慢性的に人員不足だった職場に、人員を補充する事になったのは今年2月。
2ヶ月間の現場での研修、その後1ヶ月間ウチの職場での研修を経て、その人は5月で辞めた。
正確に言うと、辞めさせられた。
僕がクビにしたんだ。
35才で独身、前職は会社が倒産。
研修期間中の現場での評価は著しく悪かった。
誰もが口を開く度に
「あの人大丈夫?」
って言うんだ。
挙動不審で、大声で独り言を言うのが癖みたいで、みんな気味悪がっていた。
誰一人として良い評価というか、普通の評価すらしない人というのも珍しい。
でもさ、僕はそんな経歴とか他人の評価なんて気にしていなかった。
くしゃみをする時に手で押さえずに僕に向かってするとか、そのくしゃみが猛烈に臭いとか、そんな事は確かに嫌だったけど、人なんてみんな何処か変なんだし、特にこういう技術系の仕事をする人は変な人が多い。
だけど、中途で採用されたからには、それは即戦力として期待されているって事なんだ。
でも、彼は知識も技術も持ち合わせていなかった。
それでも百歩譲って何も知らない、何も出来ないとしても、やる気は出さないと。
僕は今年42になる。
高校を卒業した人なら、42になるまで24年ほどある。
大学出なら20年。
でも、35才なら10年も無い。
その限られた時間でこのレベルに達しなければいけないんだとしたら、死に物狂いで、それこそ1分1秒を惜しんで仕事に集中して覚えるべきだと思う。
「そんなの無理」とか、「そんな事は出来ない」とかじゃなく、「やる」んだ。
やるだけの事をやって、それで出来ないのなら仕方が無いけど、やる前から「出来ない」って言うのは違う。
そう言うと、彼は彼なりにやる気を出して仕事をしていたんだって言うだろう。
職に就いてからがスタートなのに、彼は職に就いたらゴールなんだろう。
だから、もうそのスタート時点で大きく食い違っているんだ。
同情する余地はある。
彼がこういう状況で居るのには、親身に教えてくれる人、注意してくれる人や友人が居なかったのも理由の1つじゃないかと思う。
だけど、彼自身の考え方に一番問題がある様に思えた。
景気が悪いから、こんな会社だから、オレも運が悪かった、話しているとそういうネガティブな事ばかり。
違うんだよ。
それは自分のせいなんだよ。
目の前に有る問題や面倒事から目を背け、ずっと逃げて、上手く行かない事は全て他人のせいにしてきたからだよ。
まだ若いんだし独り身なんだから、もっといろんな事に興味を持って、チャレンジすれば良いじゃないかって言ってみても、「趣味は無い。休日は寝てる。」って言う。
仕事をするにしても、何をするにしても体力は必須なんだから、スポーツとか、せめて散歩くらいすれば?って言っても、「週末は疲れて寝て過ごしたい」って言う。
研修中で一日見ているだけなのに、しかも4月っていう一番過ごしやすい時期でそう言われたら、もう何も言えない。
無関心な割には物事を否定する。
謙虚に聞いている様で、でも頑なに聞いていない。
僕も自分の価値観を押し付ける気はないけど、それでもひと月の間僕が教えられる事は全て教えてきた。
ひと月で知識や技術を全て身につけるなんて事は不可能だ。
だけど、取り組み方とか、考え方とか、そういうものは理解出きるはずだし、それさえ分れば後は経験の積み重ねでしかないんだから。
だけど、結局彼には届かなかった。
きっと彼はこの先も何も変わらず「彼」のままなんだろう。
彼を採用する際の面接の場に、僕は同席出来なかった。
そういう立場には無いからだ。
だけど、採用or不採用を決定するのは実際に作業を共にする僕に課せられる。
「使える」か「使えない」か判断する人間は、「使える」人間なのか?
僕は使える人間なのか?
僕の価値観や判断基準は標準的なものなのか?
僕を評価する人達は、使える人間なのか?
「どう?使えそう?」
「あの人大丈夫なの?」
って言われて、僕は何て答えれば良い?
そりゃあ人間性にも問題が有って仕事も出来ないって言うんじゃダメって言わざるを得ないだろうけど、じゃあどこまでならダメで、どこまでなら良い?
挙動不審な彼は、話題にこと欠かなかった。
現場のあちこちでみんなが笑い話にする。
僕も世間話として話題に挙げる。
だけど、その後でもの凄く嫌な気分になる。
人なんてみんな変なんだよ。
だけど、みんな「自分は普通」だと思っている。
僕だってそうだ。
今まで生きてきた中で、たった1つ違う道を選択しただけで、僕は彼と同じだったかもしれない。
そう考えている時点で、僕は今の自分を「普通」だと思っているって事だ。
変な僕は、変な彼を笑えるんだろうか。
変な僕は、変な彼を「使えない」って判断出来るんだろうか。
僕は出来る人間になりたい。
彼と比べて、ではなく、誰に評価されるかではなく。
僕は彼に何か残せたんだろうか?
分らないけど、僅かな時間だけど彼と一緒に仕事をして僕はいろんなものを得たと思う。