希望の種を撒こう。映画「インポッシブル」 | 忍之閻魔帳

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▼希望の種を撒こう。映画「インポッシブル」

その日、日本を襲った悲劇は未だ其処彼処に深い爪痕を残している。
たまたま命拾いをした私に出来ることといえば
僅かな金額の募金を続けることと
ひとつでも多くの教訓を得て有事への備えを万全にすること。忘れないこと。
それぐらいしか思いつかない。

今回紹介する映画「インポッシブル」は、2004年のスマトラ島沖地震によって
離散してしまった一家が奇跡的に再会するまでを描いた実話ベースのドラマである。
スマトラ沖地震から9年が経過したとはいえ、
私達日本人にとっては東日本大震災からまだ2年しか経っておらず
ニュースにかじりつき、状況を見守るしか無かった私ですらこの映画はキツかった。

映画の冒頭、巨大津波がホテルを呑み込み、人や木や車を押し流してゆく光景では
CGに頼らず本物の水を使用し、わずか10分ほどのシーンに1年を費やしたのだという。
何故そこまでして凄惨な場面を再現する必要があったのか。
監督の意図を汲み取るよりも前に、拒絶反応や嫌悪感が先に来る方もいるだろう。
だから私は、この映画を傑作だとは思うが安易には薦められない。
出演者も監督も素晴らしい仕事をしているのに、
手放しでは薦められないモヤモヤが観賞後もずっと胸に残る。

しかし、敢えて言う。
私はこの映画を観て良かった。
「所詮は他人事だからだ」とお叱りを受けるかも知れないが
生涯忘れられない作品の1本になる予感がする。

出演は「愛する人」のナオミ・ワッツ、「ゴーストライター」のユアン・マクレガー、
監督は、ギレルモ・デル・トロの目に留まり、
2007年の「永遠のこどもたち」でデビューを飾ったJ・A・バヨナ。
本作が5年振り2作目の監督作品となる。



監督のJ・A・バヨナは、デビュー作の「永遠のこどもたち」でも
ダークホラーの形を使って家族愛を描いていた。
恐ろしい、哀しい、寂しい・・・そういった負の感情が渦巻く環境下でこそ
非力な私達は結束力を固め、手を取り合って光の射すほうを目指そうとする。
「永遠のこどもたち」と「インポッシブル」は
ジャンルは全く異なっているが、監督の描こうとする愛情は同じものだ。

母と長男、父と下の息子ふたりの2グループに分断された親子が
生死の確認すら困難な中で再会できたのは奇跡としか言いようがない。
怪我の状態や診療所の衛生面、被災地の治安悪化など
現実はおそらくもっと過酷で、再会までに大変な目にも遭ったに違いないが
この映画では敢えてそこには目を向けず、再会までの手助けをした人々の多くが
同じく被災した人々だったことに焦点を当てている。

アーティスト畠山美由紀が発表した詞「わが美しき故郷よ」より一部引用。

わたしたちは ひとりひとりが愛の自家発電機なのだ
だれかが手を差しのべてくれれば
優しい言葉をかけてくれれば
それが動いてやってゆける
あなたもわたしも動物たちもみんなみんな大切なのだ


長男とはいえまだ幼さの残るルーカス(トム・ホランド)は
こんな時こそ母親に甘えたかったろう。
しかし、医師の資格を持ちながら怪我のため身動きが取れないマリア(ナオミ・ワッツ)は
自分は大丈夫だから人の役に立つことをしろと言う。
ルーカスはマリアの言いつけ通り自分にも出来ることを考え
安否を気遣う家族からメモを取り、院内を駆け回って人探しを始める。
不安でいっぱいのはずの少年が誰かのために動き
自分以上に傷ついたものに微笑みかける。
その健気さと生命力に、思わず涙がこぼれる。
ルーカスを演じたトム・ホランドは本作がスクリーンデビューとのことだが
昨年の映画賞では放送映画批評家協会賞の若手俳優賞にノミネートされた程度で
オスカーにはノミネートすらされていない。
しかし私的には「ハッシュパピー バスタブ島の少女」で主演した
クヮヴェンジャネ・ウォレスに匹敵するほどの名演だったと思う。

この映画に関して、はっきりと強い不快感を表明している方もいる。
試写会に招待されたらしき方が投稿したYahoo!レビューの中にも
「感動の安売りだ」「被災地の悲惨さが描けていない」といったものから
プレシディオの過去の配給作品リストを見て、ホラーやカルトが多い(から駄目だ)という
いちゃもんレベルのものまで、低評価の方もけっこういらっしゃるようだ。
震災に限らず、どれほど心を砕いても「所詮は傍観者の自己満足」と
受け取られることは多々在るし、被災した方から感情的に酷評されるのも今は仕方がない。
震災から逃れることの出来た私は、傍観者と言われると返す言葉が無い。

けれどこの映画に関して言えば、現地で起こっていたであろうもっと悲惨な出来事、
例えば頻発していたというレイプや窃盗までを描く必要は無いと私は思う。
J・A・バヨナは、巨大津波の後に残った僅かな希望が人の手から人の手を渡り
被災地で小さな実をつけたことを皆で喜ぼうじゃないかと言っているのではないか。
哀しい記録はドキュメンタリーに任せて、映画では人々の絆をクローズアップする。
この映画を観て「人間って捨てたもんじゃないな」と多くの人が感じれば
必ずその気持ちが次の希望を生み、どこかで実をつける。
本作はその第一歩を踏み出すには充分過ぎるほどの希望を与えてくれるはずだ。

冒頭で書いた通り、誰にもは薦められない。
この紹介を読んで興味を持った方、心の整理と覚悟がついている方ならかなりお薦め。

映画「インポッシブル」は6月14日より公開。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:インポッシブル
    配給:プレシディオ
   公開日:2013年6月14日
    監督:J・A・バヨナ
   出演者:ナオミ・ワッツ、ユアン・マクレガー、他
 公式サイト:http://gacchi.jp/movies/impossible/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



発売中■BOOK:「唐山大地震」

2011年3月末公開予定で準備が進められていた作品。
私は試写で拝見させていただいたのが、
配給元のギャガも予定通り公開するか延期するかで大きく揺れていた。
劇場に募金箱を設置する、本編上映前にメッセージを掲載するなど
公開に前向きな動きもあったが、想像を超える被害の大きさや
関東方面にまで及んだ電力問題などを考慮して公開延期が決定。
2年が経過した現在まで劇場公開もDVD化もされていない不遇の作品である。

1976年に発生した唐山大地震を題材にしたヒューマン・ドラマ。
地震によって瓦礫に押し潰されそうになった我が子二人。
救助隊からは、姉と弟のどちらか一方しか救い出すことが出来ないと言われ
悩み抜いた母親は悲痛な決断を下す。
映画は、心に深い傷を追った母子の32年間に渡る人生を描いている。
一日とて忘れたことのない、母の悔恨と懺悔の日々と、
「母に見捨てられた」という思いを抱えていきてきた子の苦悩の日々を
丁寧に描いているのは、「女帝 エンペラー」のフォン・シャオガン。




発売中■DVD:「永遠のこどもたち」

「ヘルボーイ」のギレルモ・デル・トロが才能を見出した
J・A・バヨナの長編デビュー作。
ホラー映画にはしばしば使用される母性をクローズアップした作品で、
ニコール・キッドマン主演の「アザーズ」や、
伊丹十三製作、黒澤清監督による「スウィート・ホーム」などを想起させるが、
方々に伏線を張り巡らしたサスペンスとしての面白さや、デル・トロ節を受け継いだ
ダークファンタジーテイストなど、本作ならではの見所は多い。

霊媒師役で登場するジェラルディン・チャップリンは
喜劇王チャップリンを父に持つ女優。
「インポッシブル」にもルーカスと短い会話を交わす老婆として出演している。




発売中■CD:「わが美しき故郷よ / 畠山美由紀」
配信中■iTMS:「わが美しき故郷よ / 畠山美由紀

畠山美由紀が彼女の出身地である気仙沼への郷土愛を込めた作品。
叙情的なメロディに乗せて流れてくる歌の歌詞は、
一通一通、心を込めてしたためた手紙のよう。
今なお厳しい生活を強いられている方々、辛い思いをしている犬や猫、
同郷の友人、故郷の空に対して、音楽家である自分が出来ることは何なのか。
放言まじりの静かな口調で淡々と語られる
朗読詩「わが美しき故郷よ 朗読」に続く
楽曲「わが美しき故郷よ」は、何度聴いても心を揺さぶられる。

以下、アルバムに収録された楽曲より一部引用。

明かりをともしましょう
あなたが戻ってこれるように
窓をひとつ増やしましょう
遠くのあなたに見えるように(その町の名前は)

新しい日を生きよう
訪れた朝日と
新しい目で見上げよう
この高い空(風の吹くまま)

遠く遠く遠くなれ
ふたりで歌った想い出が
いつしか誰のものだったのか
わからなくなるほど
いつしか全て 夢だったのだと
思えてくるほど(花の夜舟)

長い冬の あの厳しい寒さを乗り越えて
やがて巡り 春が 春がくるよ
芽吹く緑と
空高く翔ける夢
私の美しい故郷よ(わが美しき故郷よ)


オリジナルと共に収録されているのは
「What A Wonderful World」「Moon River」
「Over The Rainbow」「浜辺の歌」「ふるさと」。
誰もが口ずさめるスタンダードナンバーの持つ力を
被災地ライブで改めて感じたという彼女らしい選曲だ。

収益の寄付を大々的に謳っているわけでもなく
寄り添うような声で「また元気で会おうね」と語り(歌い)かける
このアルバムが出来上がるまでに、どれほどの想いが彼女の中を駆け巡ったのだろう。

発売時に当BLOGでも取り上げたのだが、オリコンの最高順位は169位。
残念ながらこのアルバムが多くの方のもとに届いたとは言い難い。
2011年の紅白歌合戦では、彼女こそがこの歌を生で披露すべきだった。
実現していれば、「千の風になって」や「涙そうそう」に匹敵する
ヒットになっていたに違いない。