ちゃたろのブログ -9ページ目

ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

ムーンライト九州で厚狭に降り立ち、薄暗い早朝に美祢線に乗った。乗り継いで大嶺に着いた頃、山から日が登ってきた。

1997年美祢線大嶺駅

この時は30分ほどの滞在で直ぐに折り返し、美祢駅から歩いて宇部興産の〝専用道路〟とやらを見に行った。

 年末だったが操業していて、他ではお目にかかれない大型連接ダンプがホントに走っていた。残念ながら遠くからの眺め、そこまで迫力は感じなかった。

 道路も車両もとても立派なインフラ、明治期に造られた鉄道とは比べ物にならない。釧路や大牟田みたいに鉱山専用軌道とならなかったのが残念に感じた。

 この頃はまだムーンライトが何本も走っていて、帰省前にムーンライトで2-3泊しながら18切符を使って色んなとこを巡っていた。

1997年三段峡

加計までは結構乗客がいたけど、三段峡に降り立ったのは鉄道マニアだけだった。この時も直ぐに折り返さず三段峡を散策、三段滝までピストンした。寒冷地に住んでいたので真冬でも広島ならと甘くみていたが、街歩き装備では応えた覚えがある。

 可部線先端部の廃止を考えると、たとえ大都市から出ている路線でも限界を感じる。大手私鉄に当てはめるなら、近郊の通勤圏、加計までの衛星集落、その先に観光地と経営は成り立ちそうに思ってしまうのだが。

 年末にムーンライト山陽で早朝の広島に降り立ち、木次線、三江線の順で乗り潰した記憶があるが、時間的に無理があるようにも思う。

 木次線は路線が貧弱できついカーブが多く軽便鉄道のように感じた。芸備線と共によく急行列車が走っていたと思う。

1997年木次線のどこか

広島にもスキー場があるのだと〝三井野原駅〟で驚いた前後の駅だったと記憶している。


 三江線は反対に路盤はしっかりとしていた印象。江ノ川の堤防に合わせて高架が造られ、線路を塞げる水門まであったのはここでしか見たことがなかった。