アレックスは、梁が出た天井の高いコンドーの部屋の作りを見て、ハンモックを持ってきてくれた。

子供達は喜んで、それで遊んでいた。


子供達が昼寝している間、わたしたちは本を読んだ。

わたしはハンモックで、アレックスはソファで。


アレックスは、ソファに座って本を読みながら、わたしのハンモックを足で揺らした。

わたしは、そのまま眠りに落ちる。

とても幸せな気分になる。


ハンモックには別の利用法もあった。

夫も、ユミちゃんも帰ってしまうと、わたしたちはその上でセックスした。


彼はわたしをハンモックに横向きに座らせ、彼に向かって足を大きく開いてハンモックの端に乗せるようにさせた。

いやらしい格好。

その前に彼が立ち、わたしの中に入った状態でハンモックを両手で掴んで揺らす。


ハンモックはちょうど良い高さに調節されていた。

空中でセックスするような無重力な快感。


わたしはすぐにオーガズムに達した。

彼は手を緩めない。

何度も何度も上り詰めて、息が止まるかと思う恐怖心に襲われるほど興奮した。


息ができない、止めて!!


「君だけ何度もいっちゃって、ぼくは一度もいかないなんてずるい」

彼は笑ってハンモックを揺らすのをやめた。


わたしは、揺れるハンモックの中で放心状態のまま横たわっていた。


「こんなの初めて」

まだ、荒い息のままつぶやくわたしに、アレックスは満足気だった。


また、やってあげる。


当時、上の子供は幼稚園に通っていた。

幼稚園が夏休みに入ると、すぐに、わたしは子供たちを連れてマウイに飛んだ。

おそらく、夫も彼女と何かをしていただろう。

だが、飛行機に乗ってしまうと、別にどうでも良かった。

 

飛行場でオープンカーを借りて、インターネットで見つけたワイレア寄りのキヘイのコンドーに向かった。

キヘイもうるさいけど、滞在期間は1ヵ月半。

この辺がいちばん安く滞在できる。

そして、子持ちには便利なエリア。

そう考えて、インターネットで見つけた、悪くなさそうな部屋を予約した。

 

そして、値段の割りには良い部屋だった。

2ベッドルームで、リビングダイニングのエリアもかなり広い。

オープンキッチンの設備も新しく、東京の家よりも料理がしやすそうだった。

 

夫は相変わらず毎日夜遅くに帰ってきた。

わたしには、女とは別れたと言っていた。

だが、パリのホテルの領収書を見つけてしまった。

Mr. and Mrs.となっていた。

 

もう、今にも崩れ落ちそうな関係が続いていた。

もしかしたら離婚するかもしれない。

かなり自暴自棄な気分になっていた。

だから、子供たちを連れてマウイへ飛ぶ飛行機に乗った。

 

夫に愛情を感じなくなっていたわけではない。

愛していなかったら、あんなに激しい怒りは感じないはずだ。

怒りながら泣きながら、ベッドの中では抱き合って眠った。

不思議なバランス感覚を保って、結婚生活は続いていた。

 

アレックスの存在がなかったら、その関係はとっくに崩壊していたと思う。

彼がわたしの心のバランスを保つ錘になっていた。

 

夫は、彼の存在にまだ気がついていなかった。

自分の恋愛に夢中で、そこまで気が回らなかったのだろう。

 

下の子供は、まだオムツをしていた。

そして、哺乳瓶の口のついたジュースを口からぶら下げて、歩き回っていた。

上の子にしても幼稚園生。

例えアレックスに会わせたとしても、わたしの浮気相手と考えることなどない。

 

初めてアレックスがコンドーに子供たちへのお土産のケーキとアイスクリームを手にやって来たとき、子供たちは彼の金色のクルクルの巻き毛を不思議がった。

わたしと同じ。

アレックスの一番のチャームポイントは、やはり、細かい螺旋を描く長髪。

アレックスは子供の扱いがうまく、すぐに仲良くなった。

 

わたしは、子供たちの昼寝の時間が待ちきれない気分だった。

 

だが、アレックスは慎重だった。

最初のうちは、子供たちが寝静まった時間になるとやってきて、わたしを抱いて、また家に帰った。

 

だが、だんだんルーズになる。

子供達もすっかりアレックスに慣れて、彼にまとわりついて遊んでいる。


泊まるようになった。

そして、彼は髭剃りと歯ブラシを洗面所に置くようになった。


結局、夫がやってくるまで、ずっと泊まっていた。


久しぶりに会う父親に、子供達は喜んだ。

コンドーに到着すると、子供達は部屋を案内した。


「ここは、アレックスとママのお部屋」


ドキリとしたが、わたしは知らん顔していた。


夫もどう反応したらよいのか分からなかったのだろう。

何も言わなかった。


そして、朝、わたしとアレックスが愛し合ったベッドの中で、わたしを抱いた。


わたしたちはどこへ行ってしまうのだろう。

自暴自棄な開き直り。

そして、悲しみ。


夫がやってくる前、アレックスの友人のホームパーティーに行った。

アレックスは自分が子供達の父親のように振舞っていた。

夜遅くなり、疲れ果てた息子を膝の上に寝かせて、友人との会話を楽しんでいる彼の姿を見るのは嬉しかった。


ゆみちゃんも休暇を利用してマウイへやってきた。

彼女もマウイの優しい風のとりこになった。

チャーリーとは、あのままプツリと途絶えてしまったらしい。


「別に恋したわけじゃないし。いいの。あなた達が続いている方が不思議」


 そんな彼女をわたしは飛行場に迎えに行こうと思った。

そして、いつもアレックスが遅い朝食を食べるカフェに寄って、彼の顔を見たいと思った。

一人で出かけようとするわたしに、夫が食い下がる。


「みんなで行けばいいじゃないか」


最終的には喧嘩になった。


「今まで散々一人で勝手な事をしてきたのに、あなたは、何でわたしにそんな事が言えるの!」

わたしは、そのまま一人で部屋を出た。


飛行場に現れたユミちゃんは白かった。

東京の白さ。


彼女をクルマに乗せて、カフェに行くと、アレックスはいつものように外の席で新聞を広げていた。


Hi!

彼はわたしを見ると、嬉しそうな顔をして手を上げた。

"how are you doing, sweetheart?"


アレックスはわたしをスウィートハートと呼ぶ。

ちょっとくすぐったいが、女としては単純にとても嬉しい。


「今、ぼくはキヘイには立ち入り禁止になっているから」

アレックスはユミちゃんに向かってウィンクした。


そして、わたしの頬を両手で包み、3回、唇にキスをした。

「冗談だよ」


わたしは、ユミちゃんを連れて、機嫌良くコンドーの部屋へ戻った。

夫は不機嫌だった。




その数ヵ月後、また、わたしはマウイにいた。

今度は、彼の家に滞在することになった。

 

彼はクラに住んでいる。

 

クラという町は山側の高度の高い部分に位置するので、海岸沿いのキヘイ辺りは真夏の気候でも、夜になるとセーターが必要になるほど寒くなる。

 

一年中真夏じゃ嫌になる、とボストン出身の彼はそこに住んでいた。

もちろん、東京では考えられない広さだが、ゴールデンリトリバーともに暮らす独身の彼にとってはちょうど良い大きさの可愛い家だった。

 

彼は仕事をしていない。

じゃなきゃ、毎日、わたしに朝から晩まで付き合ってられるはずもない。

仕事はしていないのか尋ねた事はあったが、詳しいことは聞かなかった。

「株で食べてる」とだけ言っていた。

 

そして、わたしも詳しいことを話していなかった。

翻訳の仕事をしている、と言っただけ。

アレックスはわたしが結婚していることも知らなかった。

そして、子供が二人もいることも。

 

好きだけど、それほど深い気持ちはない。

相手にしても同じ事。

 

だけど、彼がメールで「来てくれ」と書いてきたとき、わたしは、そろそろ、言わなければならないなと思っていた。

 

芝生の庭に座って、二人でビールを飲んでいた。

昼の日差しが暖かい時間だった。

 

「ねぇ、言ってなかったけど、わたし結婚しているのよ」

確かに彼はビクッとしたけれど、「愛人がいるのって、そんなに悪い事かな」と、表情を変えずに言った。

 

そう、あなたはわたしのlover。

 

わたしは、初めてマウイに来る事になったいきさつを話した。

そして、小さな子供が二人いることも。

 

彼は、わたしの話を静かに聞いていた。

そして、「かわいそうだったね」と、わたしの肩を抱き寄せた。

 

彼が35でまだ独身なのは、ただ単に、結婚に関心がなかったから。

この容姿にこの暮らし。

さぞかし自由気ままな楽しい日々を送ってきた事だろう。

別に働く意欲がないというわけじゃないけど。

贅沢な暮らしがしたいわけじゃないし。

このぐらいなら十分に食べていけるし。

 

悪い暮らしじゃない。

彼の小さな家の中には、友達のアーティストたちから安く買ったという、趣味の良い絵画や彫刻が溢れていた。

そして、無数のCD。

きれい好きの彼の家はこざっぱりとしていた。

無駄なものは一つもなく、彼のテイストで厳選されたものだけがそこにあった。

 

わたしがお風呂に入ると言うと、彼は大きな蝋燭を数本ともして、ラベンダーのバスバブルを入れた。

お腹がすいたというと、本格的な美味しいパスタを作ってくれた。

大きなスピーカーから大音量で流れ出る音楽の渦に巻かれて愛し合い、大きな窓に沈む夕日を眺めた。

何もかもがパーフェクト。

彼は大当たりのloverであった。

 

一つだけ除けば。

オンチなのだ。

でも、音楽が大好きで、一緒に歌ったりする。

やめて、とは言えないのだけど、やめてくれないと嫌いになるかもしれないと思う瞬間があった。

彼に抱かれると、そんな思いは吹っ飛ぶのだが。

 

ある日、彼の友達の家に連れて行ってくれた。

その友人とは、年上の素敵な人で、カリフォルニアで不動産で儲けて、40代にはマウイで引退してしまった、という人。

 

だが、彼にしても華美な生活をしているわけではない。

広大な土地に自分であちこちに小さなキャビンのような建物を作って暮らしているのだが、天国のような場所だった。

 

可愛いキッチンのキャビン、寝室のキャビン、シャワーやトイレに至っては、簡単な囲いと雨避けの屋根がついているだけだった。そして、その時彼が作っていたのは、ミュージックルーム。

中でギターを弾いたり音楽を聴いたりする部屋。

 

わたしたちが敷地に入っていくと、首にタオルを巻いた背の高い細身の男性が現れた。

これが、トッド。 

 

 アレックスとトッドはバックギャモン仲間で、この日も真剣な一戦を交えた。

わたしは、彼の敷地の中を散歩した。

池には、見たこともない可憐で美しい睡蓮が咲いていた。

その香りも夢のよう。

 

敷地はジャングルの中に忽然と現れるように見えるが、周辺の木は、彼がマウイに引っ越してきた頃に、アレックスも手伝って植えたのだそうだ。

そして、彼は家族とここでパラダイスの毎日を送ることを計画していた。

だが、マウイに来てしばらくすると、妻は新興宗教のグルと駆け落ちしてしまう。

これが、アレックスとトッドの間のジョークになっている。

トッドはもう50代半ば。

大人の男は、自分の悲しい過去の話を使って人を楽しませることができる。

 

マリファナを吸ってボンヤリしていると、滝つぼに行こうと、まだギャモンに熱中しているアレックスが言う。

トッドの家の近くには、それはすばらしい滝つぼがある。

今まで経験した中で、ダントツナンバー1の滝つぼだった。

 

ロープを伝って滝つぼに降りていく。

それは高い山の側面に段々畑のようにある滝つぼの一つで、アレックスは軽く5,6メーターはあろう下の滝つぼに飛び込め、とわたしに言う。

躊躇しているわたしの隣で、彼は頭からきれいにダイブした。

 

頭からは怖すぎる。

わたしは足からまっすぐ飛び込んだ。

 

気持ちよかった。

水は冷たかったけれど、とても気持ちよかった。

裸でわたしたちは泳ぎまわった。

岩肌に生えるコケもサラサラして、絨毯のようだった。

そこの滝つぼから流れ出る水は、何百メーターも下に落ちる滝になる。

滝つぼの端からマウイの渓谷の風景を眺めた。

 

「この水は塩素も入っていないピュアな水だから、髪も肌もサラサラになる」

アレックスが言うとおり、わたしの長い黒髪はサラサラになった。

ひんやりと冷えた体が心地よかった。

 

また、来たいな、ここ。

 

「トッドに会いにくればいつでも来れるよ」

トッドも、この滝つぼも大好きになった。

 

一日に5回6回もセックスするのだから、かなりの運動量。

2日目ともなると筋肉痛と柔らかな部分の痛みでつらいほど。

それでも、わたしたちは止められない。

 

セックスの合間の会話、セックスの合間の食事、セックスの合間の睡眠。

 

快楽が中毒になる。

 

Love is the drug.

 

彼は笑う。

 

彼のペニスにピンクの部分が出来る。

摩擦で擦り切れている。

わたしの内部もおそらく似たような状態になっているのだろう。

正直、ここまでとことんセックスにのめりこんだのは初めてだと思う。

 

若い頃は海外に暮らしていたので、白人男性のボーイフレンドもいた。

だけど、ここまで体の相性が良い人は初めてだった。

飽きるということがない。

どこまでも、どこまでも行ってしまう。

 

こんなに簡単にオーガズムに達することができる相手も初めてだった。

 

子供を生んでから、快感が深まっているのは感じていた。

だが、夫では感じることができない純粋な肉体の快楽があった。

夫には決してできないようなことができた。

朝から晩まで、そして、時には一晩中、わたしたちはお互いをむさぼり合った。

 

4日目ぐらいから、体の痛みも消え、ますます快感は深まって行った。

トータル6日間。

セックス以外の印象深い思い出はない。

笑えるけど、本当のこと。

 

7日目、わたしたちはまたサヨナラを言った。

 

結婚して子供もいるのに、こんな勝手な事ができるのは、夫が会社勤めをしている人ではなく、わたしもコンピューターさえあれば仕事ができる人だから。

 

10年も前の事。

もしかしたら、夫はまだ原稿用紙を使って仕事をしていたかも知れない。

そして、彼は自分の浮気によってわたしを深く傷つけたことに罪悪感を感じていたし、確かにわたしの傷は癒えることがなかった。

夫を愛していたから。

 

猛烈な孤独感との戦いの日々。

自分が旅先での出会いを受け入れたのも、夫に仕返しがしたかったからではなく、単に寂しかったから。

 

またマウイに行くというと、夫はあっさり受け入れた。

「その時期なら大丈夫だよ。取材に出かける必要もない時だから、ぼくが子供たちの面倒を見ている」

 

そういうわけで、旅立ちとなった。

飛行機に乗るまでは小さな子供たちと離れるのがつらく、こんなことをしている自分に対する嫌悪感も感じた。

だが、飛行機の中で一人になると、その思いも薄れていった。

不思議なものだ。

飛行機が離陸すると、家族と繋がっていた糸がプツリと切れたように、わたしは彼らの事を考えなくなっていた。

勝手な母親。

 

マウイの飛行場には、懐かしい巻き毛の彼が立っていた。

大きな彼に抱きしめられると、まるで子供になったような気分になる。

母親という責任の重圧から開放され、わたしはまた一人の女になる。

 

アレックスは懐かしい大きな両手でわたしの頬を包み、「きれいな君が帰ってきた」と、言って微笑んだ。

 

ええ、帰ってきた。

 

アレックスのジープに乗り込み、わたし達はわたしが東京から予約したラハイナのコンドミニアムに向かった。今ならラハイナなんて選ばないけれど、当時はマウイ初心者。そして、自分の旅行をアレックスの都合に合わせる気もなかった。

 

彼にも会いたいと思ったけれど、それだけが理由ではない。

彼に恋したわけではない。

マウイの空気に惚れた。

 

コンドーに到着すると、すぐにシャワーを浴びた。

アレックスはコーヒーを入れて新聞を読んでいた。

まるで、自分の家にいるように。

 

「飛行機はどうだった?疲れた?」

正直言って、わたしは疲れていた。

眠かった。

 

「横になってごらん。マッサージしてあげる」

 

Tシャツ1枚でうつぶせになったわたしの背中を彼はマッサージし始めた。

気持ちよかった。

シャワーから出て付けようと思ったボディ・ローションがベッドサイドに置いてあった。

 

アレックスはわたしのTシャツを脱がせて、背中にローションをたらした。

「それは良いアイディアだわ」

わたしは目を瞑ったまま、微笑んだ。

 

彼の大きな手のひらが、螺旋を描きながら背中を滑っていく。

大きな手にマッサージされていると本当に気持ちが良い。

彼はわたしの体の隅々まで優しくマッサージした。

夢見心地とはこのこと。

 

すると、とつぜん、太腿に彼の熱いものが触れた。

そして、少しずつ、彼は私の中に押し入ってきた。

 

ゆっくりとゆっくりと、彼は動く。

動くたびに、より深く、奥へ奥へと、少しずつ彼は進んでいく。

わたしの体は次第に熱を帯びてくる。

あぁ。

脳天まで快感が走る。

わたしは目を瞑ったまま、シーツを握り締める。

 

「会いたかったよ」

後ろから耳元に彼が囁いた。

 

わたしは上り詰めていく。

頭がしびれるほど。

息ができないほど。

 

ピクピクと収縮する自分の体。

気が狂うほどの快感。

 

彼はコントロールを失わずに動き続ける。

快感の上に重なる快感の波が襲う。

「もう、だめ…」

 

わたしたちは何時間もベッドの中で過ごした。

気づくと外は夕焼けだった。

 

「疲れはどう?」

アレックスはニヤリとして言った。

 

不思議な事に、先ほどの疲れはなかった。

興奮すると疲労を感じなくなるのだろうか?

 

 

 

 

日本に帰るとわたしの現実が家で口をあけて待っていた。

「ママ!」

そうだ、わたしは母親だった。

 

久しぶりに会う子供たちはくったくがない。

一人で遊びにでかけたわたしを責めるわけでもない。

 

一人で出かけることに罪悪感を感じるのはなぜだろう。

夫は女を連れて旅行に出かける時、罪悪感を感じるのだろうか。

 

夫の顔を見たとき、また、苦々しい思いが戻ってきた。

 

自分だって浮気して帰ってきたくせして、こんな状況を招くきっかけを作った彼をまだ怨んでいた。

わたしは普通の家族でいたかった。

きれいな家族でいたかった。

 

なんだか、自分が必死で作ろうとしてきた家族が汚れた気がした。

だけど、同時にそんなことは自分が作り上げてきた幻の世界のような気がした。

わたしがどこで誰とセックスして帰ってきたって、帰ってくる限り、家族はそこに存在する。

 

おそらく、夫にしてもその程度の認識で浮気を続けているのだろう。

泣いたり落ち込んだりしている妻を見ながら、平然と浮気を続けることができるわたしの夫。

 

彼はわたしを愛していないのかもしれない。

違うと夫は否定する。

 

帰国後の現実の世界に戻ると、マウイで起きたことは夢だったような気がした。

 

コンピューターを開けると、アレックスからメールが届いていた。

 

「君に会えてよかった」

 

わたしたちのメールのやり取りは続いた。

 

日記のように一日の自分の行動を細かに書いてくる彼のメールを読んでいると、むしょうに海とあの優しいマウイの空気が懐かしくなった。

 

3ヵ月後、わたしは再び一人で飛行機に乗った。

 

約束どおり、わたしたちは残りの3日間をずっと一緒に過ごした。

誰も知らないジャングルの奥の小さな滝つぼで愛し合ったり。

夕焼けに染まる砂浜を手をつないで散歩したり。

一日中ベッドの中で過ごした日もあった。

 

そんなわけで、一緒に旅行に来た友人とも最後の3日間はほとんど別行動。

 

あっという間にその3日間は過ぎた。

 

「なんだか、ずっと知っている人みたいな気がする」

わたしも同じように感じていた。

 

なんだか、懐かしい気さえする。

ピッタリと波長の合う人。

 

その3日間でわかったのはそれだけ。

帰国の日、飛行場までアレックスとチャーリーはわたしたちを見送りに来た。

4人とも大人。

あっさり手を振って別れた。

 

日本に向かって飛び続ける飛行機の中で、わたしたちはお互いの3日間の様子を簡単に報告し合った。

「旅行先でパーソナル・ガイドを見つけるってのも、おもしろい旅の楽しみ方だわ」

ゆみちゃんは笑った。

 

 

その晩は、アレックスと一晩中、ベッドの中で愛し合った。

ただのセックスを愛し合うと表現するのはおかしいのかも知れないのだけど。
途中で、おかしな事に気づいた。

わたしは、夫とのセックスに慣れすぎていた。
それに、決まった順番があることに、この時、初めて気づいた。

体は無意識のうちに、その順番をたどる。
だが、相手が違うのだから、そのやり方が同じなわけがない。

夫とはルーティンを繰り返していただけだったのだ。
おかしい。

気づいてからは、努めて自分を解放しようとした。

始めはやはり少し違和感があった。
だが、肌が馴染んでくると、二人のリズムが同調しはじめた。

そして、徐々に快感は深まり、夜が明け始める頃には、長年の恋人同士のように疲れきった二人はお互いの腕の中で眠っていた。


目覚めたのは昼前だった。
なんだか、体中が痛い。

アレックスを見ると、気持ち良さそうに寝息を立てている。
巻き毛が、朝日の陽を受けてキラキラ光っている。
きれい。

彼の巻き毛を指に巻きつけて、しばらく、遊んでいた。

そして、薄い彼の唇の上に、そっと唇を重ねてみた。

もう、他人じゃなかった。
おかしなものだ、一晩、裸で抱き合っただけで、人と人との間に立つ壁が取っ払われてしまう。

気づいた彼は、わたしをギュッと抱きしめて、グルリと体を回転させて、わたしを自分の体の上に乗せてしまった。

「すごい力」

「君は小さくて軽いもの」

わたしは、彼の頬を両手に挟んで、そっとおでこにキスした。

「お腹がすいちゃった」

ユミはどうしたかしら。

チャーリーのところで、今頃、同じことしてるんじゃない?

わたしたちは、抱き合って笑った。

「ねぇ、君たちはいつ日本に帰るの?」

「3日後よ」

彼は、わたしを真剣なまなざしで見つめて言った。
「3日間、ぼくたちずっと一緒にいようね」

そして、わたしたちはゲラゲラとベッドの中で笑い転げた。

アレックスをホテルにお持ち帰りしてしまった。

ユミちゃんとチャーリーは、わたしたちをホテルまで送り届けると、そのままどこかへ消えていった。

「シャワー浴びてくるね」
わたしは、タバコくさい自分の体が気になっていた。

一緒に入ってもいい?
ダメ。

彼はおとなしく引き下がった。

ラベンダーとココナッツのボディーソープのどちらを使うかちょっと迷ったが、ココナッツにした。
大きな海綿スポンジに、いつもよりも多くボディーソープを垂らした。
見る見る間に、フワフワの真っ白い泡がわたしの体を包んだ。
これから何が起きるのか。
期待しながらも、心に小さな冷たいスポットがあるのを感じた。

シャワーから上がると、彼は勝手にキッチンでコーヒーをいれて、テラスの椅子に座っていた。

頭にタオルを巻いたバスローブ姿のわたしを見上げた彼は、「かわいい」と、言った。
そんなことを言われたのは何年ぶりだろう。

わたしは、彼の頭を胸に抱いて、髪に鼻をうずめた。
潮風の香りがした。

バスローブの隙間から手を差し込んで、彼はわたしの背中から尻を優しくなでた。
乾燥した彼の手が気持ちよかった。

「柔らかい。それに、すごくおいしそうな香りだ」

Taste it
自分の声がやけに色っぽかった。

彼はわたしの胸に顔をうずめた。
そして、バスローブの前を開いて、両手でわたしの乳房を掴んで口に含んだ。

Yam
いたずらっぽい笑顔で、彼はわたしを見上げた。

彼が乳首を吸うと、ツンと脳天まで響く快感が走った。
小さなバーは人で溢れかえっていた。
何人もの人に紹介されたが、誰一人として名前を覚えられなかった。
それでも、飲んで笑って、すっかりパーティーに溶け込んでいた。
チャーリーとユミちゃんは二人で踊っていた。
わたしはかなり酔いが回っていた。

「ちょっと外の空気を吸ってくるから」
わたしはアレックスに声を掛けて、店の外に出た。
今日、出会ったばかりの人だというのに、ずっと以前からの友達みたいな気がしていた。

わたしは、芝生の上に座って、タバコを吸った。
潮の香りがした。
少しべた付く夜風は、ここちよくわたしの体を冷やした。

ここにいる自分が不思議だった。
東京に置き去りにした、自分の生活のことをぼんやりと考えた。


背後で人の気配がした。
白ワインの入ったグラスを両手に持ったアレックスだった。
彼は、わたしの隣に腰を下ろすとグラスを差し出した。
「パーティーはどう?楽しんでる?」
楽しいわ。

わたしは微笑んで、彼を見つめた。
彼の巻き毛は本当に美しかった。
クルクルと規則正しく螺旋を描く髪の毛の束。

手を伸ばして、その髪に触れてみた。
「不思議、きれいにカールしていて」
指に巻きつけたり、しばらく彼の髪をもてあそんでいた。
彼はおとなしく、されるままになっていた。
まんざらでもない雰囲気だった。

"kiss me"
わたしは彼の耳元で囁いてみた。
旅先の責任感のなさか、アルコールのせいか。
東京でお母さんをしているわたしが、口にできるような言葉ではないはずなのに。

彼は、髪をいじっていたわたしの手首を掴んでわたしの体を引き寄せた。

柔らかな唇だった。

わたしたちは長い長いキスをした。
こんなキスをしたのは久しぶりだった。

体の大きな彼に抱かれるのは、揺りかごに揺られるような気分だった。

「実はね、ずっと君に触れてみたいと思ってたんだ」
彼の大きな手が、わたしの頬に触れる。

「思ったとおりの感触だった」
柔らかくて、ツルツルしてて、そして、とても良い香り。

彼はわたしをギュッと抱きしめた。

なんだか嬉しくて、わたしたちは笑っていた。

笑いながらも、奇妙な罪悪感が自分の足を引っ張るような気がした。