飛行船602号ーるいんず

飛行船602号ーるいんず

北海道行きを計画しています。

Amebaでブログを始めよう!

長崎駅から南に延びていた貨物線。

 

貨物線ではありますが、

戦中には、1・2等特別急行列車の「富士」が、

長崎港に到着した海外航路便からの乗客を受け、

東京へ向けて出発していた由緒ある路線です。

その後貨物線として、長崎駅から線路が伸びていましたが、

改築に合わせて長崎駅は頭端式となり、さらに最近高架されてしまい、

自分が長崎駅に訪問した時は在来線が高架済み、新幹線が間もなく開通

の状態でありました。

 

町中に残っている廃線跡。

運河を渡るための橋脚の土台と鉄林のモニュメント。

写真向こうが長崎駅です。

 

振り返ると線路が道路を渡っていますが、その先はリンガーハットの店舗に

吸い込まれ途切れています。

 

 

 

 

 

2024年3月24日、門司港にて。

 

門司港から出ている門司港レトロ観光列車「潮騒」号に乗ります。

この列車、「田野浦公共臨港鉄道」という臨港線の廃線跡の一部を

再整備したものです。

 

客車は2軸化車を改造したもので室内のも「トラ」と、、。

 

観光列車ですので、乗客は観光客で車内のアナウンスで関門大橋

なんぞを紹介されるものですから、皆さん上を車窓の向いていますが

私は廃線跡の痕跡を見たいので下を向いています。

 

終点の「関門海峡めかり」駅に到着しました。

列車はここまでですが、線路はこの先ずっと続いているので歩きます。

 

踏切を渡ったところ。

このさき「潮騒」号の車庫があり、業務上はここまで列車がやってきますが、

草むして、横に工場への引込線跡があり雰囲気が出ております。

 

老人ホームの近くから新しい住宅の並ぶ路地に入りしばらく進むと

廃線跡が姿を見せます。

 

踏切が撤去されていますが、新しめに見えます。

 

振り返ると線路は途切れており、工場の敷地が出っ張ってます。

廃線後工場が敷地を拡張したようで、この先の廃線跡は

分断されてしまっています。

 

2度と復活しそうにないのですが、敷地内は雑草を刈った跡が

ありました。重量貨物が走っていたので線路はコンクリート枕木の

立派なものが使われています。

 

現役時は踏切の向こう、工場の敷地まで引込線が続いていましたが、

この先は線路は撤去されているようです。

 

 

シモシモ先輩とキャンプに行きましたが、

今年は日程的に、ソロキャンプはいけないかもしれません。

5月、6月もいけんかったからなぁ。

 

 

ただ、今回は日曜、月曜の日程で行ったので、

キャンプ場は貸し切りに近い状態で快適でありました。

 

ここは天気がいいと、周りが暗い分、夜中の空が満天の星で、

それはそれは美しく、

ただ、iPhoneのカメラではいまいちなのですよ。

 

露天風呂も貸し切りです。

 

高地は既に秋状態、ススキが伸びてきていました。

奥に見える山は御嶽です。

30号棟。

 

2021年の台風で、いよいよ崩落がひどくなった。

すでに右寄りの最上階から3階まで梁が落ちてしまっている。

建築士の見立てでは、余命つまり完全崩落まで半年、らしい。

次、台風や暴風雨に見舞われると崩れ去る可能性があるそうで、

ぎりぎり見ることができたタイミングであった。

 

 

次来ることがあったても、この形を見ることはできない気がしている。

 

 
端島は地元の人、特に出身者は軍艦島とは言わないそうなので、
自分もなるべく”端島”と言ったり書いたりするようにしている。
 
世界遺産になってクルーズ船による案内ができ、端島は観光資源となった。
もはや、マニアが喜ぶ”廃墟”ではなくなったが、これはこれで正解。
それまでは、この島に渡るには近くの漁船と交渉しこっそり渡らせてもらい、
不法侵入するしか手がなかった。
そして、サバイバルゲーム、肝試し、落書き、と言った行為で
中は人為的に荒らされていった。
 
それを考えると、合法的に上陸でき、自然に朽ちる構造物を見届けられたのは
とてもいいことであると思う。
 
 

 

見学コースは決まっていて、次の説明場所に移動。

何気に撮った防波堤だが、この後説明を聞くと、

端島が世界遺産に認定されたその根拠がこの防波堤なのだそうだ。

このあとの30号館も、行くことのできない65号棟もおまけのようなもの?

それぐらい珍しいものなのだとか。

 

 

これは石炭を運ぶコンベアの巻き取り機の操作室跡。

階段が残っている。

 

 

こちらが事務所。右奥に大浴場があった。

風呂場は浴槽が、最初に炭を落とす浴槽、体を洗った後のきれいな浴槽、

の2種類があった。

 

この写真は、SNSの背景に使っているが、本当に良く晴れていた。

2021年の中でも最高の日和だったとのことである。

 

 

こちらが入坑前の詰め所。持ち物検査などを行う。

坑内は火気厳禁なので、たばこの類はここまで。

 

 

島の端にプールがあった。奥には幼児用のプールもあったということ。

 

 

近づくと、プールの下にあるレーンごとの線がの跡が

残されていた。

 

 

ここまで結構時間を使ってガイドさんは当時の生活や

坑内での仕事について語ってくれた。

 

最後に日本最古の鉄筋コンクリート住居である

30号棟he.

 

④へつづく。