片思いという名の試練 -14ページ目

彼の名前を呼んでおどける自分

実は、自分が片思いをしている彼はハーフなので、

日本語とカタカナの名前が二つある。


普段皆から呼ばれるのは、カタカナの名前の方だ。

日本語で呼ばれたことがない、と本人が言っていたほどだ。



普段カタカナで呼び捨てにしているので、

改めて、携帯に登録してある彼のフルネームを見るたびに、

「ああ、こういう漢字を持っているんだ」「こういう響きなんだ」

と、ふと日本語名に思いを馳せることが多い。


ちなみに、好きな人の名字と名前の漢字を

町の看板とか新聞とかで見かけるたびに、ドキッとしてしまうことがある。


で、昨日いいタイミングだったので、

彼に「XX君」と日本語の名前で呼んでみた。

何気に前からやろうと思ってた。



結構びっくりした感じで、

「ど、どうしたんすか、急に」と笑った。


おどけた感じで笑って、去って行った自分。(バカだな)

意味深な態度だと思われなければいいけど。


ほんとに、勘違いだとわかってるけど、

こうやっておどけられるのがすごくうれしくて、

なおかつ、日本語の名前の彼にもかなり愛しく感じてしまうので、

その後は人に見られたくないくらい、

結構ニヤニヤしてた自分。





今日は、まーったく期待してなかった時間と場所で彼に遭遇。

自分は先生を、彼は別の先生を探していた。

誰もいない教室に10秒入ってみたり(密室に二人きりだった!)、

少し話した。

別れてから、こちらが探してる先生を見かけましたよ、

というメールをわざわざくれた彼。


「ありがとう、そっちはちゃんと先生見つかった?」

「大丈夫です、用は済ませられました」

とその後1往復のメール。


テスト期間なので、土日も彼にあえたらいいな。




公に応援される恋と、公に応援されない恋

土曜日はサークルの飲みに行ったが、

彼とはテーブルが違った。

まあ、今回は同じテーブルを狙わなかった代わりに、

他の後輩と仲良くなれた。

やはり「囲い込み作戦」で、じわじわと攻めなければ。


その後輩から、前に友達同士でふざけて詩作をしたと聞いた。

その詩にはテーマが与えられ、各人の個性がよく出たとのこと。

その中で、彼の詩は「インテリでピュア」とのこと。




日曜日の夕方、思いがけず彼に大学で会えた。

そしてまた2時間くらい外で色々なことを話した。

手が届くほどの至近距離。

押し倒すにはちょうどいい石のベンチ。(笑)

いやいや、何もしなかったけど。

夏の夕方の空。生ぬるい風。



前の日に聞いた詩作、どんな「インテリでピュア」な内容だったのか

知りたくて、どんな詩を書いたか本人に聞いてみた。


「知り合いの女の子と久々に大学で会って、

じゃあお茶しようかということで、”ラッキーと思い”、

入った構内のカフェは、

貸切になって入れず、そのままお茶をしないで別れた」



おそらくインテリな内容は他の詩で表現されていたんだろうけど、

これがピュアと評価された詩の内容だったんだ。



これはノンフィクションなんだろう。

どれくらい”気になる”女の子なんだろうか。

好きな女の子だろうか。

逆に、気にならない女の子をわざわざ詩に出すだろうか。


それを友達に語っているとすれば、

みんなが彼のことを少なからず、

その思いは公のものであって、応援されているだろう。



その詩に出てくる彼女がどんな女の子なのか、

どういう気持ちを抱いているのか、

彼も恋してるのか。


彼も自分と同じように、

誰かに胸をときめかせているのか、

キューンと胸が掴まれるような感覚を味わっているのか。

羽をもらって何かをがんばっているのか。



今の自分と彼との距離で考えれば、

聞けば話してくれるかもしれない。

今、彼女はいるのだろうか。気になる人はいるのか。



これは最近よく考えること。

自分が思いを伝える前に(80%はその気あり)、

相手に探りを入れること。

聞いても、聞かなくても、片思いも結果も変わりはないけど。

何か重要な進展がほしい。事実が知りたい。

たとえその事実を受け入れるのが、痛かったとしても。


だから、タイミングがいいとき、

恋話を振ってみようかと思う。

自分の話をどう伝えるのか。

多少嘘をつく形になってしまうだろうけど。

(そもそも研究が忙しくていない、いるけど片思い、

詳しいことはあまり言わない、性別も特に明言しないけど、ヘテロであることが前提)



またさみしかったのは、

自分の片思いをしていることが、周りの人にそう簡単に言えないこと、

相談できないことだった (なのでみなさんに読んでもらってるわけですが)。



ゲイは少なからず、ノンケに思いを寄せたことがあるだろう。

でもわざわざ禁欲して、思い続けることはしないだろう。

自分が思えるだけの人はいるし、

自分の思いに答えてくれる人もいるし、いなければ探せばいい。

過程も結果も痛いのは、ゲイにも目に見えている。


人を好きなことに変わりはないけど、

それでもゲイに嫌悪感があるヘテロもいるだろう。

まして、自分がその好意の対象とされていたら。

過程も結果も痛いのは、ヘテロにも目に見えている。


そこまでして、自分が思い続けているのはなぜか、

何のためなのか、と終わりのない自問が始まる。



片思いも両思いも公に応援されるだろう。

でも公にできない片思いは、公には応援されづらい。

友人たちや読者のみなさんでも応援してくださる方はいるし、

こんな風に心が弱くなるべきではないと思うけれど。



傍から見れば、自分へのマゾ行為にしか見えないかもしれないけど、

この「詩作事件」から考えられることを、

すでに受け入れなければ、受け入れなければ、としている自分。

だって、この片思いはポジティブな意味で試練なのだから。


月曜は、

共通の知人に不幸があり、たまたまいてもたってもいられず、

誰かと話したいと思っていた矢先に彼と会い、少し話した。

彼は6歳年上の自分より、落ち着いていて、思慮深かった。


今日火曜は、

図書館で無難に挨拶。






逃したチャンスは次につながるか

夕方から夜にかけて彼は図書館にいた。


もしかしたら夜ご飯(といってもコンビニで弁当買って大学内の外のベンチで食べる)

に誘えるかもしれない、と急に思い立つ。


会って話した時、

「レポート?」(何をやってるか大抵わかってるけどvv)

「図書館閉まるまでいるの?」(いたらご飯大学で食べるだろうから誘えるかも)

と聞いた。


そのあと、かなりいい具合でもう一回会えた。

彼はカバンを持って帰るところ、

自分もきりがよく、本を返すところだった。


でも、

「おっ、お疲れ」

と笑顔で言って、彼を無難に送る形になった。


もしご飯に誘って、話してたら

自分が今日どうして改まったシャツを着ているのか

突っ込んでくれたかもしれない。(午前中彼のお母さんと同じ仕事があった)

別れ際に彼が視線を向けてくれたけど、

どうしてこの本を持っているのか

突っ込んでくれたかもしれない。(その仕事関係で使ってる)



どうして誘えなかったんだろうか。

最高のタイミングだったではないか。

「チャンスを逃した感」が、ひとり弁当中にブルーに襲ってた。

ちなみに弁当は、にんにくたっぷりの焼肉スタミナ弁当。



「ご飯もう食べちゃった?よかったら一緒にどう?」

なんて気軽に声をかけられる先輩になれたかもしれないのに。

相手が違和感なしに受け入れてくれるくらいの仲に。



ある意味、「引いてしまった」今日だった。

肝心なところで「萎えた」自分。


でも、

今度同じ状況になったとき(どちらも遅くまで図書館にいる)、

誘える準備は心の中でできた。

しかもこれからテスト期間だから、

彼も遅くまでいる可能性が高くなるではないか!


思えば、ワインに誘ったときも、

毎回毎回「誘えなかった日」の積み重ねだった。


テスト前のご飯をまた一つの目標にすれば、

今日の「誘えなかった」は、「次」につながるだろう。




研究と仕事に追われる日々。

作る資料、山ほど。

もっと武装するべき理論、山ほど。

説得力と論理性を磨くべき点、山ほど。

集めるべきデータ、整理すべきデータ、山ほど。

突然降りかかってくるけど、

名誉のある、やりがいのある、しかもお給料もいい仕事、山ほど。



その隙間の中で、もしくは常に貫いた形で、彼のことを思う日々。(今日も夢見た)

心がチクチクすること、山ほど。

ドキドキすること、山ほど。

ウキウキすること、山ほど。

ズキズキすることも、山ほど。



自分の今経験してること、すべてが試練だ。

研究も、仕事も、この片思いも。

それはどれも乗り越えるべき試練。