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漢中王劉備
曹操は20万の兵を率いて漢水へ迫る。
対して劉備は、黄忠と趙雲を向かわせ、魏軍の食糧庫を襲うなどして撃退する。
曹操はその心境を「鶏肋」(鶏肋は食べようとしても肉はない、しかし捨てるには味がある = 進んでも勝は目はなく引けば他人が笑う)と例えたが、その心のおくそを見透かして都へ引き揚げの準備を始めた楊修を、軍律を乱すとして処刑した。
「才は才に亡ぶ」
曹操は討って出るが、蜀軍はなだれを打ってせまり、命からがら京兆府に逃げ、魏軍は全面撤退した。
劉備は漢中に入り、漢中王を名乗った。
曹操は、呉に荊州を攻めさせようと謀る。
呉の孫権は関羽に協力させようとするが、関羽に一蹴される。
孔明の策で、魏に先手をとって関羽は樊城に進撃する。
曹操は、于禁と龐徳を向かわせる。仲間たちから裏切りを疑われた龐徳は、潔白を示すため柩を携えて樊城へ向かった。
関羽との戦いのなかで于禁は、龐徳に手柄を渡すまいと布陣を変える。
関羽は樊城を、取り囲んだまま、筏をくんだり川の上流に堰を作ったりし、連日の雨で水が溢れそうになったのを見計らい、堰を切った。
魏軍は壊滅し、于禁は荊州の獄に送られ、龐徳は関羽の手によりその生涯を閉じた。
呉では、関羽が樊城を攻めている間に荊州を取ろうと呂蒙を送るが、呂蒙は荊州の防御が完全なことから、仮病を使って一旦建業に戻り、関羽を油断させることを画策する。
