直視せよ。映画「それでも夜は明ける」 | 忍之閻魔帳

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▼直視せよ。映画「それでも夜は明ける」

今年のオスカー作品賞を受賞した「それでも夜は明ける」が公開中。
初動成績は全国43スクリーンと小規模公開ながら動員3万2431人、
興収4054万7800円を記録し、興収ランキングで10位に入る好スタートを切った。
1841年にワシントンD.C.で誘拐され、12年間に渡る奴隷生活を強いられた
実在の人物ソロモン・ノーサップの手記「Twelve Years a Slave」の映画化で
監督は「SHAME」で世界から注目された新鋭スティーヴ・マックィーン。
主演は「キンキーブーツ」のキウェテル・イジョフォー。
共演はマックィーン監督とは名コンビのマイケル・ファスベンダー、
大ブレイク中のベネディクト・カンバーバッチ、
「ルビー・スパークス」のポール・ダノ、
プロデューサーも務めるブラッド・ピットなど多彩な顔触れ。
本作が長編デビューとなるルピタ・ニョンゴが助演女優賞に輝いた。



人が人を所有する

それが同じ命ある人間だとしても、値踏みをして、金を払って購入したら、
もうそれは購入者の所有物であった時代。
リンカーンが奴隷解放宣言を出す1862年まで常識としてまかり通っていた
この異常な制度と黒人差別の歴史について、これまで何度も映画で描かれてきた。
映画「それでも夜は明ける」もその流れを汲んでいるが、
決定的に異なるのは主人公のソロモン・ノーサップが
最後まで「間違われた人物」だと自覚している点である。
自由黒人として屋敷に住み、白人のために喜んでバイオリンを弾き、
毎夜酒を酌み交わしていたソロモンにとって、
同じ肌の色をした人間がどこでどんな仕打ちを受けていようと
知ったことではないように見える。
12年間の奴隷生活は「信じられない不運」であり
この出来事がなければ、後に差別撤廃運動をサポートすることも無かったろう。

私達の住んでいる日本の学校や会社においても、
「見えてはいるが、見えていないことにする」のが
無駄な争いを避けるための処世術であり
火中の栗を拾うのは愚か者のすることだと嗤われたりする。
誘拐されるまで見て見ぬフリを決め込んできたソロモンは
奴隷生活以降「見えていないこと」にされる側になるわけだが
ロープを首に巻かれ、大木から吊り下げられているソロモンの周りで
何事もないように洗濯物を干したり、農作業をしたり、
遊具で遊んでいる子供達を見ると背筋が寒くなる。

過去を恥じ、歴史を繰り返さないよう警鐘を鳴らす作品には違いないのだろうが
もしかしたらスティーヴ・マックィーン監督は
黒人による黒人差別までを視野に入れてこの映画を撮ったのではないだろうか。
黒人主導の白人批判ではなく、黒人主導の無自覚批判こそが主題のように思える。

好意的な白人(ブラッド・ピット)を見つけるや
(自分ひとりが助かるための)手紙を出してくれと頼むソロモンを見ていると
彼の置かれた環境の過酷さよりも、そこで出会った奴隷達と
心の底からの仲間意識は芽生えなかったのかと哀しくなる。
パッツィー(ルピタ・ニョンゴ)の手を振り払って車に乗り込むソロモンの姿を見ると
素直に「良かった」と思えない。
もちろん、他人のことまで構っていられない状況だったのだろうし
もし自分が同じ目に遭ったら自分だけでも助かる道を探すだろう。
でも・・・である。



マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチの2大セクシー俳優に
揃って悪役をあてがう(カンバーバッチはそうでもないが)あたり
配役の上手さは相当なもの。
南部訛りまでを完璧に再現したルピタ・ニョンゴはオスカーに相応しい名演だが
キウェテル・イジョフォーも健闘していたし
奴隷生活からの解放と引き換えに、愛の無い結婚生活を受け入れた
ショー夫人を演じたアルフレ・ウッダードも相当良かった。
ブラッド・ピット演じるバスがキャラクターも台詞も優等生過ぎるのは気になったが
プロデューサーとしての役得ということで我慢するか。

12年の奴隷生活から救出されたソロモンのその後について
エンドロールでは消息不明とだけ出て来る。
奴隷をカナダへ逃がす秘密組織「地下鉄道」を後押ししたことで抹殺された、
最初に誘拐をした二人組に再度捕らえられて殺されたなど
様々な憶測が飛んでいるようだが、決定的な証拠は見つかっていない。

素晴らしい作品であることに間違いはないが
拷問のシーンなどはちょっとしたホラー映画を超越するレベルであり
タランティーノ監督の「ジャンゴ」ほどのエンタメ性もなければ
現在公開中の「大統領執事の涙」ほど万人向けの作品でもない。
しかし、過去の同系作品の何よりも、目を背けてはいけない作品だと感じた。

映画「それでも夜は明ける」は現在公開中。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:それでも夜は明ける
    配給:ギャガ
   公開日:2014年3月7日
    監督:スティーヴ・マックィーン
   出演者:キウェテル・イジョフォー、他
 公式サイト:http://yo-akeru.gaga.ne.jp/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



発売中■Blu-ray:「SHAME シェイム スペシャル・エディション」

スティーヴ・マックィーン監督の前作。
ルックスも良く、人望もあるひとりの男性が
孤独を埋めることが出来ずにセックス依存症に悩む問題作。
主演はマイケル・ファスベンダー。
本作でヴェネチア国際映画祭男優賞を獲得し
リドリー・スコット監督の「プロメテウス」にも出演するなど
今ハリウッドで最も注目される俳優のひとりである。
「それでも夜は明ける」では極悪非道な人物を演じて話題となった。
共演は「17歳の肖像」「わたしを離さないで」のキャリー・マリガン。

このブログで紹介するには過激過ぎる内容なので
公開時には取り上げなかったのだが、なかなか強烈。
本来ならば最も濃密なコミュニケーション手段であるはずのセックスを
ゆきずりや金銭を介してしか出来なくなってしまった男の孤独と葛藤は
見ているこちらが辛くなるほど。
好きだからこそ抱けないなどという生易しいものではない、もっと深い闇。
全ての原因であるはずの妹との過去については
はっきりとは描かず、観客の脳内補完に任せているところが大人だ。
劇中でキャリー・マリガンが披露する「ニューヨーク・ニューヨーク」も素晴らしい。

20歳以上の映画好きならかなりお勧め。子どもはまだダメ。




発売中■Blu-ray:「ジャンゴ 繋がれざる者」

同じ奴隷を主人公をにしながら、こちらは痛快な復讐劇。
エンタメ性は群を抜いている。

【紹介記事】愛だろ、愛っ。映画「ジャンゴ 繋がれざる者



映画 大統領の執事の涙
(C)2013,Butler Films,LLC.All Rights Reserved.

2009年公開の「プレシャス」がオスカー6部門にノミネートされ
一躍脚光を浴びたリー・ダニエルズ監督の新作は
7人の歴代大統領に仕えてきた黒人執事セシル・ゲインズの伝記ドラマ。
主演は「ラストキング・オブ・スコットランド」で
オスカーを受賞したフォレスト・ウィテカー。
ニクソン大統領にジョン・キューザック、
レーガン大統領夫妻にアラン・リックマン&ジェーン・フォンダなど
あっと驚く豪華キャストが歴代大統領を演じている他、
ロビン・ウィリアムズ、テレンス・ハワード、キューバ・グッディング・Jr、
レニー・クラヴィッツ 、マライア・キャリー、アレックス・ペティファー、
そしてヴァネッサ・レッドグレーヴまで、非常に贅沢なキャスティング。
セシルの妻グロリアを演じたオプラ・ウィンフリーは
英国アカデミー賞、放送映画批評家協会賞で助演女優賞にノミネートされた。

続きは以下の過去ログにて。

【紹介記事】それすらも通過点。映画「大統領の執事の涙」




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発売中■DVD :「リリィ、はちみつ色の秘密」

人種差別問題を取り上げた作品の中から
私が思い入れの深いものを何本かピックアップ。
まずは、「家族」や「恋愛」における差別を描いた3本。




発売中■Blu-ray:「クラッシュ」
発売中■DVD :「フリーダム・ライターズ」
発売中■Blu-ray:「リンカーン」

「社会」における差別を描いた3本。いずれも名作。




発売中■DVD:「遠い夜明け」
発売中■DVD :「マルコムX」
発売中■DVD :「マンデラの名もなき看守」

「歴史」における差別を描いた3本。




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「音楽」「ファッション」における差別を描いた作品。
「ヘアスプレー」も入るか。




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04月15日発売■Blu-ray+DVD:「42 世界を変えた男」

「スポーツ」における差別を描いた作品。
このカテゴリーは素直に感動できるものが多く一般向け。