『しのゼミ』 -68ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

病院の窓から外を眺めていると,

髪を束ねた赤袴の女子学生が,何人も並んで談笑しながら歩いている.

スーツを着た男子学生が,花束をいくつも抱いて早足で通り過ぎる.

学科の建物前には,そんな晴れ姿の学生の輪が自然にいくつもできあがる・・・・・・.

どうやら今日は卒業式らしい.



自分も十数年前は,晴れ姿の輪の中心にいたっけ.

もらった花束の数がけっこう多かったので,少し自慢してたような気が・・・.

卒業の日って,何してたんだろう?・・・・・同級生との別れ・社会への旅立ち・後輩の祝福・恩師の喜びと涙・芸のない祝賀会・学生生活からの解放・将来への期待・漠然とした自信と奢り・・・・・

記憶の中では,そんなものが雑然として同居しており,でも思い出そうとしても詳細はすっかり忘却の中.



そんな卒業の日の中で,ひとつ思い出せることがある.

それは,医学部同門会のような組織が開いてくれた祝賀会の場面.

和気あいあいと話しているうちに,話題も尽きて自然になんだかクソ真面目な話に移っていき,

クサイ話をしても今日が最後だからいいじゃん・・・っていう免罪符も働いて,

医師たるもんは・・・・・とか,医師の理想像は・・・・・などという,

今となってはちょっとくすぐったいような意見を各自が述べ合っていて,

「どう思うの?シノは」っと振られたので,

「オレは病理に行くんだけど,やっぱ基礎医学を大切にしたい.そもそも臨床は基礎研究の土台に・・・・・」ってな感じで所信表明をおこなったら,

皆からやんやの拍手喝采を受けて満更でもなく,

「・・・え~っ?・・・なんでおまえが病理なの?」という,きわめてまっとうな疑問も呈せられ,

「病理って何するんか知らんけど,まぁやってみるわ」っと,こんな程度の学生でしたっちゅうのがまるわかりの答えしかできず,

「実はオレも病理をやろうって思ってんだけど・・・」という輩も突然現われて,

なんだかか知らないうちに盛り上がって,これからもがんばるぞ~っとなった.



そんな大勢の盛り上がった祝賀会から早十数年.

不思議な縁に導かれて,今や大学病院病理でまるで防人のように診断業務をやらせてもらっている.

思えば遠くまで来たもんだ・・・・・.
後輩クンが血相変えてやってきた.

「・・・シノ先生,すいませんが電話かわってください」

「なんじゃ?どうした?」

「W先生なんですけど,シノ先生に電話かわれって,えらい剣幕で・・・」

「何したんじゃ?」

「リンパ節転移陰性と答えた術中迅速の戻しで,リンパ節転移が陽性だったんで,W先生に電話したら,シノ先生にかわれっておこられて・・・」

もうしどろもどろで焦りまくる後輩クン・・・・・.



・・・・・コトの顛末はこうだ.

先日の術中迅速にて,リンパ節が提出されてきた.

提出医は外科のこわ~いW先生

術中迅速で作られる標本は,急いで作るので見にくい.

後輩クンはそんなリンパ節標本を何度も何度も確認して,クドイけどホントに何度も見直して,

K先生のチェックも抜かりなく,「リンパ節にガン細胞なし」の返事をした.

それを正規のやり方で再び作りなおして,後日に出来上がった標本を見てみたら,

なっなっなんと,リンパ節の片隅にガンがいるではないか・・・・・・.

何度見ても,ほんのちびーーーっといるではないか・・・・・・.

見えないフリをしても,見なかったことと記憶に言い聞かせても,

けっして消えてはくれないガン細胞.

ある意味,ガン細胞がと~っても憎く見える瞬間である.



実はこんなことはしょっちゅうではないが,時々ある.

手術中に患者さんの病巣などを迅速に顕微鏡で検査する「術中迅速」だが,完ぺきではない.

急いで見るから間違えるんじゃねーの?と疑う諸兄はいるだろう.

そうではない.

三次元的な病巣の塊りを薄っぺらい二次元的な標本にするという検査の性格上,どうしてもすべてがカバーできない.

すべてをカバーしようとすると,それだけ時間がかかる.

時間がかかることは,術中迅速にはふさわしくない.

しょうがないので,ある程度のところで妥協する.

そうすると病巣にはガン細胞がいるけれども,それを標本にするとガン細胞が標本上に出ていない状態が少ない確率でおこる.

そうなると,さぁ大変!となる.



困った状況に立たされた後輩クン.

・・・このまま事実を書いた報告書を返しておけばいいかもしれん・・・

・・・でも,電話しとかないとシノ先生とかうるさいからなぁ・・・

・・・でも,W先生もこわいしなぁ・・・

・・・どうしよう・・・

意を決した後輩クン,W先生に直接電話したらしい.

そうしたら,何をどう話したのか何がどう転がったのか何が引き金になったのかは知らんが,冒頭の結末を迎えたらしい(でもよくやったよ,後輩クン}.



「・・・・・もしもし.かわりました,シノです」

「お~う,シノ先生.実はね,・・・・・(あれこれごちゃごちゃ)・・・・・これが続くと困るんだよね」(W先生的心の叫び:・・・こら~,おまえらなにやっとんじゃ~・・・)

「はい,それはもう気をつけてやっとります」

「このケースは,術中迅速の答えで手術法が変わるワケじゃなかったけどね」(・・・まぁ迅速を出さんでもヨカッタんちゃう?なんちゅうことを言うと,どつくゾこら~・・・)

「はぁ,そんならよかったです」

「でもね,こっちもリンパ節転移があるのとないのとでは気合いの入り方が違うんだよね」(・・・リンパ節転移陰性っておまえらが言ったから,こっちはモチベーション下がってしもたやないか~・・・)

「・・・気合いですか・・・」

「そこんとこ,よろしくね」(・・・そっちも気合いを入れっちゅうねん・・・)

「こちらも気をつけてますけど,・・・・・(中略)・・・・・っちゅうことで,避けられない面もあります」

「その辺は理解しとるつもりやが・・・・・今回の件は偶然のby chanceっちゅうことでいいね」(・・・そんなの関係ねぇ~今度は許さんで~・・・)

「はぁ,たまたまということで・・・」

「んっ,わかったわかった」(・・・今度はオレを誰も止めれんぞ・・・)

「すいませんがよろしくお願いします」

「いやいや,こっちこそこれからもよろしく」(・・・気いつけとけや・・・)

ガチャッ・・・・・・ふう~.

(このラウンドでは,W側は手数では勝ったもののシノ側は後半に有効打を繰り出したため,郡司さんの採点は10対10のイーブンです)
「人の賢否は,初めて見る時に於いて之を相するに,多く誤らず.」

『人が賢か否かは,初めて見たときに直覚した印象が,多くの場合間違いなしだ.』

(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)






<しの訳>
第一印象はとても大切である.

まずは,服装と身だしなみ.

そんな外見だけで判断するなという意見もあろうが,外見はとても多くのことを語ってくれる.

外見だけでけっこう正確な判断が下せる(場合が多い)し,何を根拠にしているのかわからないような判断をされるよりもよっぽどマシだと思う.

それから,あいさつ.

あいさつだけで判断するなという声も聞こえてきそうだが,あいさつのできないヒトにまともなヒトはいない.

あいさつは自然にできるものではない.

それなりにきびしく教育されたか,そういう(挨拶が当たり前の)環境に置かれて習慣になったか,自分で相当気をつけているか,どれかには当てはまる.

理由はどうであれ,あいさつのできるヒトは,あいさつの大切さを知っている.

これら「外見」と「あいさつ」で,第一印象の多くは決まってしまう.

だからこれらには気をつけていこう.
先日に家族総出でファミレスにて食事をした時のこと.

長男いっ君の頼んだドリンクが「梅しそソーダ」.

刺激的でチクチクしてちょっと痛いような味で・・・・・・酸っぱいんか辛いんかソーダなんかはっきりせぇっちゅうような味で・・・・・・

結局いっ君は二口三口飲んだのみで,珍しがった皆も一口ずつ回し飲むが,もういらん・・・となり,半分以上が余ってしまった.

もったいない・・・・・・



そもそも,おまえはなんでこんな変わったもんを注文するんや?・・・という話題に移ると,

理由なんかない,とまっとうな答え.

飲まんもんを注文すんな,と不機嫌になってくると,

なんでもいちおう挑戦したい,と言い出すので,

人生ではそうだが,食いもんでは違う,と言い聞かせても,

人生も食いもんも同じやし,どう違うんじゃ,と逆にまっとうな質問をされ,

違うもんは違うし,食いもんではチャレンジすんな,とまったく答えになっておらず,

ほんなら,これからは新しいもんは食わん,と言い出す始末・・・・・・・・.

文章にすると,どっちが親でどっちが子なのかわからんっちゅう,価値観ブレブレの会話である.



いっ君は,人生でどうかはまだわからんが,飲食物では結構チャレンジャーである.

たとえば炭酸のジュース.

定番のコカコーラやファンタオレンジやグレープは,ひょっとするとニ~三回程度しか飲んだことがないのではあるまいか?

毎回選ぶものが違って,ファンタグレープフルーツとかコカコーラゼロなんてものに手を出す.

たとえば,先日の大学病院の自販機において.

この自販機では,ほとんどの種類を選んだ経験があるのか,しょうがなさそうに(選んだことのない)ミネラルウォーターを選んでいた.

また振り出しに戻って,コカコーラにすればええんちゃう?.

どうやら,いっ君の好きなもん=(自分が口にしたことがない)新しいもん,らしい.



かなり昔の話になるが,いっ君がまだ小学校2年の時に家族で米国旅行に行った時のこと.

米国の国内線で,機内のドリンクサービスの受け答えのしかたを父がいっ君に教えていた.

「・・・あのなぁいっ君,スチュワーデスさんがwhat would you like to drink?っていうふうに訊いてきたら,飲みたいドリンクの名前の後にプリーズって付け加えて言ってみな」

「へぇ~・・・,お父さんは何飲むの?」

「コカコーラにしようかな.いっ君は?」

「わからん・・・・・何にしよう?」

「わからんかったら,オレンジジュースくらいにしとけ」

「え~・・・,オレンジジュースはイヤや」

「なんでもええやん」

「じゃあ・・・・・・スプライトはあるの?」

「あるんちゃうか」

「でも・・・スプライトは飲んだことあるしなぁ・・・」

「なんでもええから言ってみな・・・・・さあ,次やぞ」


金髪のスッチーさんが,ヘンテコな日本人親子にドリンクの注文を聞く順番になった.


スッチー:what would you like to drink?

いっ君:え~と~

父:なんでもええぞ・・・(がんばれ)

いっ君:ダイエット・スプライト・プリーズ


なんでダイエットやねん・・・・・・
報告書の季節である.

今年度に頂いた研究費でもって,こんなこと考えて,こんなことしたら,こんなんなりました・・・という成果実績を伝える提出文書を書かねばならぬ.

頂いている研究費など一つか二つで数少ないし,自分でできる程々のことしか研究させてもらっていないので,それほど負担ではない.



報告書には,誰に教えてもらったわけでもないけれども,こうなふうに書きなさいよ・・・という形がある.

「背景と目的」,「材料と方法」,「結果と考察」・・・・・

「・・・〇〇の報告は多数あるが,△△に関する知見に乏しい」とか,

「・・・よって△△を検索することを目的として,以下の実験を施行した・・・」とか,

「・・・この結果から,◇◇ということが示唆される・・・」とか,

まぁ,書いててもつまらんっちゅうか,面白味がない無機質な文章ではある.

ちょっと笑わしたろか・・・・・というような余地は一切ナッシングだし,あっちゃイカン.

これが競争的研究費の申請書になると,研究費があたったらこんなものを買ってあんなことしよう・・・と,少し気合が入るんだが・・・,

元を辿れば「国民の血税」に行きつくんだし,手抜かず己を殺してしっかり書こうと自戒する.



さて,今週末が締め切りの研究報告書をそろそろやんなきゃなあ・・・・・ということで,先日に重い腰を上げたのだが,

「成果報告を5000字以内で(表・図を含む)」とある.

・・・っご・・・ごせんじ・・・って・・・・・・(ちょっと多くね汗

計算上は400字詰め原稿用紙で12~3枚になる(やっぱ多いわ汗).

実は中間報告書を昨秋に提出してあるので,それにデータを少し追加して書き加えればなんとか形になるかな・・・と思っていたが,

その中間報告書の文字数を数えてみたら,

なんとた~~ったの1200字. (・_・;)

ここから,約4倍にボリュームアップか・・・・・・・・

ちょっと苦しいな・・・・・・・・やべっ.



それじゃあ,しょうがない.

背景と結果考察をクドイほどに詳しくして字数を稼げば,なんとか約2.5倍ほどの3000字程度にはできそうだ・・・

「図・表を含む」ということを大いに活用して,ちょっと大きめの図表で残りのスペースを穴埋めしてっと.

全体としてなんとか4000字程度のボリュームを目指す・・・という方針に素早く変更する.



報告書書き上げのために必要な時間を6時間ほどと見積もって,

午前中の検鏡時間3時間を報告書書きにまわして,

午後の切り出しをK先生と交代してもらい,

秘書さんに頼んで留守電モードにしてもらい,

け~っこうな気合いを入れたところ,

なんとか午後3時ころには一通り終了.

朝の8時ころからはじめたので,昼食時間などを除くと,ちょうど6時間ほどかかったことになる.

我ながら恐るべし,この火事場の馬鹿力の正確さ!.



締め切りに追われないように,計画的にものごとが進めばいいけれど,

締め切りがないと,なかなか動かないのも現実であり,

それならばいっそ締め切りから逆算して,この日から始めるとか,この日までは一切やらないとか,

そんな「短期直前集中」的なやり方もある.

失敗は即自分という人間の信頼性に関わってくるため,最大限の集中が発揮できて,おそらく最短時間で仕事を捌くことができる最終手段である,



精神的には結構なストレスなため,この間は血圧はかなり上がっているであろう.

ある意味,自分の体を張ったやり方とも言える.

あんまり積極的にはお薦めができないけれども・・・・・.