外科医が最も嫌がる言葉その2 | 『しのゼミ』

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外科医が最も嫌がる言葉=「断端陽性」.

少し前の話になるが,忘れられない「断端陽性」がある.

とある日に,西日本大のO名誉教授が突然に我が病理部に訪ねてこられた.

O先生は教授時代に病理部と関係のある講座に所属しておられ,病理学の知識も豊富である.

O先生は定年退官されてもう数年が経っている.

今は某研究機構か財団かなにかでご活躍と聞いていたが,いったいどうした風の吹きまわしか?

O先生はダンディーなスーツ姿で,和服姿の奥さんと娘さんと思しき御令嬢連れである.

当時の西日本大病院は新築なったばかりで,いろんなヒトが見学に訪れてきていた.

さては家族一同で母校の新病院を見学でもしに来たのかな・・・?



O先生と自分とは,学生時代に講義を受けたというだけの間柄.

おそらくO先生は自分のことを全く知らないし,面と向かってしゃべるのは初めてである.

緊張しながらも自己紹介の後,大雑把に真新しい病理の部屋の説明をした.

教授だったと言っても,今や70を過ぎている.

それにご婦人方もいらっしゃるので,最新機器などはできるだけ分かりやすく説明しないと,ついてこれんかもしれん.

そんな心配をよそに,家族みんなで新品の最新機器を興味深げにご覧になりつつ,しばしの歓談.

とりあえずなんとか大役は果たしたか・・・と思っていると,突然,

「シノ君,説明ありがとう.がんばって!」

と,力強く右手を差し出された.

移転して間もない西日本大病院を,これからも病理医としてしっかりと支えていってくれ・・・そんなふうに言われた気がした.

「がんばります!」

しっかりと握り返すと,がっちりとした右手でギュッと握り返された.



それから数日が経って,外科のN先生から連絡があった.

今度,名誉教授のO先生の胃がんの手術があるので頼む・・・という内容であった.

実はO先生,数年前に胃がんの手術をしたのだけれど,最近どうも食が進まなくなって,調べてみると残胃(手術で取らなかった胃)にガンの再発が見つかったという.

先日の家族総出での突然のお出ましの日に,N先生からO先生及びご家族に病状の説明と今後の手術の方針を話されたとのこと.

なるほど,そういうことであったか.

家族に自分の良くない病状を聞かせて,それからいろんな部署に行かれ挨拶をされたんだなぁ.



それからまた数日後.

手術で切除されたO先生の胃を,外科のN先生が病理に持ってきた.

手術で取り出された胃は二度目の手術なので変形していた.

変形した胃の色調・厚さ・触った感じは,いわゆるスキルス胃ガンであった.

スキルス胃ガンは境界が分かりにくく,厚くなった胃に浸み入るように広がっていく.

ガンの中でもとても性質が悪い部類に入る.

胃は断端まで分厚くカチカチに固くなっていて,おそらく断端にまでガンが達しているだろう.

「N先生・・・・・,断端は苦しいですね・・・」

「う~ん・・・どうしても,これ以上は取ることはできなんだんや・・・・」

N先生は,言いたくもないだろう言い訳を誰にともなくつぶやいていた.



数日が経って標本が出来上がる.

顕微鏡で見てみてもやはり断端陽性であった.

すぐにN先生に電話連絡した.


「N先生,O先生の胃はやっぱり断端陽性でした」

「そうか・・・・・」

「で,どうしましょう?もし,まだ入院中のO先生が病理の部屋に来られたら・・・」

「・・・来られたら,何?」

「ご自分のあの胃を見たら,スキルスで断端陽性だってすぐにわかっちゃいますけど」

「・・・告知したかってこと?」

「まぁそうです」

「・・・わかった.O先生に話してみるから,ちょっと待ってて」


その後,N先生は病理結果と断端陽性であったことをO先生に告げたとのこと.

O先生は特に取り乱されず,「半年後の学会で講演を頼まれているけれども,それまではもつのかどうか?」とお聞きだったらしい.

結局,O先生はあれ以来病理の部屋に顔を出すことはなかった.



それからO先生に関する風の噂もだんだん聞こえなくなって一年半後,

突然にO先生の訃報が届いた.

ちなみに学会での最後の講演は,病人とは思えない堂々としたものであったとも聞いた.


あの時のO先生の握手の力強さは,たぶん一生忘れないだろう.