私たちの学び舎には、ちょっと誇らしい「しくみ」があります。
それは──『気づかせる』という学びの仕組みです。
もちろん、「教える」ことも大切です。
わかりやすく、丁寧に、論理的に。
そんな授業ができる先生は、まさに“教える技術”のプロフェッショナル。
けれど、どんなに優れた説明をしても、
聞き手である子どもが「心を開いていない」状態では、
それはただの“通り過ぎていく音”になってしまう。
大切なのは、子ども自身が「気づくこと」なんです。
「なるほど、そうか!」と、
子どもたちの目がぱっと輝く瞬間。
そのひとときが、私たちの教室では何よりも尊い宝物です。
実は、人が本当に深く学び、成長できるのは、
誰かに“教えられた”ときよりも、自分で“気づいた”ときなんですよね。
私たちの学び舎では、その「気づきの瞬間」を生むために、
日々、ちょっとした仕掛けや工夫を重ねています。
たとえば──
あえてすぐには答えを教えない。
質問の仕方を工夫する。
ヒントを渡して、自分で辿り着けるように導く。
それらは時間がかかるし、手間もかかります。
でも、その分、「一を聞いて十を知る」力が、
子どもたちの中にしっかりと育っていくのです。
この“気づかせる力”は、学力以上の価値があります。
自分で考える、自分で決める、自分で前に進む。
そういう力は、やがて大人になってからも、
人生を生きる大きな軸になってくれます。
そして──
この学び舎を支えてくれている先生たちにも、
実は「気づき」がたくさんあります。
たとえばある日、
本来は休日だった先生が、ふらりと教室に顔を出してくれました。
別に業務があるわけでも、報酬が出るわけでもない。
でもその先生は、静かに椅子に座って、笑っていました。
「ここにいると、気づかされることがあるんだよ」
「子どもたちの表情に、救われるときがあるんだ」
そう、ぽつりと言った言葉が印象に残っています。
報酬の代わりに笑顔がある場所。
成績以上に、心が育っていく場所。
そんな学び舎が、これからの社会にはもっと必要なんじゃないかと、
私は思っています。
「気づかせる」ということ。
それは、ただテクニックの話ではなく、
“信じて待つ”という愛情の表れでもあります。
焦らず、急かさず、けれどそっと背中を押すように。
そんな優しさを、これからも大切にしていきたいと思っています。
