今の時代、ペーパーレスが進み、資料の配布もデジタルが主流になりつつあります。しかし、それでもなお「コピーを取る」という行為には、決して軽視してはならない意味が込められています。むしろ、こうした「一見些細に見える作業」こそが、その人の仕事への姿勢や教室の空気感までも表しているのです。
私が特に実感するのは、初めて訪れる教育現場やコンサルティング先において、講師が生徒に配布するプリントの「コピーの取り方」を見ただけで、その教室のポテンシャルや、指導の信頼度がおおよそ見えてしまうということです。
例えば、プリントが斜めにコピーされていたり、ページの上下左右に黒い余白(いわゆる“黒枠”)が不自然に残っていたり、文字が切れていたりサイズが統一されていなかったり。そんな雑なプリントを手にした生徒は、どう感じるでしょうか。「この先生、なんだかいい加減だな」「この教室、ちょっと信用できないかも」…そうした印象を、無意識のうちに抱かせてしまうのです。結果として、生徒の学習意欲を削ぐ要因にもなりかねません。
特に問題なのは、講師自身がコピー代を自分で負担していないので、こうした意識の低さが顕著になる点です。無料で利用できるとなると、紙の無駄遣いにも無頓着になり、多少失敗しても気にしない。「とりあえず印刷できたからよし」とする姿勢が、無意識に現れてしまうのです。しかし、生徒からすれば、その“とりあえず”の一枚が、教室の第一印象であり、先生への評価基準でもあるのです。
一方で、コピー機にはさまざまな便利な機能が備わっており、きれいにコピーをとるための設定も多く用意されています。ページの傾きを自動で補正したり、余白をトリミングしたり、濃度を調整したり…。少しの手間を惜しまず、そうした機能を使いこなすだけで、資料の印象は見違えるほど良くなります。
「コピーの取り方ぐらいで…」と思われる方もいるかもしれません。しかし、コピー一つとってもその人の丁寧さ、責任感、そして受け手への配慮がにじみ出ます。「神は細部に宿る」とは、まさにこのことです。細部にこだわることは、ただの几帳面さを意味するのではなく、「相手のために、自分はどこまでできるか」を常に問う姿勢の表れなのです。
指導者である以上、自分の行動一つひとつが生徒に与える影響を意識しなければなりません。コピーの取り方ひとつにこだわることは、教育の質を高める第一歩であり、生徒への敬意を形にする行為でもあるのです。ですからこそ、私は声を大にして言いたいのです。
コピーぐらい、しっかりとらせなきゃ。
それが、信頼される講師への第一歩なのです。