「反戦」×「芋虫」×「死んだ女の子」=映画「キャタピラー」 | 忍之閻魔帳

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各方面に話題を振りまいた「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」から3年、
若松孝二監督の新作が届けられた。今回は、江戸川乱歩の「芋虫」をベースに
独自の解釈を加えて完成した「キャタピラー」を紹介。



のどかな山村で暮らすひと組の夫婦、シゲ子と久蔵。
ある日、久蔵に赤紙が届き、勇ましく出征していったのだが
無事生還した久蔵は、四肢を失い、顔は焼けただれ、口もきけない状態だった。
一切の動きを封じられ、話すことも出来ない久蔵に残された
楽しみと言えば、食欲と性欲だけ。
お国から勲章を受け取り、村民から軍神と崇められる久蔵も
家の中では食欲と性欲を貪り続ける肉の塊と化していた。
主演は寺島しのぶ、共演は「赤目四十八瀧心中未遂」以来、2度目の夫婦役となる大西信満。
寺島しのぶは、本作で2010年ベルリン国際映画祭の最優秀女優賞を獲得した。




何よりも驚かされるのが、この映画がたった14人のスタッフ
(メディアによって15人だったり16人だったりするが、どれが正解かは不明)と
12日間という非常に短い撮影期間で完成している、ということ。
寺島氏は本作の現場について、

「何本も映画に出演していると、何故こんなに人が必要なのだろうと思う現場が多々ある。
 けれどこの映画は、スタッフのひとりひとりが何人分もの働きをしていて
 皆が若松監督に全幅の信頼を寄せている。
 情熱さえあれば、映画は作れるのだと感動した」

と言っていた。

若松監督は、1962年に公開された「太平洋戦争と姫ゆり部隊」で助監督を務めた際、
監督の小森白から「沖縄に関する資料を徹底的に集めろ」と言われ
資料の山を片っ端から読み込んだらしい。
「沖縄は日本に捨てられたのだ」という思いを強くした監督は
いつか戦争映画を撮ろう、作品が完成したら、
公開日は沖縄を6月19日、広島を8月6日、長崎を8月9日、
全国公開を8月14日にしようと決めていたのだと言う。
既に多くの方がお気付きだと思うが、6月19日はひめゆり学徒隊の集団自決、
8月6日は広島市への原子爆弾投下、同9日は長崎市への原子爆弾投下、
8月14日は日本がポツダム宣言を受諾し、無条件降伏を決定した日である。



なるほど、思想はさておき、反戦映画を撮りたかったという若松監督の意志はわかった。
戦争の悲惨さを後世に語り継ぐ者が減っている今、
映画という形にして残そうという考えは否定しない。
だが、それでも敢えて言わせていただきたい。
「何故『芋虫』を題材にしたのか」と。
「キャタピラー」は、かなり直球の反戦映画になっていて、
乱歩の原作や丸尾末広のコミックス版を読んでいた私は、正直面食らってしまった。

原作の「芋虫」は、四肢を失った醜い夫と、かいがいしく世話をする美しい妻との
淫靡で倒錯した行為や愛憎劇に主題が置かれている(ように私は感じる)のだが、
「キャタピラー」の久蔵は、出征先で強姦行為に及んだ時の映像が頭から離れず
自責の念に駆られ続けている上に、出征前はシゲ子に対しても暴力三昧だったという設定。
一方のシゲ子も、四肢を失った久蔵に対して徐々に復讐心を抱き始め、
軍服を着せ勲章をつけた久蔵を荷車に乗せ、村中を回って見世物にしたりする。
食欲と肉欲だけで繋がっているようで、実は深いところで通じ合っている「芋虫」の夫婦と違い、
「キャタピラー」の夫婦は、表向き麗しい夫婦愛で繋がっているが
中身はけっこう冷えきっていて、「芋虫」とは真逆の夫婦像になっている。
そのため、原作と同じラストを迎えても、何故久蔵がそうしたのかが今ひとつピンと来ないのだ。

「芋虫」をベースにしているとはいえ、「キャタピラー」は独自の解釈を加えた
オリジナル作品ということになっているので、夫婦の関係がどう変化していようが
別に構わないのだが、夫婦の話がなかなか反戦と結びつかないのがやっかい。
この展開をどうまとめるつもりなのかと思っていると、
なんと最後の最後で戦没者のデータを字幕を垂れ流すだけであった。
最後の2分ほどで一気に戦争映画に引き戻し(しかもほとんど反則)、
元ちとせを流して「これは反戦映画です」では、あまりにも芸が無いのではないか。
元ちとせの曲にしても、戦争で亡くなった少女が
こんな世の中にしないで下さいねとお願いしている歌であって
「キャタピラー」の内容に合っているとは言い難い。
私も何年も聴き続けている曲で、後世に残す名曲だとは思うが、この作品には合わない。

「反戦」「芋虫」「死んだ女の子」、作品を構成するパーツはどれも優れているのに
それぞれの相性が悪いせいで仕上がりがちぐはぐになってしまった。
クランクアップと同時に入院したというほどの集中力で乗り切った
寺島しのぶの熱演は見物なので、彼女のファンならば劇場で観ておいて損はない。





元ちとせが歌う名曲「死んだ女の子」。
私的には、古謝美佐子の「黒い雨」と並ぶ反戦歌の代表作。
3作目の「ハナダイロ」にボーナストラックとして収録されていたのだが
8月4日に発売されるアルバム「Orient」に再び収録されることとなった。


■BOOK:「若松孝二キャタピラー」
■COMIC:「芋虫 / 江戸川乱歩 × 丸尾末広」
08月04日発売■CD:「Orient 初回生産限定盤 / 元ちとせ 秦基博」
08月04日発売■CD:「Occident / 元ちとせ」

丸尾末広版のコミックス版「芋虫」。
その手の作品に相当お強い方でなければトラウマ必至な作品ではあるが
乱歩が言わんとした「芋虫」のメッセージは、こちらの方が上手く出ていると思う。




■DVD:「紙屋悦子の青春」
■DVD:「父と暮せば」
■DVD:「夕凪の街 桜の国」

それほど痛い思いをせずに観られる戦争映画を3本ほど。
「夕凪の街 桜の国」は原作のクオリティには及ばず。




■COMIC:「夕凪の街桜の国 / こうの史代」
■COMIC:「この世界の片隅に 上 / こうの史代」
■COMIC:「この世界の片隅に 中 / こうの史代」
■COMIC:「この世界の片隅に 下 / こうの史代」

戦争を題材にした現代のコミックでは最高峰に位置するであろうこうの史代の傑作群。
短編の「夕凪」と違い、「この世界の片隅に」は3部作と長めだが是非とも読んで欲しい。
下手な戦争映画もドラマも全部要らない、そう思える作品だ。

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  タイトル:キャタピラー
    配給:若松プロダクション
   公開日:2010年8月14日
    監督:若松孝二
    出演:寺島しのぶ、大西信満、他
 公式サイト:http://www.wakamatsukoji.org/
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