今日7月1日早朝3時に起床し、「事業計画書」を作成した。
実は一度、2011年10月に同様に「事業計画書」を作成した事がある。
だが、それから半年以上が経過し、改めて一から作成してみたら、
以前と比較し、より具体的な「事業計画書」を作成する事が可能になっていた。
それは何故なんだろう?
その理由は、これから起業・創業する以前に、既に実践を繰り返していたからであった。そして、その間に仲間を集め、週に1回勉強会を必ず実施し、
SNSを活用し、情報の共有を行い、反省点、改善点等を常に話し合っていた。
実は、もう既に動いていた事だったのである。
本日、改めて「事業計画書」を作成してみた所、
今、具体的に必要な資金や、課題が明確になった。
今の私たちの活動を更に広げる為には?
そう考えて、「事業計画書」や「資金計画表」「損益計画書」、を作成すると驚く程、明確に記入する事ができた。
だから、これから創業、起業に向けて実践したい人は下記の点を抑えるといいかと思う。
○代表者が、まずは「事業計画書」を作成する事。完成しなくてもいい。まずは書いてみよう。
○働きながら、アルバイトしながらでいい。同じ夢を共有できる友人を自分を含めて3人集める事。
○まずは、資金が無くてもいい、兎に角、小さな形でもいいから実践に移す事。お金がないからと全く着手しないのは、その状況から抜け出せない。
○金額は少なくてもいい、まずはお金を頂く活動を3人で経験する事、そして、そのお金をオープンに分ける事。そして、お金を頂いたお客様に3人で感謝する事。
○直接3人で顔を合わせて打ち合わせできる機会を1週間に一度作る事。あとはSNSを活用し、情報共有する事。
○リーダーは2人に常に情報と夢をオープンにする事。そして、競争ではなく、切磋琢磨し、磨き合う事。決して裏切らないこと。24時間フル活動する事(笑)
これをまずは、「半年」から「1年」続けてみたらいい。
直ぐに、会社を作りたい気持ちはわかる。けど、焦りは禁物だ。
なんか、会社をまだ設立していない自分が言うのも変だが、きっと上記の極意は当たっている。私が師事する人物のブログを読み直すと、同じ事を数ヶ月前に明記していた。
ポイントは3人の友人である。まさに「桃園の誓い」であった。
日本演出者協会理事 篠本賢一氏の作・演出「隅田川の線香花火」を
28日木馬亭にて観てきた。
木馬亭において、この作品を上演する事の意義も十二分に感じ取ってきたのだが、
それにも増して、篠本さんがこの戯曲を書かれた部分に敬意を感じた。
とても大衆的に描かれていながらも、同時に膨大な情報量であった。
おそらく、俳優陣は各役を演じきるのに、篠本さんの戯曲を心底信じれたのはなかろうか。そして、同時に篠本さんの用いるメソッドは「言葉」に重点をおくメソッドなのだが、そのメソッドが篠本さんの中で完成されている印象も受けた。
現在の篠本さんは、どのようなジャンルであったとしても篠本さんの持っていられるメソッドで難なく構築する事が可能なのであろう。
現代の演出家として、「言葉」の真実に辿りつけた事。本当に羨ましくもあり、敬意を払いたい。
お見事でございました。
さて、少し内容についても振れさせていただくが、
三遊亭圓朝のような「歴史的人物」を描く事は、大変なエネルギーを必要とする。
エネルギーだけでなく、責任も生じる。
リスクがあるのだ。歴史上の人物を語るという行為には。
例えば、まだご存命だが、「長島茂雄」を題材に映画なり、ドラマ、舞台にするとしても、氏の歴史に詳しい方が一般においてたくさんいるから、描く方にかなりのプレッシャーがかかる。
そういう側面で考えてみると、三遊亭圓朝を描く行為は俳優にとっても作家にとっても責任重大であった事は容易に創造できるかと思う。
演劇は人間を浮かび上がらせる行為であるから、そういう意味であっても「英雄」を描く事は貴重な行為なのだ。
芸事の道に限った事ではない。
歴史を変えた人物、業界を変えた人物、イノベーションを起こした人物。
そういった人間がどのように形成されてきたのか?私は非常に興味がある。
6月29日16:00よりビヨンドXフォーラムにおいて「教育」をテーマに有識者が
議論を交わした。この光景は後ほど映像にてダイジェストで拝見できるかと思う。
先日のビヨンドXフォーラムに参加した方の中から、次代の日本を担う人物がいると私は感じている。
その次代を担う人物がどのように「教育」され、形成されていったのか?
私はいち人間として、興味を感じている。
確かに育ちが違う。育ちは違うのだが、卓越した見識眼を持ち、社会の中に飛び込んでいった。
やはり、ビヨンドXプロジェクト 事務局長安西氏の見識眼はお見事であった。あそこまで人の意見に耳を傾け、更に己の人生と照らし合わせ、明確に的確に他者に伝える事ができる能力。
つまり、やはり、突き詰めれば”個”なのではなかろうか? 教育機関の問題や家庭の問題だけではない。ましてや、地域でさえないと思っている。
話を戻し、何故、三遊亭圓朝が落語会に革命を起こす事が可能になったのか?
それは、三遊亭圓朝の若かりし頃の人生に「革命」が会ったからだと私は思う。
篠本氏は三遊亭圓朝作品の第二弾の構想を考えているという。
三遊亭圓朝の初期を描くというのだ。
是非拝見したい。刮目したい。期待したい。
己の人生に革命を起こした人物を目撃する事ができる。
私はその渦中の真っ只中にいる。
悩み抜き、一つの結論に辿り着いた人間に振れる事ができるのは
極上のエンターテインメントだ。
来週ヘブンリー・ベントーを観に行く予定だ。
http://www.yomitime.com/091809/1101.html
「ヘブンリー・ベントー」は、ソニー創設を題材にしたドキュメンタリー・メディア演劇作品で、同社の2人の創設者・盛田昭夫と井深大を主人公に、彼らの「ビジネス冒険譚」が展開される。
私の嗅覚が言っている。この芝居は”当たり”だ!
そして、実は自分自身で作る劇団名もずいぶん前から決めていた。劇団覚醒。
小さな所からコツコツと。とりあえず、旗を上げるところからやろう。
興味がある方、劇団覚醒へのご参加、お待ちしております。
28日木馬亭にて観てきた。
木馬亭において、この作品を上演する事の意義も十二分に感じ取ってきたのだが、
それにも増して、篠本さんがこの戯曲を書かれた部分に敬意を感じた。
とても大衆的に描かれていながらも、同時に膨大な情報量であった。
おそらく、俳優陣は各役を演じきるのに、篠本さんの戯曲を心底信じれたのはなかろうか。そして、同時に篠本さんの用いるメソッドは「言葉」に重点をおくメソッドなのだが、そのメソッドが篠本さんの中で完成されている印象も受けた。
現在の篠本さんは、どのようなジャンルであったとしても篠本さんの持っていられるメソッドで難なく構築する事が可能なのであろう。
現代の演出家として、「言葉」の真実に辿りつけた事。本当に羨ましくもあり、敬意を払いたい。
お見事でございました。
さて、少し内容についても振れさせていただくが、
三遊亭圓朝のような「歴史的人物」を描く事は、大変なエネルギーを必要とする。
エネルギーだけでなく、責任も生じる。
リスクがあるのだ。歴史上の人物を語るという行為には。
例えば、まだご存命だが、「長島茂雄」を題材に映画なり、ドラマ、舞台にするとしても、氏の歴史に詳しい方が一般においてたくさんいるから、描く方にかなりのプレッシャーがかかる。
そういう側面で考えてみると、三遊亭圓朝を描く行為は俳優にとっても作家にとっても責任重大であった事は容易に創造できるかと思う。
演劇は人間を浮かび上がらせる行為であるから、そういう意味であっても「英雄」を描く事は貴重な行為なのだ。
芸事の道に限った事ではない。
歴史を変えた人物、業界を変えた人物、イノベーションを起こした人物。
そういった人間がどのように形成されてきたのか?私は非常に興味がある。
6月29日16:00よりビヨンドXフォーラムにおいて「教育」をテーマに有識者が
議論を交わした。この光景は後ほど映像にてダイジェストで拝見できるかと思う。
先日のビヨンドXフォーラムに参加した方の中から、次代の日本を担う人物がいると私は感じている。
その次代を担う人物がどのように「教育」され、形成されていったのか?
私はいち人間として、興味を感じている。
確かに育ちが違う。育ちは違うのだが、卓越した見識眼を持ち、社会の中に飛び込んでいった。
やはり、ビヨンドXプロジェクト 事務局長安西氏の見識眼はお見事であった。あそこまで人の意見に耳を傾け、更に己の人生と照らし合わせ、明確に的確に他者に伝える事ができる能力。
つまり、やはり、突き詰めれば”個”なのではなかろうか? 教育機関の問題や家庭の問題だけではない。ましてや、地域でさえないと思っている。
話を戻し、何故、三遊亭圓朝が落語会に革命を起こす事が可能になったのか?
それは、三遊亭圓朝の若かりし頃の人生に「革命」が会ったからだと私は思う。
篠本氏は三遊亭圓朝作品の第二弾の構想を考えているという。
三遊亭圓朝の初期を描くというのだ。
是非拝見したい。刮目したい。期待したい。
己の人生に革命を起こした人物を目撃する事ができる。
私はその渦中の真っ只中にいる。
悩み抜き、一つの結論に辿り着いた人間に振れる事ができるのは
極上のエンターテインメントだ。
来週ヘブンリー・ベントーを観に行く予定だ。
http://www.yomitime.com/091809/1101.html
「ヘブンリー・ベントー」は、ソニー創設を題材にしたドキュメンタリー・メディア演劇作品で、同社の2人の創設者・盛田昭夫と井深大を主人公に、彼らの「ビジネス冒険譚」が展開される。
私の嗅覚が言っている。この芝居は”当たり”だ!
そして、実は自分自身で作る劇団名もずいぶん前から決めていた。劇団覚醒。
小さな所からコツコツと。とりあえず、旗を上げるところからやろう。
興味がある方、劇団覚醒へのご参加、お待ちしております。
シゴタノ 大橋 悦夫さんの6月21日のエントリー
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」
http://cyblog.jp/modules/weblogs/10049
について、私は全く賛同しない。
(つうか、そもそも、タイトルと中身の本文が乖離している印象だ。)
ようは、知識を「結晶化」しなさいって話であって、
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」事には繋がらない。
「結晶化」するには様々方法がある。
○ 読み終わったらメモを取ろう♩とか
○ マーカーで大切な文にチェックしよう(七色とかw)
○ 声に出して読もう♩
○ 速読しよう♩
とか。
で、僕が一番言いたいのは、「気に入った本は何度も読もう。」である。
本には様々な種類がある。
小説・戯曲・エッセイ・詩・絵本・漫画・ 評論・雑誌・図鑑・インタビュー
私は演出家が本職だから、戯曲へのアプローチが専門になるのだが、
俳優には「わかるようになるまで100回でも1000回でも読んだらいい。」
と伝えている。
だから、「時間は有限だから同じ本は二度読まない」なんてのは戯曲においては
有害であり、実害だ。
そもそも、あらゆるジャンルの作家は何度も何度も己の作品を読んだり観てもらいたいと思って書き記しているのではなかろうか?
つまり「反芻」である。
例えば、シェイクスピアなんて、400年前から読まれていて、読者数1億人を雄に超えているかと思うけど、沢山の人間が「反芻」しても、「反芻」しきれなくって、
もう、元の原型さえもなくなって、口の中でも頭の中でも液状化しちゃって、細胞の中に取り込まれていたりするんじゃないかな。DNAレベルまで。(←これは言い過ぎ?)
ある意味で聖書も一緒かも? 完全に信者の方にとって液状化しちゃっている。
意味もわからず繰り返し読んでいたら、いつの間にやら身体に取り込まれてしまうんだ。
だから、僕は文章の「結晶化」じゃなくて、「液状化」じゃね?って思っていたりする。
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」
なんて、「読書」を捉えていたりすると、最終的に僕はモノ書きとして、その先に大きな罠が待ち構えているのでは?って思うけど、どうなのかなぁ。
そりゃ、コピペされたビジネス本とかマニュアルとかは、「時間は有限だから同じ本は二度読まない」のスタンスで構わないけどさ。
詩とか、戯曲とかはなるべく反芻して読んで欲しい。
だから、全部、一緒の”本”てカテゴライズされたら困るんだ。
そもそも俺、読書好きじゃないけどさ。(←意味不明)
だけどさ、人間ってさ、
年齢を経るつれて、「美味しくないと思っていた食べ物が美味しくなった。」
「つまらないと思っていた音楽が面白く聞こえてきた。」とか、自分でも信じられないくらい、好みが変わる事がある。人の好みなんて、年齢を得て変わる。
そのとき、「20年前」はわからなかった事が、経験を積んで”今”になるとわかるようになる。
そういうもんなんだって、芸術と教育の本質は。
なーんて、シゴタノさんのエントリーをちょいとDisった文章になっちまったけど、
基本シゴタノさん応援しているんで、これからも面白エントリーお願いしまーす。
多分、「知の集積」なんぞとか目指していらっしゃるんだろうけど、
「evernote脳」を疑えってね。
どうせ、脳をevernoteしたって、蓄積した情報を見直す事なんてしないのさ。
人間、結局、Beginnerで、誰よりもフライングゲットしたくて、ヘビロテして学んで、風が吹くんだと思うよ。
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」
http://cyblog.jp/modules/weblogs/10049
について、私は全く賛同しない。
(つうか、そもそも、タイトルと中身の本文が乖離している印象だ。)
ようは、知識を「結晶化」しなさいって話であって、
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」事には繋がらない。
「結晶化」するには様々方法がある。
○ 読み終わったらメモを取ろう♩とか
○ マーカーで大切な文にチェックしよう(七色とかw)
○ 声に出して読もう♩
○ 速読しよう♩
とか。
で、僕が一番言いたいのは、「気に入った本は何度も読もう。」である。
本には様々な種類がある。
小説・戯曲・エッセイ・詩・絵本・漫画・ 評論・雑誌・図鑑・インタビュー
私は演出家が本職だから、戯曲へのアプローチが専門になるのだが、
俳優には「わかるようになるまで100回でも1000回でも読んだらいい。」
と伝えている。
だから、「時間は有限だから同じ本は二度読まない」なんてのは戯曲においては
有害であり、実害だ。
そもそも、あらゆるジャンルの作家は何度も何度も己の作品を読んだり観てもらいたいと思って書き記しているのではなかろうか?
つまり「反芻」である。
例えば、シェイクスピアなんて、400年前から読まれていて、読者数1億人を雄に超えているかと思うけど、沢山の人間が「反芻」しても、「反芻」しきれなくって、
もう、元の原型さえもなくなって、口の中でも頭の中でも液状化しちゃって、細胞の中に取り込まれていたりするんじゃないかな。DNAレベルまで。(←これは言い過ぎ?)
ある意味で聖書も一緒かも? 完全に信者の方にとって液状化しちゃっている。
意味もわからず繰り返し読んでいたら、いつの間にやら身体に取り込まれてしまうんだ。
だから、僕は文章の「結晶化」じゃなくて、「液状化」じゃね?って思っていたりする。
「時間は有限だから同じ本は二度読まない」
なんて、「読書」を捉えていたりすると、最終的に僕はモノ書きとして、その先に大きな罠が待ち構えているのでは?って思うけど、どうなのかなぁ。
そりゃ、コピペされたビジネス本とかマニュアルとかは、「時間は有限だから同じ本は二度読まない」のスタンスで構わないけどさ。
詩とか、戯曲とかはなるべく反芻して読んで欲しい。
だから、全部、一緒の”本”てカテゴライズされたら困るんだ。
そもそも俺、読書好きじゃないけどさ。(←意味不明)
だけどさ、人間ってさ、
年齢を経るつれて、「美味しくないと思っていた食べ物が美味しくなった。」
「つまらないと思っていた音楽が面白く聞こえてきた。」とか、自分でも信じられないくらい、好みが変わる事がある。人の好みなんて、年齢を得て変わる。
そのとき、「20年前」はわからなかった事が、経験を積んで”今”になるとわかるようになる。
そういうもんなんだって、芸術と教育の本質は。
なーんて、シゴタノさんのエントリーをちょいとDisった文章になっちまったけど、
基本シゴタノさん応援しているんで、これからも面白エントリーお願いしまーす。
多分、「知の集積」なんぞとか目指していらっしゃるんだろうけど、
「evernote脳」を疑えってね。
どうせ、脳をevernoteしたって、蓄積した情報を見直す事なんてしないのさ。
人間、結局、Beginnerで、誰よりもフライングゲットしたくて、ヘビロテして学んで、風が吹くんだと思うよ。
これも起業、創業になるのかな?ジャンル的には。
起業・創業ジャンルの中に、
一応、下記の法人化が考えられる。
○一般社団法人
○NPO団体
○株式会社
「君ならどれを作る?」
さて、上記は大きな違いがある。
それは寄付に対して無税なのが、一般社団法人とNPO団体。
そんで、株式会社は寄付は有税となる。
つまり、社会貢献度が大きいものの場合、一般社団法人か、NPO法人の方がメリットが高い。
逆に、じゃぁ。株式会社のメリットは何か?
文字通り、「株」である。
上場した時のメリットが大きい。ビジネスが成功した場合のリターンが大きいのだ。
そのかわり、投資した株主へのリターンも当然ながら考えなければならない。
さて、起業・創業カテゴリーなので、一応明記しておくと、
株式会社を考えるなら、やはり元は、イギリスの東インド会社であり、
一般社団法人やNPO団体で考えるならば、教会や神社仏閣の成り立ちの歴史を辿る必要がある。
根本はそこだ。
どちらも社会や政治に影響を与える。
数百年前から何も変わらない。歴史を経て、法整備はできたけれども。
でも、自分が実現したいこと。貢献したい事。改善したい事。
それはいつの時代になっても変わらない。
そんで、今は一般社団法人も作りやすくなったし、NPO団体も作りやすくなった。
けれどもさ。
結局、「船」を作る事には変わらんのよ。「旗」を上げることはね。
どんな「旗」をあげて、どこに航海にいくのか?
それはどんな法人でも変わらない。
ワンピース好きなあなたなら、その意味わかるね。
なーんて。
すんません。浅草で飲んで酔っぱらっているんで、今日はこのあたりで。
ただ、酔っぱらっている割には、まともな事を書いたもかと(笑)
起業・創業ジャンルの中に、
一応、下記の法人化が考えられる。
○一般社団法人
○NPO団体
○株式会社
「君ならどれを作る?」
さて、上記は大きな違いがある。
それは寄付に対して無税なのが、一般社団法人とNPO団体。
そんで、株式会社は寄付は有税となる。
つまり、社会貢献度が大きいものの場合、一般社団法人か、NPO法人の方がメリットが高い。
逆に、じゃぁ。株式会社のメリットは何か?
文字通り、「株」である。
上場した時のメリットが大きい。ビジネスが成功した場合のリターンが大きいのだ。
そのかわり、投資した株主へのリターンも当然ながら考えなければならない。
さて、起業・創業カテゴリーなので、一応明記しておくと、
株式会社を考えるなら、やはり元は、イギリスの東インド会社であり、
一般社団法人やNPO団体で考えるならば、教会や神社仏閣の成り立ちの歴史を辿る必要がある。
根本はそこだ。
どちらも社会や政治に影響を与える。
数百年前から何も変わらない。歴史を経て、法整備はできたけれども。
でも、自分が実現したいこと。貢献したい事。改善したい事。
それはいつの時代になっても変わらない。
そんで、今は一般社団法人も作りやすくなったし、NPO団体も作りやすくなった。
けれどもさ。
結局、「船」を作る事には変わらんのよ。「旗」を上げることはね。
どんな「旗」をあげて、どこに航海にいくのか?
それはどんな法人でも変わらない。
ワンピース好きなあなたなら、その意味わかるね。
なーんて。
すんません。浅草で飲んで酔っぱらっているんで、今日はこのあたりで。
ただ、酔っぱらっている割には、まともな事を書いたもかと(笑)
明日、6月29日(金)午後4時からクリエイト紀尾井町セミナールームにて「ビヨンドXフォーラム・寺子屋ー挑戦者たちの集いー」が開催されます。
第1回目の様子はこちらから。
第3回目のフォーラムのテーマは「教育」です。
早川代表のコメント「日本の教育は海外から見たらどう見えるか。留学生は日本をどう見ているか。日本の学生は国際社会で活躍するだけの力を獲得しているか。日本の国際競争力をどうやってアップしていったらいいのか。日本の教育はこれでいいのか、など教育に関わる様々な問題をテーマにしていただけるといいと思います。」
申し込み方法はこちらです。
第3回ビヨンドXフォーラムを下記のとおり開催いたします。
日時 6月29日(金)午後4字時から午後6時
場所 クリエイト紀尾井町6階会議室
テーマ 「日本の教育について」
などご出席いただける方は前日(6/28)までにこの下記のメールアドレスに出席の旨ご返信下さいますよう、よろしくお願い致します。
beyondxforum@gmail.com
(ご連絡なくご来場いただいた場合は、お席の都合で入場いただけない場合がございます。)
フォーラムの後、いつものように懇親会を開催いたします。会費として¥1000、もしくは会場にて早川先生の著書をご購入下さい。皆様どうぞ奮ってご参加くださいませ。ご連絡をお待ちしております。
第1回目の様子はこちらから。
第3回目のフォーラムのテーマは「教育」です。
早川代表のコメント「日本の教育は海外から見たらどう見えるか。留学生は日本をどう見ているか。日本の学生は国際社会で活躍するだけの力を獲得しているか。日本の国際競争力をどうやってアップしていったらいいのか。日本の教育はこれでいいのか、など教育に関わる様々な問題をテーマにしていただけるといいと思います。」
申し込み方法はこちらです。
第3回ビヨンドXフォーラムを下記のとおり開催いたします。
日時 6月29日(金)午後4字時から午後6時
場所 クリエイト紀尾井町6階会議室
テーマ 「日本の教育について」
などご出席いただける方は前日(6/28)までにこの下記のメールアドレスに出席の旨ご返信下さいますよう、よろしくお願い致します。
beyondxforum@gmail.com
(ご連絡なくご来場いただいた場合は、お席の都合で入場いただけない場合がございます。)
フォーラムの後、いつものように懇親会を開催いたします。会費として¥1000、もしくは会場にて早川先生の著書をご購入下さい。皆様どうぞ奮ってご参加くださいませ。ご連絡をお待ちしております。
被災地の方々の言葉の中で、「頑張るって言葉、好きじゃない。」というお話があった。
それは当然だと思う。頑張っている人間からしたら、「これ以上、頑張ってどうするんだ?」って話になる。だから、僕はまだ、「リラックスだよ」とか「ご苦労様でした」の方が心ある言葉に聞こえる。(女子から言われたらなおさらw)
頑張っている人間に、「頑張れ」は適切ではない。
昔、オリンピックのマラソンランナーもそんな事言っていた記憶がある。
実際、人間って、緊張して、身体が強ばったら、思うように力が出ない。
だから、ほんのちょっとの緊張感と、柔らかい心と身体の方が良い結果につながる。
ピンと張ったゴムは、もうそれ以上伸びないんだ。あとは切れるしかない。
緊張したら、力と実力が出ないんだ。
これはスポーツだってそうだし、仕事だってそうだし、芸術だって一緒だ。
だから最後は楽しんでいる人間が勝負強い。と僕は思っている。
楽しいから続けられる。嫌いな事なんて、誰でも継続なんてしたくないさ。
我慢強い民族性だと思うけど、それがいい結果につながるとも限らない。
それが、今の不況につながっているんじゃないかなぁ。
なんとなく構造が戦時中と同じ気がする・・・。個人的な主観だけど。
楽しい事はワクワクできる。ワクワクしたら、持続できる。
持続したら、力になる。力になったら本物だ。
寝食を忘れてって、つまりそういう事なんじゃないかなぁ。
まずは、適度に休もうぜ、適度に休んだら、すぐ取りかかろうぜ。
そんな感じで僕は今、諸々作業している。タスクの数は30以上だぜ。へへん。
それは当然だと思う。頑張っている人間からしたら、「これ以上、頑張ってどうするんだ?」って話になる。だから、僕はまだ、「リラックスだよ」とか「ご苦労様でした」の方が心ある言葉に聞こえる。(女子から言われたらなおさらw)
頑張っている人間に、「頑張れ」は適切ではない。
昔、オリンピックのマラソンランナーもそんな事言っていた記憶がある。
実際、人間って、緊張して、身体が強ばったら、思うように力が出ない。
だから、ほんのちょっとの緊張感と、柔らかい心と身体の方が良い結果につながる。
ピンと張ったゴムは、もうそれ以上伸びないんだ。あとは切れるしかない。
緊張したら、力と実力が出ないんだ。
これはスポーツだってそうだし、仕事だってそうだし、芸術だって一緒だ。
だから最後は楽しんでいる人間が勝負強い。と僕は思っている。
楽しいから続けられる。嫌いな事なんて、誰でも継続なんてしたくないさ。
我慢強い民族性だと思うけど、それがいい結果につながるとも限らない。
それが、今の不況につながっているんじゃないかなぁ。
なんとなく構造が戦時中と同じ気がする・・・。個人的な主観だけど。
楽しい事はワクワクできる。ワクワクしたら、持続できる。
持続したら、力になる。力になったら本物だ。
寝食を忘れてって、つまりそういう事なんじゃないかなぁ。
まずは、適度に休もうぜ、適度に休んだら、すぐ取りかかろうぜ。
そんな感じで僕は今、諸々作業している。タスクの数は30以上だぜ。へへん。
さて、もう確定しているので、「起業・創業」について明記していきたいと思う。
で、なんでブログにそんな事明記する必要があるのか?と問われれば、
ネットの検索で、「起業・創業」で検索する人はかなり多い。
つまり、このブログのアクセス数を稼ぐ為、僕の「起業」までの道のりを明記していこうとしているのだ。
本当は内緒にして、「株式会社」を設立しました!っていうのが、僕の今までのスタンスだったんだけど、今後は様々な行動・経緯を明記していきたいと思う。
あれかな。「舞台演出家が起業するまで」みたいなタイトルでいいかな?
そんな方針で進めていきたいと思う。9月末まで起業いたします。乞うご期待!
(演劇大学in千葉 フェニックスプロジェクト、コーパスクリスティ等諸々演劇作業と日常業務があるけれども、やってのけます。)
さて、今の時代、企業に勤めていても、不安な世の中だ。
だから、多くの「若者」にとって「起業・創業」の立ち上げ時の情報は有益だろう。
なので、その行程を順次明記していく。
さて、「起業・創業」必要なもの。
というどこにでもありがちな最初の心構えだが、
まず絶対に必要なのが、
・「見積書在中」と「請求書在中」の印である。(笑)
だが、そうは言っても、私はまだ購入していない。
そもそも私は、フリーランスの演出家・プログラマーである。
だいたい、契約書等を交わさずにでも稼ぐ事ができた。
だが、法人化するとなると、そうはいかない。
企画書・提案書を作成し、見積書をお送りし、契約書を交わし、仕事をし、請求書を送る。最低でもこの手順を踏む。これが一定の社会のルールだ。
その中で、個人にとって面倒なのが「郵送」である。
オンラインwebサービスの「見積書・請求書」なども諸々探してみたのだが。
(一応、オススメはこれ→https://app.misoca.jp/)
印鑑とか拡大されて、使い物になりゃしない。
なので、結局、手書きに至る。
ただ、このご時世、E-mailの時代である。
今の若者は「郵送」とかアナログの経験が少ない。
主に、昔と違って、男子はあまり手紙を出した経験が少ないであろう。
女子は別かもしれないが・・・。
なので、苦手な「郵送」を学ばなければならない。
近所の郵便局やポストの場所を憶えなければならない。
「郵送」になれろ!
これが「起業・創業」の第一歩だ。
法人化して、人が雇えるようになったら、自分でする必要がないんだけど。
それ以前はね・・・。自分でやるしかないんだよ。面倒だけど。
で、なんでブログにそんな事明記する必要があるのか?と問われれば、
ネットの検索で、「起業・創業」で検索する人はかなり多い。
つまり、このブログのアクセス数を稼ぐ為、僕の「起業」までの道のりを明記していこうとしているのだ。
本当は内緒にして、「株式会社」を設立しました!っていうのが、僕の今までのスタンスだったんだけど、今後は様々な行動・経緯を明記していきたいと思う。
あれかな。「舞台演出家が起業するまで」みたいなタイトルでいいかな?
そんな方針で進めていきたいと思う。9月末まで起業いたします。乞うご期待!
(演劇大学in千葉 フェニックスプロジェクト、コーパスクリスティ等諸々演劇作業と日常業務があるけれども、やってのけます。)
さて、今の時代、企業に勤めていても、不安な世の中だ。
だから、多くの「若者」にとって「起業・創業」の立ち上げ時の情報は有益だろう。
なので、その行程を順次明記していく。
さて、「起業・創業」必要なもの。
というどこにでもありがちな最初の心構えだが、
まず絶対に必要なのが、
・「見積書在中」と「請求書在中」の印である。(笑)
だが、そうは言っても、私はまだ購入していない。
そもそも私は、フリーランスの演出家・プログラマーである。
だいたい、契約書等を交わさずにでも稼ぐ事ができた。
だが、法人化するとなると、そうはいかない。
企画書・提案書を作成し、見積書をお送りし、契約書を交わし、仕事をし、請求書を送る。最低でもこの手順を踏む。これが一定の社会のルールだ。
その中で、個人にとって面倒なのが「郵送」である。
オンラインwebサービスの「見積書・請求書」なども諸々探してみたのだが。
(一応、オススメはこれ→https://app.misoca.jp/)
印鑑とか拡大されて、使い物になりゃしない。
なので、結局、手書きに至る。
ただ、このご時世、E-mailの時代である。
今の若者は「郵送」とかアナログの経験が少ない。
主に、昔と違って、男子はあまり手紙を出した経験が少ないであろう。
女子は別かもしれないが・・・。
なので、苦手な「郵送」を学ばなければならない。
近所の郵便局やポストの場所を憶えなければならない。
「郵送」になれろ!
これが「起業・創業」の第一歩だ。
法人化して、人が雇えるようになったら、自分でする必要がないんだけど。
それ以前はね・・・。自分でやるしかないんだよ。面倒だけど。
6月26日 新宿タイニイアリスにて演劇人として敬愛、尊敬する
中津留章仁氏の中津留Lovers vol5 「水無月の云々」を観劇してきた。
以前より、中津留章仁氏の主催するTRASHMASTERS は、現在の若手演劇の最高峰であったし、これからもずっと他の追随を許さないであろう。
この「水無月の云々」に大学時代の友人、坂東巧が出演していた。
私の大好物の中津留さんの舞台に友人が出演する。こんな御馳走はない。
なので、観ないわけがない。見逃せない。
そして観劇してきた。
相変わらず、プロの仕事を中津留さんはしていた。
そして、巧も彼らしさを発揮していた。
あれ、巧を褒めてないじゃん。
いんや、しっかりと仕事していたし、駄目だしはない。
巧本人も中津留さんから駄目だしがないって言っていた。
だけど、それが「駄目」なんだ。
「駄目だし」がないと不安になるかもしれないけど。
「駄目だし」がないって事は信頼しているって事だよ。
いいじゃん。「駄目」なくて。
だから巧らしく、己を信じて演じて欲しい、そんで、中津留さんの脚本を信じて、邁進してください。
そうは言っても、僕は観劇前と観劇後、中津留さんから同業者として、アドバイス。駄目だしされた。嬉しかった。
「深寅の200歩先を行くからね」って。痺れた。
矛盾しているかもしれないけど、駄目出しされて嬉しかった。
だからね。巧、そこまでいこうぜ。俺ら。
中津留章仁氏の中津留Lovers vol5 「水無月の云々」を観劇してきた。
以前より、中津留章仁氏の主催するTRASHMASTERS は、現在の若手演劇の最高峰であったし、これからもずっと他の追随を許さないであろう。
この「水無月の云々」に大学時代の友人、坂東巧が出演していた。
私の大好物の中津留さんの舞台に友人が出演する。こんな御馳走はない。
なので、観ないわけがない。見逃せない。
そして観劇してきた。
相変わらず、プロの仕事を中津留さんはしていた。
そして、巧も彼らしさを発揮していた。
あれ、巧を褒めてないじゃん。
いんや、しっかりと仕事していたし、駄目だしはない。
巧本人も中津留さんから駄目だしがないって言っていた。
だけど、それが「駄目」なんだ。
「駄目だし」がないと不安になるかもしれないけど。
「駄目だし」がないって事は信頼しているって事だよ。
いいじゃん。「駄目」なくて。
だから巧らしく、己を信じて演じて欲しい、そんで、中津留さんの脚本を信じて、邁進してください。
そうは言っても、僕は観劇前と観劇後、中津留さんから同業者として、アドバイス。駄目だしされた。嬉しかった。
「深寅の200歩先を行くからね」って。痺れた。
矛盾しているかもしれないけど、駄目出しされて嬉しかった。
だからね。巧、そこまでいこうぜ。俺ら。
6月24日は祖父鶴岡三郎の49日だった。
家族・親戚みんなで集まって、霊園まで祖父を納骨しにいった。
祖父は93歳で無くなった。長寿である。
きっと私は祖父の93歳までは生きられない。
不摂生な日常を送っているからだ。
現在、私は36歳である。
祖父のまだ3分の1しか生きていない。
私は、35歳の時、一つ感じた事があった。
「35歳。まだこれしか生きていないのか・・・?」
世間には70歳でも現役な方が多数いる。
その方々の半分しか、人生を経験していないのだ。
つまり、これから70歳まで生きるのだとすれば、これから先35年。
まだまだ人生は長いし、経験する事はたくさんある。
日本は自殺率が高いと聞く、本当に残念な事だ。
私は幸福な事に今まで一度も自殺など考えた事はない。
それはきっと大きな不幸がなかったという事と。
それと、“足るを知る”であったからであろうと思う。
つまり知足だ。
そういう性格であったから、あまり大きな野望を持たないし、
常に満ち足りている環境に満足している。
(いや、実は、内心、大きな野望なのかもしれないが、人と比較する必要がないからわからない。)
さて、祖父の話に戻る。
千葉県八街の祖父の実家に戻り、遺品を整理させて頂いたらこんなモノを見つけた。
家族・親戚みんなで集まって、霊園まで祖父を納骨しにいった。
祖父は93歳で無くなった。長寿である。
きっと私は祖父の93歳までは生きられない。
不摂生な日常を送っているからだ。
現在、私は36歳である。
祖父のまだ3分の1しか生きていない。
私は、35歳の時、一つ感じた事があった。
「35歳。まだこれしか生きていないのか・・・?」
世間には70歳でも現役な方が多数いる。
その方々の半分しか、人生を経験していないのだ。
つまり、これから70歳まで生きるのだとすれば、これから先35年。
まだまだ人生は長いし、経験する事はたくさんある。
日本は自殺率が高いと聞く、本当に残念な事だ。
私は幸福な事に今まで一度も自殺など考えた事はない。
それはきっと大きな不幸がなかったという事と。
それと、“足るを知る”であったからであろうと思う。
つまり知足だ。
そういう性格であったから、あまり大きな野望を持たないし、
常に満ち足りている環境に満足している。
(いや、実は、内心、大きな野望なのかもしれないが、人と比較する必要がないからわからない。)
さて、祖父の話に戻る。
千葉県八街の祖父の実家に戻り、遺品を整理させて頂いたらこんなモノを見つけた。

ポケット 替え歌傑作集である。
これにタバコケースを形見分けとして私はいただいた。
どうやら、祖父は「歌を歌う事が好きだったようだ。」
私の親戚や家族は、
親戚の長男と、私の弟がミュージシャン。
親戚の長女がダンサー。
そして私が、俳優、演出家。
総じて、芸能一家である。
私たち親戚一同は、親不孝者である。
ただ、この民謡集と替え歌傑作集を見つけて、
祖父は内心、心配しながらも喜んでいたのではなかろうか?
と考えるようになった。
残念ながら、私は東京で精力的に演劇活動をしていた為、
高齢であった祖父に自分の出演作や演出作品を見てもらった事はない。
こういう後悔の念は決して忘れる事はないのであろう。
だから、もっと精進して、一歩一歩前に進むしかない。
芸能も事業もそういう風に取り組んでいくしかないのだ。
知足を認識している演出家なんて、あまり魅力も感じないだろうが、
私は、そういう性分なのだから仕方がない。
祖父の残したポケット民謡集を忍ばせて、日本各地を回ろう。
そうして語り継がれているモノをしっかりと勉強しよう。
もっともっと知りたい事が山程ある。
そう、6月24日、私は決意した。
実は、「演出」について、書かれた古典的な書籍はこの世に存在しない。
それにはいくつか理由がある。
「演技論」「戯曲」の指南書はこの世に多数存在するのに、
明確な「演出論」の書籍等が存在しない理由は何故だろう。
演出家とは?
音楽の世界であれば、マエストロ(指揮者)。
建築の世界であれば、建築士。
つまり、「作家」という職業は
音楽の世界であれば、「作曲家」。
建築の世界であれば、「設計」である。
「演出家という仕事はどんな事するの?」と人から問われれば、
「他人の著作物を構築・再構築するのが演出家の仕事である。」
と私は答えるようにしている。
そして、もっと深くまで考え抜くと、
「戯曲や台本が無くても、”ルール”を決めて、俳優に演技をさせる」事が演出家には可能だ。(※実はルールがなくても、演技させる事が可能である。)
上記の指揮者、現場監督の方々も恐らく、「楽譜」や「設計図」がなくとも、何か成果物を構築する事が可能だろう。
つまり、チラシ等に作家・演出家(つまり作・演)と明記されている方は純粋な演出家ではない。そもそも演出という作業すらしていない可能性が高い。
ただまぁ、そうは言っても、この世に明確な「演出論」がないのだから、名乗るのは自由だし、語るのも自由だ。
それだけ、「演出家」とは日本において、誤解されている職業の一つである。
さて、著名な演出家といえば、蜷川幸雄氏、宮本亜門氏が双璧であろう。
彼らは、指揮者や建築士のような作業をしている。
世界的に有名なシェイクスピアの作品を演出したり、他の作家が書いた戯曲やシナリオを演出したりしている。自らが「著作物」を書いたりする事はない。
残念ながら、演出には「著作権」が付与されない。
それは演出という作業が「無形」であるからであろう。
何故、「無形」であるのか?そこが焦点になる。
演出家がする作業には主に次のような作業がある。
○納期(本番)に間に合わせる事。
○俳優に理想の演技をさせる事。
○照明・音響・舞台美術家に、適切な指示を与える事。
○予算に収める事。
○観客に戯曲の真意が伝わる、満足させる事。
○事故・トラブルを起こさない事。
建築士であれば、
○納期に間に合わせる事。
○作業者に、指示を与えて、スケジュール通りに働かせる事。
○内装・配管等の作業者にスケジュールを伝え、作業を指示する事。
○予算内に収める事。
○クライアントを満足させる事。
○事故・トラブルを起こさない事。
これらはつまり、人間をプロデュースする仕事である。
私は、巨大な建築物に登るのが好きだ。
何故なら、「建築士」の仕事は、その「建築物」の巨大さと共に
膨大な作業者を無事に帰還させ、納期に間に合わせる事ができ、
クライアントを満足させる事ができたのだから。
建築士が一人で仕事を終えた後に、最上階からみた風景は格別であったのだろう。
膨大な数の人間をコントロールする技術。それが演出である。
だから残念ながら、そのようなハウツーは存在しない。
そして、その行為に著作権は存在しない。
ただただ、偉大な行為である事は確かなのだ。
それにはいくつか理由がある。
「演技論」「戯曲」の指南書はこの世に多数存在するのに、
明確な「演出論」の書籍等が存在しない理由は何故だろう。
演出家とは?
音楽の世界であれば、マエストロ(指揮者)。
建築の世界であれば、建築士。
つまり、「作家」という職業は
音楽の世界であれば、「作曲家」。
建築の世界であれば、「設計」である。
「演出家という仕事はどんな事するの?」と人から問われれば、
「他人の著作物を構築・再構築するのが演出家の仕事である。」
と私は答えるようにしている。
そして、もっと深くまで考え抜くと、
「戯曲や台本が無くても、”ルール”を決めて、俳優に演技をさせる」事が演出家には可能だ。(※実はルールがなくても、演技させる事が可能である。)
上記の指揮者、現場監督の方々も恐らく、「楽譜」や「設計図」がなくとも、何か成果物を構築する事が可能だろう。
つまり、チラシ等に作家・演出家(つまり作・演)と明記されている方は純粋な演出家ではない。そもそも演出という作業すらしていない可能性が高い。
ただまぁ、そうは言っても、この世に明確な「演出論」がないのだから、名乗るのは自由だし、語るのも自由だ。
それだけ、「演出家」とは日本において、誤解されている職業の一つである。
さて、著名な演出家といえば、蜷川幸雄氏、宮本亜門氏が双璧であろう。
彼らは、指揮者や建築士のような作業をしている。
世界的に有名なシェイクスピアの作品を演出したり、他の作家が書いた戯曲やシナリオを演出したりしている。自らが「著作物」を書いたりする事はない。
残念ながら、演出には「著作権」が付与されない。
それは演出という作業が「無形」であるからであろう。
何故、「無形」であるのか?そこが焦点になる。
演出家がする作業には主に次のような作業がある。
○納期(本番)に間に合わせる事。
○俳優に理想の演技をさせる事。
○照明・音響・舞台美術家に、適切な指示を与える事。
○予算に収める事。
○観客に戯曲の真意が伝わる、満足させる事。
○事故・トラブルを起こさない事。
建築士であれば、
○納期に間に合わせる事。
○作業者に、指示を与えて、スケジュール通りに働かせる事。
○内装・配管等の作業者にスケジュールを伝え、作業を指示する事。
○予算内に収める事。
○クライアントを満足させる事。
○事故・トラブルを起こさない事。
これらはつまり、人間をプロデュースする仕事である。
私は、巨大な建築物に登るのが好きだ。
何故なら、「建築士」の仕事は、その「建築物」の巨大さと共に
膨大な作業者を無事に帰還させ、納期に間に合わせる事ができ、
クライアントを満足させる事ができたのだから。
建築士が一人で仕事を終えた後に、最上階からみた風景は格別であったのだろう。
膨大な数の人間をコントロールする技術。それが演出である。
だから残念ながら、そのようなハウツーは存在しない。
そして、その行為に著作権は存在しない。
ただただ、偉大な行為である事は確かなのだ。

