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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

15年くらい前は所用で甲信地方を良く訪れていた。昼の休憩は公園の駐車場、あたりを見まわすと引退した蒸気機関車が展示されていることもたびたび。

2024年夏。通りがかったので記憶を頼りに寄ってみた。大町市の街中の運動公園?柵で囲まれ、草に覆われた気の毒なC56。
長野の展示蒸気には排雪スカートがたいてい付いている印象がある。大糸線や飯山線、小海線で活躍していた記録がある。
 自分の地元でも同様、除草は生活圏で手一杯。居住者の高齢化、コロナで数年除草を外注したため地域作業に人が集まらない、冬も暖かくなり雑草が年中伸長などなど。腐海にのまれるではないけど、自然の方が優勢になっている。
 不埒な輩がいなければ柵で囲む必要もなく、蒸気機関車愛のある人が少なからず草取りしてくれるのに・・・。

〝はつかり〟は青い583系もあったので何度となく乗りたい意向を親に伝えていたけどかなわなかった。仙台特急より先に指定券が売切れていたようだし、ボックスシートの現実を知っている親からすれば乗りたくもなかったのだろう。

1980年上野駅。これも大宮通過の〝ひばり〟乗車前の写真。

〝はつかり〟〝つばさ〟に乗ったのは新幹線開業後の接続特急として。〝やまばと〟〝あいづ〟とはついに縁がなかった。

 1日で青森までの片道運用しか出来ないのでは効率が悪い、583系が重宝されたのは当然だったと思う。

〝ひばり〟は東北特急で一番お世話になった。新幹線が開業した時に愛称が〝あおば〟になってしまい、とても残念に思った記憶がある。

 いま考えると仙台特急が〝ひばり〟だったのは不思議だし、古くは〝つばめ〟最近では〝白鳥〟〝はやぶさ〟〝みずほ〟〝さくら〟と愛称名と走行路線は変遷していく方が自然なようだ。

1980年上野駅。前の写真と似たような撮影だったから1983年と思っていたが、裏書きに1980年とあった。

 指定券を取るのが大変だった当時、まれに大宮通過の〝ひばり〟にあたり、上野駅から乗車した事があった。その時の撮影だろう。

 大宮乗車では慌ただしくゆっくり撮影なんてできない。普段、都心に遊びに行っても国鉄上野駅はわざわざ寄らない。上野乗車は特別でうれしかった。