私は楽観主義者である。それ以外のものでいても何もならないと思えるから。 -42ページ目

星に願いを

星に願いを―さつき断景 (新潮文庫)/重松 清

¥500
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初・重松清です。

会社の先輩にどんな小説読むんですかーって聞いたら、
重松清とか
って言われて初めてその存在を知りました。恥
聞いたからには、会社の後輩の義務として読みました。笑

なんでも日本の家庭を描く小説を書く方らしいですね。
この本もそうでした。
ちなみにこれは2004年に「さつき断景」として刊行されたものを
改題して2008年に出版してるみたいね。

1995年から1999年に起きたいろいろな社会的な事件を背景に
どこにでもいそうな3つの家庭、あるいは3人の男性に焦点を当てて物語は進むのね。
日常と非日常の連続というか、私的事情と社会現象の連続というか、
そういうことを書いてるのかなぁって思った。

90年代後半ってさ、あたしは中高生だね。
阪神大震災、オウム事件、いじめ、リストラ、愉快殺人、おやじ狩り、ノストラダムスの大予言。
そういう世の中の事情に対して、あたしあんまり関心持ってなかったなぁ。
漠然と怖いって思ってたけど、お気楽な学生だったということだねぇ。
まぁとにかくそういう狂った時代として90年代後半の日本が描かれてるわけね。

そういう意味ではね、なんでそんな心ないことをする人がいるんだろう、って考えちゃうけど、
あるいはなんでそんな非常識なことをする人がいるんだろうって思うけど、
その人本人はたいしたことないやって思ってたりするんだよね、きっと。
そういうのってさ、怖いよね。

あたしだってさ、できるだけ周りの人や知らない人にだって、思いやりを持って接したいって、
できるだけお互い不快な思いのないように過したいって思ってるけど、
相手がどんなことを求めてるかなんてさ、わかんないことのほうが多くって。
自分では思いもしないことで誰かが傷ついたり、不快な思いをするんだよね。
そういう次元の話じゃないって言うかもしれないけど、次元なんて相対的なものだからね。
人は自分の経験と知識と想像力の範囲内でしか行動できないと思うんだよね。

そういうことをね、たぶん大学1年生の終わりかな、ふと思って。
それから映画をたくさん見たり、小説をたくさん読んだりし始めたんだよね。そういえば。
できるだけたくさんのストーリーに触れて、できるだけいろんな人の考え方や感じ方を知りたいって。
旅もそんな感じだよね。

いろいろ知ると、かえって混乱することもあるっちゃあるけど。笑
それはさ、ゆっくり整理していけばいいんだと思うし。

そんなことを思いました。また全然レビューになってないかね。

結構ほろっとさせらたり、知らなかった悲惨な事件についても触れられるいい本だと思います。
だけど、あたしはやっぱり村上春樹とか伊坂幸太郎の方が好きだなぁ。
というわけで、重力ピエロも手に入れたので(まだ読んでなかったの?!って感じだよね。)
そのうち読んで、そのうちレビューします。

職業としての政治 職業としての学問

職業としての政治 職業としての学問 (日経BPクラシックス)/マックス・ウェーバー

¥1,680
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最初はね、P.F.ドラッカーの「マネジメント」を探してたら、日経BPクラシックスって存在を知って、そこからたどり着いた本。ちなみにマネジメントはまだ読んでない。w

これは、「職業としての政治」という講演と、「職業としての学問」という講演の二つからなっている本で、実はまだ「職業しての政治」しか読んでないんだけど、とりあえずその部分を忘れないうちにレビューだけ書きます。

マックス・ウェーバーは第一次世界大戦前後のドイツを生きた社会学者・経済学者さんですね。ほんとはヴェーバーさんらしいんだけど、ま、いいか。

ウェーバーはね、この講演を始めるにあたって、まず講演の中で語られる政治というものを狭義の政治、すなわち国家による行為としての政治と定義して語りますよって前置くのね。
で、ここでいう国家と言うのは、時代背景からしても警察的な国家を念頭においてお話をしていて、
国家とはすなわち物理的な暴力の行使を正当化されているものとして定義しています。個人に暴力の行使が認められるとしてもそれは、国家による承認が必要であると言う意味でも、やはり物理的暴力の行使が正当化されるのは国家だけであると。
そうすると、政治というのはその暴力の行使をする権力の分け前を求めて争われる営みである、とウェーバーは語っています。

この物理的暴力の行使が正当化された人間の人間による「支配」について、その正当化の根拠をウェーバーは3つに分類しています。すなわち、伝統的な支配、カリスマ的支配、合法的な支配。
伝統的な支配っていうのは、世襲領主や家父長など遠い昔からの習慣の中で認められているもの。カリスマ的支配というのは、ある個人に異例な天賦の資質(=カリスマ)が備わっていることによって人に権威が生まれる場合。そして合法的な支配というのは、法的な規約への信頼とその規約によって発生する義務を履行しようとする姿勢から生まれるもの。

イギリスやアメリカの例を挙げながら、政治家や政党、官僚や行政のあり方についてさらにいろいろと語っていくわけなのだけれどもね、そんでこの講演のテーマとウェーバーが称する「政治家の倫理」に話は移っていきます。

あたしが一番喰いついたのは、「倫理的行動」ってところでね。すべての倫理的行動と言うのは「信条倫理的行動」と「責任倫理的行動」に分かれるというのがウェーバーの主張なんだけどね。
すなわち信条倫理的な行動とは、確信を持った信条に基づいた行動を取る限りにおいて、たとえその結果が悪しきものだったとしても、その結果の責任は行動をとった人間がとるべきものではなく、悪いのは世界や人間の愚かしさ、さらにはその人間や世界を創造した神がその責任をとってくれるのだというもの。
責任倫理的行動というのは、人間はそもそも愚かしい存在であるから、それを考慮して行動し、その結果おきた事象については行動をとった人間が責任を取るべきだと。

ウェーバーが生きた時代とか、あるいはそれ以前というのはさ、これからはこういう世界にしていくんだっていう団体がいろいろいてさ、それぞれがそれこそ「信条」に基づいて「(戦争を含む)あらゆる手段」を使ってその世界を達成しようとしていたんだよね。だから、「目的は手段を正当化するのか」っていう問いもウェーバーは投げかけているんだけどね。

これってさ、日本だと戦争ってまでは行かない(んだろう)けどさ、たぶん他の国や地域だと今もホットな課題なのではないだろうか。それは、国家というシステムがゆるぎないように見えて、実はもろくもあるのだと。認められるべき独立運動と認められない独立運動は、何が違うんだろう。誰が手段を正当化できるに値する目的であることを承認するのだろう。

ウェーバーは、信条倫理的行動を取る人を「情熱」、責任倫理的行動を取る人を「頭脳」という言葉で表現しているように私には読み取れたのね。だけど、ウェーバーは、頭脳だけで政治はできないことも認めています。一方で、この時代にあって、「ロマンチックな情緒に酔っているだけのほら吹き」があまりに多いことを嘆いているようでした。

だからさ、ハートも頭も両方必要ってことでしょ。
しかもそれって政治家だけじゃなくて、学者もビジネスパーソンも、みんなそうなんじゃないか?!

ドイツやアメリカ、イギリス、ロシア以外にも、古代ギリシア、ローマ、インドの例をいろいろ挙げていたり、恋愛と戦争を対比したりとなかなかおもしろかったよ。いろいろ詰まってて、まだ全然自分の中で咀嚼できてないのが、たぶんこのレビューでもばればれなんだけど。汗。

他にも論点満載で頭の中が大混乱ではあるんだけど、とても刺激になるいい一冊でした。
またしばらくしたら必ず手にとって、今度はきちんと咀嚼して、もっと自分の意見をしっかり書いたレビューにしたいです。

でもしばらく「職業としての学問」には手がつけられそうにないやぁ。

lunch

なぜかぁ~最近ん~ついてなぁ~いと思・っ・た・ら
一度ぉ~じぃっくりぃ~かがみをぉ~覗くとい・い・ねぇ!
マ・イ・ナ・スのことばかり、かんがぁ~えて~いると~
いいことないっ顔つきくらいぜぇ~


日曜日の夜に「明日ランチ一緒に食べようよ!」とテクストがあり、安い私は即オーケイ。
月曜日は、23歳カリフォルニア生まれ、カリフォルニア育ちのアメリカ人とフランス人のハーフ、
ジョンくんとランチしてまいりました、

ジョンは、去年の7月から9月までうちのチームでインターンしてたのね。
サンタクララっていうサンフランシスコから車で2,3時間かかるところに住んでて、通勤大変そうだったけど。
同じお部屋でお仕事してて、一緒に働いてたときはもちろんちょくちょく外で一緒にランチしてたし、
彼がインターシップを終えてからも、ちょくちょく連絡を取り合っていてね。
今度半年(?)ぐらいサンフランシスコで仕事をすることになって、サンフランシスコに引っ越してきたんだって。引っ越して数日たって落ち着いたからってランチを一緒しようってなりました。

うちの会社の前で待ち合わせたて、どこ行くーっていろいろ悩んだ挙句、
結局一緒に働いてたときからよく行ってたカフェ街に行って、それぞれ好きなものをピックアップして
あいてる席でたべることになりました。

最近のチームのこと、ジョンの職場のこと、サンフランシスコ生活のこと、週末の過ごし方などなど、
ジョンはとてもよくしゃべる子なので、こっちは笑ってるだけで楽チンです。
アメリカ人ってね、イギリス人もそうだけど、中には他の言語を習得することの苦労をまったく
理解しないで、ちょっと会話がつまずくだけで受け付けてくれない人もいるから、
ジョンみたいな子は、とてもいい子だなぁと思います。

水曜日。
春休みを使ってサンフランシスコで赤十字のインターンシップをしているという大学の後輩と
ランチしました。なんとまだ2年生。。。ってことは。。。20歳とか?!
若い!!!今きづいた!!あの子、20歳ね?!?!

何でも、如水会のホームページを見て、SF支部の存在を知り、幹事のところに名前が載っている私のところに電話をしてきたらしい。
もちろん、私のほかにもお二人ご紹介をしたのですが、私の話も聞きたいといってくれたので、
ランチすることにしました。

「僕、黒い革ジャン着て行きます!」
って言われたときには、どんなロック少年が現れるかと思っておばちゃんちょっと
心配しちゃったんだけど、話してみると普通の子で、よかったです。

予約も何もしていなかったので、近くの人気イタリアンや老舗アメリカンは「20分待ち」なので、
あえてのドイツ料理屋さんへ。笑

去年の春採用の仕事を手伝ったときも思ったけどさ、やっぱり学生と話すっていうのはいいよね!
なんかこう、刺激になるよ!あたしもがんばろうって。
その子は自分で起業して社会の役に立つようなことをしたいって言ってたなぁ。
でも、若くして起業するならアメリカのほうがいいっていう話を聞いて、
今まで英語なんて大嫌いだったし、海外なんてあんまり考えたことなかったけど、
もっと英語勉強して、できれば留学して、海外でも通用する人材になりたいって。
眼、きらんきらんさせてたよ。

そんな感じで今週は、2人の20代前半の日米の若いナイスガイとランチデート(?)をするという
非常に恵まれた(?)一週間でした。
こうやって、ランチをする相手がどんどん増えるといいのになぁ。

実は最近もやもやもやもやしてるんだよねぇ。
もやもや、もやもやもやって。
この週末はひさしぶりにノープランなので、
そのもやもやと向き合って、戦って、解決し、
月曜日からはしゃっきりと働こうと思います。
もやもやしてる暇なんてないんだー!!!