それすらも通過点。映画「大統領の執事の涙」 | 忍之閻魔帳

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▼それすらも通過点。映画「大統領の執事の涙」

2009年公開の「プレシャス」がオスカー6部門にノミネートされ
一躍脚光を浴びたリー・ダニエルズ監督の新作は
7人の歴代大統領に仕えてきた黒人執事セシル・ゲインズの伝記ドラマ。
主演は「ラストキング・オブ・スコットランド」で
オスカーを受賞したフォレスト・ウィテカー。
ニクソン大統領にジョン・キューザック、
レーガン大統領夫妻にアラン・リックマン&ジェーン・フォンダなど
あっと驚く豪華キャストが歴代大統領を演じている他、
ロビン・ウィリアムズ、テレンス・ハワード、キューバ・グッディング・Jr、
レニー・クラヴィッツ 、マライア・キャリー、アレックス・ペティファー、
そしてヴァネッサ・レッドグレーヴまで、非常に贅沢なキャスティング。
セシルの妻グロリアを演じたオプラ・ウィンフリーは
英国アカデミー賞、放送映画批評家協会賞で助演女優賞にノミネートされた。



本作を観たオバマ大統領は涙を流して絶賛したという。
このエピソードを鑑賞前に聞いても、私を含めて多くの日本人にはピンと来ないだろう。
多くの映画でプロモーションの常套手段として使われる「箔付け」のために
わざわざ大統領を引っ張ってきたと疑う人すらいるかも知れない。
しかし、作品を観ればオバマ大統領が何故涙を流したのか
黒人初の大統領が誕生する前の、テレビ越しに見た熱狂の理由が良くわかる。
本作はアフリカ系アメリカ人の20世紀を
ひとりの執事を通して駆け足で振り返りながら
未だ完全解決には程遠い黒人差別問題にひと区切りをつける作品なのだ。

何故ひと区切りなのかは製作過程にも良く現れている。
インディーズ扱いであった本作は製作費も少なく、有名キャストの出演は難しかった。
アメリカで大人気の司会者オプラ・ウィンフリーを起用してもなお許可は下りず、
企画に賛同し、無償奉仕でも構わないと出演してくれた
多数の白人キャストによってようやくGOサインが出て完成を見たのだという。

有色人種でオスカーの主演男優賞を獲得したのは
最初が1963年「野のユリ」のシドニー・ポワチエだが、この後ぷっつりと途切れ、
2人目は2001年「トレーニング・デイ」のデンゼル・ワシントンまで約40年も開いてしまう。
2004年「Ray/レイ」でジェイミー・フォックスが、
2006年「ラスト・キング・オブ・スコットランド」でフォレスト・ウィテカーが受賞し
現在までに4人がオスカー像を手にしている。
女性はというと、2002年「チョコレート」でハリー・ベリーが
史上初の有色人種による主演女優賞を獲得したものの、2人目は未だに出ていない。
ちなみにリー・ダニエルズは「チョコレート」の製作を担当している。
ハル・ベリーをオスカーに導いたリー・ダニエルズが
4人目のオスカー俳優であるフォレスト・ウィテカーを主演に迎えて
オバマ大統領誕生までのアメリカの歴史を描く。
これはもう時代の必然と言ってもいいかも知れない。

30年以上もの長きに渡り7人の歴代大統領に仕えてきたセシル・ゲインズは
何の罪も無い父親を撃ち殺され、奴隷生活から逃げ出した経歴を持っている。
誰よりも深く、身を以て黒人差別を経験していたセシルが
ホワイトハウスで過ごす日々は、身の危険から解放されたとはいえ
また違う性質の差別との闘いの日々であった。
昇級なし、給料は白人以下という冷遇に耐えながら
執事に課せられた使命「空気で居ること」を頑に守り続ける。

国家権力に対し怯むことなく差別撤廃を訴え続ける息子とは
一見袂を分かったように見えるが、実は全く同じ道を歩んでいる。
アメリカの歴史をさらりと振り返りながら
暴動と鎮圧を繰り返す息子、ホワイトハウスで静かな闘いを続ける父親、
それを見守る母親の3人にスポットをあてた家族の物語になっている点が
いかにもリー・ダニエルズらしい。
こと母親の存在に関しては、(性格は全く異なるが)
「プレシャス」のモニークを彷彿させる。

公民権運動、ベトナム戦争、キング牧師やケネディ大統領の暗殺など
黒人差別問題が刻々と変化してゆく激動の時代を
ホワイトハウスで執事として働きながら30年以上も見つめ続けてきた男にとって
オバマ大統領当選のニュースはどれほど感慨深かったことだろう。
新たな時代の扉が開く瞬間を見届け、親子の絆も取り戻し
映画は全てが丸く収まったかに見える。
しかし、リー・ダニエルズもフォレスト・ウィテカーも
拍手喝采でこの映画を終わらせない。
「ここまで来た」(オバマ大統領誕生)ことを喜びつつ
それすらも通過点であることを観客の胸に刻み込む。

人が生きている限り、この世から差別問題が無くなることはないだろう。
けれど人の住む世の中を、法律や社会を少しずつ変えていくことは出来る。
いきなりゼロには出来なくても、100を80に、80を60に減らすことは出来る。
誰のもとにも必ずやってくる明日をより良い世界に変えるために、
私達に何ができるのか、この作品で今一度考えてみたい。

映画「大統領の執事の涙」は2月15日より公開。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:大統領執事の涙
    配給:アスミック・エース
   公開日:2014年2月15日
    監督:リー・ダニエルズ
   出演者:フォレスト・ウィテカー、オプラ・ウィンフリー、他
 公式サイト:http://butler-tears.asmik-ace.co.jp/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



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このカテゴリーは素直に感動できるものが多く一般向け。