコンスタントにこなしている.

もうだいぶ前のことになるが,T先生の外科部長としての最初の手術症例が忘れられない.


その日の市中病院先で・・・

「シノ先生,肝がんの切り出しをお願いします」

病理技師さんに呼ばれて肝がん検体の切り出し(=手術検体を切って病変を出す)を行おうとするとびっくりした.

「なっ・・・なんじゃこりゃ・・・」

言葉を失うほどの大きな検体.

20センチに迫るほどの大きさの腫瘍であった.

病理解剖(=不幸にして亡くなった方の解剖)ではこんな大きなものを見ることは珍しくはないが,手術で取られる検体でこんな大きなものが出てくるとは・・・

「・・・いや~,今度Tという新しい外科部長が着任されたんですけど・・・これは,ちょっと異常っていうか狂ってるっていうか・・・」

思わず口をスベらしてしまった技師さんの言葉が,その異常さを雄弁に物語っている.

一般に外科手術をしていいかどうかには基準(=ルール)がある.

大雑把に言えば,早期のものは手術で取るべきで,末期のものは取るべきではない.

外科手術をしてもいいものを,「外科手術の適応がある」などと言う.

外科医はその「適応」を守るべきであり,何でもかんでもルールを無視して手術して取ればいいというものでもない.

こんな馬鹿デカイものを取りに行くT先生は,ひょっとすると適応を守らない「mad surgeon」かもしれん・・・・?

こんな第一印象があって,このT先生というヒトは,ちょっと危険というか,要注意というか・・・,そんなあんまり芳しくない外科医に自分の中でランクづけしていた.



その後に,何かの機会にラン(同級生の外科医)と話していて,何かの拍子でT先生の話になったことがあった.

「・・・ところでなぁラン,〇〇病院のT先生って,どう?」

「どうって,外科医として切れるかどうかってこと?」

「そうそう・・・実は・・・(上記を説明中)・・・で,T先生ってどうなのかな?っと思って・・・」

「T先生はなぁ・・・・・・ズバリ男やね」

「男?」

「勝負する男ってことよ」

「はぁ?」

「実はさぁ・・・・・・・・・・」

ランが語ったところでは,T先生は外科手術で取れるかどうかというギリギリの症例,外科手術の適応の境界症例に対して,他のヒトが尻込みをする中でよく手術に踏み切った・・・ということであった.

「T先生と一緒に手術してなぁ・・・・・とんでもないことがあったけれども・・・・・なんとか引き下がらずに・・・・・取っちゃうんやって・・・・・」

手術して成功するかどうかというギリギリの症例で,手術中に起きるハプニングをものともせず,いかにうまくT先生は切り抜けていったか・・・・・ランの話は続く.

「シノさぁ,病理から見れば違うように映るかもしれんが,外科から見るとT先生の手術ってスゴイよ・・・」

「でもさぁ・・・そんな手術すると危なそうな境界みたいなやつの手術って,結局どうやってやるって決めるの?」

「・・・その判断は難しいな・・・オレやったらきっと多くは手術せんね・・・なんかハプニングでもあったらこわいしね・・・.でも,少なくともT先生はそんなチビるような症例でも逃げんね・・・」

「へぇ~・・・・・・」

「まぁ,T先生ってなぁ・・・男やぞ・・・・・オレの師匠でもあるね・・・」



T先生はいわゆる切れる外科医としては知られていない.

ごく身内の者だけがその実力と勇気を知っているのみである.

T先生の手術成績の数字は,そんな境界ギリギリの症例に対して手術を挑むことが少なくないため,当然そんなによくはない.

それに病院の幹部の先生とも不協和音が絶えず,協調性がある先生ではあまりなさそうだ.



まぁ「切れる」外科医の評価の仕方は難しいという話である.

別にT先生をして「切れる外科医」なんて売り出すつもりは毛頭ないし,その資格はもうないかもしれない.

先日,T先生はその市中病院を辞めてメスを置き,開業して外来診療に精を出していると聞いた.

そもそも外科医の腕なんて評価がしにくいもの.

情報公開は大事だけれど,大雑把な数字だけにしておいて,ほどほどでやめにしておいた方がよいのかもしれない.
「憤の一字は,是れ進学の機関なり.舜何人ぞや,予何人ぞやとは,方に是れ憤なり.」

『発憤するの憤の一字は,学問に進むための(最も必要な)道具である.かの顔淵が「舜も自分も同じ人間ではないか」(成らんとする志さえあれば,自分だって舜のような人物になれるぞ)といったことは,まさに憤ということである.』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)





<しの訳>
たとえば野口英世も夏目漱石も親鸞も松下幸之助もイチローも自分と同じ人間っていや人間だし・・・,おれもがんばるぞ~負けんぞ~・・・という気持ちが大事である.

ところで「舜」っていうヒトのことはあんまりしらないけど,そんなに偉いヒトだったんだろうか?

Wikipediaによれば,舜というヒトは幼くして母を亡くしたが,実父と継母と連子に疎まれながらも孝行を尽くして,その人格を堯に認められて摂政に任ぜられて,後に禅譲によって帝位につき,良く国を治めた・・・とある.

また顔淵は,孔子の弟子の中で最も将来が期待された秀才だったが夭折した・・・とある.そういえば「一を聞きて十を知る者」などは,高校の古文で習ったような気がする.

まぁ日本でいうところの「聖徳太子」みたいなもんかな.


人間は弱いもので,勉強するぞという志(勉強じゃなくてもいいが)は,ついつい誘惑に負けて弱くなりがちである.

やるぞ~と自分を発憤させそれを持続させるには,具体的な「夢」や「目標」を持つことが大事である.

舜も人間じゃないか・・・といって自分を鼓舞する顔淵は,その当時に考えうる最も偉大な「巨人」を「目標」にしていると思われる.

つまり「目標」というか「夢」というものは,できる限りデッカイほうがいい・・・ということなんだろう.

そうすれば,自分の発憤がそれだけデカくなり,それだけ持続しやすくなるんだろう.
今月は,西日本大病理部に卒後2年目の研修医が勉強しにきている.

通常の研修医は研修期間二年間において,(選択したプログラムにもよるが)一年目に内科とか外科とか産婦人科とか救急部などのメジャーどころを回る.

そして二年目には,小児科や精神科などに加えて,自分の進路も参考にしてローテーションする科を自由に選択する.

研修医クンは某マイナー科に進路が決定しているようだが,その科で将来必要になってくる病理の知識を教えてほしい・・・とのことで病理を選択したようだ.

彼はかなり優秀!.

そもそも彼は西日本大出身であり,学年の中でも成績優秀だったので,学生時代から顔くらいは何となく知っていた.

実際に一緒に仕事をしてみると,与えた検討例について,ポイントを漏れなくつかんでくるし,それ以外の細かい点までも丁寧に考えてくる.

それに人間性にも秀でているように思う.

これまでの付き合い(たった数週間だが)で,彼の中に見る「学ぶべきよい資質」を挙げてみると・・・


1)根気よさ
放っておいたら一日中でも顕微鏡を覗いている.よく眠くならんなぁ・・・

2)礼儀正しい
挨拶がしっかりできる.「お願いします」「ありがとうございました」をしっかりと言えるというだけのことだけど・・・

3)素直さ
なにか指摘を受けた場合,「そんな筈がない」と自分の正しさを思いこんでしまうことって結構多いが,とりあえず間違ってたかもしれんと思って聞く.

4)落ちつき
ジジくさっとか,おっさんくさっとか,老けてるっとか,何と言われてもいい.精神的に安定していて,ブレが少ないことは,相手に安心を与える.ブレの少ない判断にも直結する.

5)丁寧さ
手を抜かず一生懸命にやる.持てる力(そんなに無いけれど)を出し惜しみせず,すべて出し切る.

6)適応力
ひとつを指摘すると,自分なりにその指摘を咀嚼して,期待以上の答えを出してくる.

7)ウンチクをたれる
研修医の分際で生意気?な意見を言う.その積極性はとても大事!.

8)マイペースなのろさ
急かされても急がない鈍なのろさ.「自分は遅いから・・・」と言って,自分のペースを貫くマイペースさ.

9)興味を持つ
与えられたものは,何であれとりあえずおもしろがってやってみる.


・・・まぁざっとこれくらいのことを研修医クンに教えてもらった.

教えることで,実は教えられているってことは,教えた経験のあるヒトならば,誰もが感じることであろう.

教職の「役得感」って言ったらいいか?


それに引きかえ,自分は彼にどんな影響を与えることができているのだろう?

先日に読んだ本の影響で,今回の彼には,自分の経験を結構語ったりしているし,一緒に標本を見ながら問いを発するようなやり方を試みている.

これってやってみると,ホントに教育効果が高いように感じるけれどもどうなんだろう?.

まぁ教職は,正直なフィードバックがなかなか返ってこないし,それを目的としちゃいけないんだろうけど・・・・・.

比較がしにくいので正確な効果はわからないけれど・・・,いい効果を与えていると信じたい.