最近、私たちの教室には見学に訪れる方々が増えています。
教育関係者の方もいれば、地域の方や保護者の方など、さまざまな立場の方がいらっしゃいます。
そうした方々が、ふとした瞬間にかけてくださる“ひとこと”――実はそれが、私たちにとって何よりもうれしい贈り物です。
「ほめられる」という奇跡
たとえばこんな言葉をいただきます。
「教室が、なんだかすごくきれいですね」
「掲示物にあたたかさがあって、見ていてホッとします」
「授業中、誰ひとり私語をしていないのが印象的でした」
「自習の子たちまで黙々と取り組んでいて驚きました」
「先生方がテキパキと動いていて、安心感がありますね」
「自転車がピシッと並んでいて、すごく気持ちがいいです」
どれも、日々私たちが“当たり前”として過ごしていることです。
だからこそ、改めて誰かの言葉で気づかされたときには、心がそっと温かくなります。
その人にしか見えない“視点”の宝物
特に嬉しいのは、その人ならではの視点から生まれた言葉をいただいたとき。
私たちにとっての“普通”が、誰かにとっては“特別”だったという発見は、本当に貴重です。
「えっ、そんなふうに見えるんだ」
「そうか、そういうところまで伝わっていたんだ」
そんな気づきが、また新たな“当たり前”を生んでいきます。
これは、ちょっとした奇跡のようなものかもしれません。
私たちが意識せずにやっていたことが、誰かの心に届いていた――それは、日々の積み重ねが確かに形になっている証だと思うのです。
「当たり前」のレベルを、少しずつ高く。
最近、また一つ“当たり前”が増えました。
ある見学者の方に言われて、はっとさせられたのです。
それは、私たちではまったく意識していなかったこと。
けれど確かに、言われてみればそうなっていた。
私たちの“今”が、いつの間にか誰かの“称賛”に値するレベルに達していた。
それがどれほど嬉しいことか、言葉になりません。
私たちは、これからもそんな“当たり前”をひとつひとつ増やしていきたいと思っています。
それは決して、特別なことをするという意味ではありません。
「誰かにとっての感動が、私たちの日常になる」――そういう積み重ねを大切にしていきたいのです。
おわりに
学び舎というのは、建物だけではありません。
そこにいる人たちの気配や空気感、そして日々の“当たり前”の集積でできあがっていくものだと思います。
私たちの教室が、誰かの目に「温かい」「心地よい」「信頼できる」と映ったのなら、それはとても誇らしいことです。
これからも、そんな場所であり続けられるよう、**“基準の高い当たり前”**を積み重ねていきたい。
静かだけれど、確かな熱をもって、そう願っています。
いつかあなたがこの教室を訪れたとき、ふとした何かに「いいな」と感じてくれたら、それがまた、私たちの新しい“当たり前”の始まりになるのかもしれません。
