ホテルに戻って、わたしたちはシャワーを浴びた。
約束の時間までは、まだ少しある。

「悪い人じゃなさそうな感じだから、大丈夫よ」
あんなに簡単に誘いに乗ってしまって、と笑うわたしにユミちゃんが言った。

「せっかく遊びに来てるんだから、とことん遊びましょう」

二人とも、久しぶりのデートにちょっとワクワクした気分だった。

ボディ・ローションを体にたっぷりとすり込んで、肩が紐のシンプルなサンドレスに滑り込んだ。

いつもしているピアス以外にアクセサリーもつけなかった。
この島に来てから、なんだかめかし込む気分にならない。

一方、ユミちゃんは、結構、力が入っていた。
ブランド物のサンドレスは、わたしのそれと比べるとまばゆいばかり。

彼女が念入りにお化粧する様子を、わたしは、冷たい白ワインをすすりながら眺めた。

しばらくすると、ドアのチャイムが鳴った。

ドアを開けると、背の高いよく日に焼けた顔の白人男性が二人並んで笑顔で立っていた。

「こちらはチャーリー。でかける用意は出来てる?」

パーティーがあるバーは、クルマでほどない所にあった。
犬は、わたしの前でテニスボールを砂の上に落とした。
よだれでベチョベチョのテニスボールをフガフガと噛んで遊んでいる。
巻き毛の彼は、砂とよだれで恐ろしい状態になったテニスボールをヒョイと摘み上げて、海に向かって投げた。

"go get the ball!!"

ボールは高くきれいな弧を描いて、波打ち際に着地した。そして、コロコロと転がって、海の中にさらわれて行った。
ボールを追って、犬はジャブジャブと水の中に入って行った。

「彼は君と遊びたかったのかもね」彼は、わたしに向かって緑色の瞳でウィンクした。
いたずらっぽい笑顔に、胸がキュンとした。

しばらくすると、犬がボールをくわえて海から上がってきた。
砂の上で転がって、ボールと遊んでいる。
もちろん、体は砂まみれ。
「彼はトム、ぼくはアレックス」

ごく自然に、彼はわたしの斜め前に腰を下ろした。

「わたしがリエで、彼女がユミ」
あまりにも気さくに話しかけてくる彼に少しビックリしながらも、開放的な気分になっていたわたしたちは、なんとなく彼と話しを始めた。

これが、東京だったら、フンと横を向いていたかもしれない。

いつもこんな風に観光客と会話しているのだろうか。彼は、お勧めのビーチやレストランなど、いろいろと親切に教えてくれた。

わたしは、彼のサラリとした話しぶりが気に入った。
そして、不思議なほどきれいな細かい螺旋を描く彼の長い髪も。

空は、パステルカラーの夕焼けに染まっていた。
少し、肌寒くなってきていた。
なんとなく名残惜しかったが、わたしたちはホテルに戻ることにした。

「ねぇ、もし良かったら今夜、一緒に出かけない?」
彼が言った。

「友達とパーティーに行く約束をしているのだけど、男同士で行くのも寂しいから」

ユミちゃんは、腰に巻いたサロンの砂をはたきながら、"why not?"と言ってわたしに顔を向けた。

わたしの顔をじっと見つめる彼に、"sure" と、わたしは答えていた。

クリスマス・パーティーで浮かれるホテルの客を横目に、わたしたちは、部屋でワインを空けた。
とても、パーティーに参加するような明るい気分ではなかった。実は、友人の方も、仕事のストレスで疲れきった状態だった。
コテージの屋根をたたきつける豪雨が、私たちを余計に滅入った気分にさせていた。

しかし、翌朝、窓を開けると、真っ青な空と真っ青な海がキラキラ輝いていた。 初めてマウイを訪れた私たちは、ガイドブックを手に、一通りの観光を終えた。もちろん、ホエール・ウォッチングの船にも乗った。いろんなビーチを巡った。

1週間もすると、二人とも真っ黒だった。
すっかりリラックスしていた。
わたしは、家族のこともあまり考えなくなっていた。

そんなある日の夕方、人の少ないビーチに寝転がって、わたしたちは本を読んでいた。
ふと見上げると、大きな犬を連れた男性が散歩をしている姿が遠くに見えた。次第に近づいてくる彼の姿を、何気なく目で追っていた。

肩まで伸びたクルクルの金髪の巻き毛。
よく焼けた体に、金色の胸毛が光って見えた。
膝丈の赤い海水パンツが似合ってた。

本に視線を戻してしばらくすると、ゴールデン・レトリバーがわたしのところにテニス・ボールをくわえてやってきた。
あの、巻き毛の人が連れていた犬。
そして、飼い主である彼も笑いながら近づいて来た。

わたしたちの、初めての出会いの瞬間だった。

マウイ島に到着したその時、島は豪雨に見舞われていた。
レンタカーを借りて走り始めたが1メートル先の視界もままならないような状態だった。
天気をのろいつつも、わたしたちは、どうにか予約を入れていたホテルに到着した。
わたしを窒息状態から救い出した親友と、呆然としてるわたしは、そのホテルのコテージに逃げ込むように入った。

どうやって、この二人でクリスマスを楽しんだら良いのか。
クリスマス・イブの夜、わたしたち以外の人たちは幸せそうだった。

わたしの惨めな状況に付き合ってくれる友人がいたことが嬉しかった。


全ての始まりは、夫の浮気だった。
初めてその事実が発覚したとき、体から血が抜けていくような気がした。
子供はまだ小さかった。
2歳と4歳
いまから、ちょうど10年も前の話だ。

泣いたり騒いだり、おそらく誰もがそうするように、わたしは激しく夫と衝突した。ちょうど1週間、食べ物を口にすることができず、ワインばかり飲んでいた。体重も10キロ以上減った。

夜、子供が寝てから飲みに出かけたり、滅茶苦茶な生活だった。
そんなことを続けていても、やりきれない気持ちで体が引き裂かれるような思いをずっと抱えていた。
あるとき、台所の床にペタリと座ったまま、動けなくなった。
精神科で安定剤や睡眠薬をもらって飲んだ。
軽い鬱状態だった。

夫はと言えば、不倫相手と別れることもできず、わたしにウソを突き通した。
もちろん、ウソをついていることは知っていた。
証拠を突きつけては、何度となく彼を怒鳴りつけた。

3ヶ月後のクリスマス。
子供を夫に託して、親友と旅行に出た。
行き先はマウイ島。

この島で、その後、7年間続く相手と出会うことになった。