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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

 この写真でどこかピン!とくる鉄道好きはごく少数だと思う。私も行ってみるまでこんな登山道とは知らなかった。

1999年屋久島

 屋久島の山は登山道と山小屋がよく整備されていた。観光トレッキング範囲の大王杉や縄文杉の辺りは森林鉄道の線路まで残っていてハイキングを楽しめる。

 船の都合があったので山で無理に4泊したように覚えている。好天で永田岳に宮之浦岳と堪能した4日目に大雨となった。南方の雨は半端なく、登山道が川になり、水の流れが必ずしも登山道でなく少し怖い目にあった。

 帰りの船で山で挨拶した人に会い、大雨の話をした。その人は一足先に下山して雨の中ダイビングを楽しんでいたそうだ。どうせ濡れるから関係なかったと。

縦走登山の終着をどこにするかは議論になる。この時は〝鉄道遺構〟に釣られて賛同してしまった。夏はアルプスに限る、森林限界以下は暑さと湿度、虫に草と難敵が多い。いい思い出が残ってない栂海登山道を下り、たどり着いたのが親不知。

1997年。旧北陸本線親不知トンネル。

 生まれた頃に全線複線電化の近代化を果たしていなかったらと歴史のifを考える...、北陸本線と言えども新幹線開業で廃線になってしまうのではと。

鉄道黎明期に建設されたままの路線、設備はどう考えても時代遅れ。親不知の道路を見れば旧街道、旧国道、国道、高速と世代交代を果たしている。

 朝に大嶺を見て回った後、小野田線へ向かった。

 小さい頃の九州ブルトレの思い出、最大イベント関門トンネルの手前で、朝方に下松、小野田、厚狭と特急らしからぬ停車駅が続き不思議に感じた覚えがある。

 そんな疑問を解消する小野田線、宇部線の乗車体験となった。

1997年小野田線本山支線クモハ42001

旧型車両に乗りに行ったのか、本山支線に乗りたかったのかは、もう記憶の彼方。

 旧型車両の車内は見た目の風情はあって良い。ただ揺れが大きく乗り心地は悪いし、防腐剤?ワックス?の臭いが強く、巡り会うと〝ハズレ〟とガッカリした東武7800系を思い出した。

 終点の長門本山駅は道路に突き当たって終わって、駅舎も駅前も簡素。線路の延長線は直角に防波堤で海、ここまで何故に鉄道を伸ばしたか?来て見ても不思議だった。

 接続時間に余裕があったので、本山駅から長門長沢駅まで歩き、ここでも宇部興産の産業道路を見学。身近に臨海のコンビナートはなかったから、色々と新鮮に映りかなり不審者だったかも知れない。