行動は、明日でも出来る。
でも、迷うことや悩むことは、今しか出来ないのかもしれない。
だから私は、迷いと悩みをちゃんと分けて考えたいと思っている。

星の数ほど選択肢があっても、進む先は一つでいい

私は・・・正直何をやっても上手くいかない。

それなりに器用で、仕事も出来ると思っているんだけど・・・結果はそうならない。

何て愚かなんだろうね。

出来ると思っているのに、出来てない。これが、残念な私の人生の集大成。

悩むし、迷う。それでも、自分を捨てきれない。

そして、進むことにさえ躊躇っている・・・・

 

「明日できることを、今日やるな」マーク・トウェイン

そうだよね!とりま、今を全力で生きるには、大いに悩んで迷うのも有りだ!と思うのは、私の解釈違いかな?

でもさ、迷いと悩みって違うんだよ・・・

 

  迷うことと、悩むことは同じじゃない

私はずっと、何となく感じていたことがある。

それは、迷うことと悩むことは似ているようで、実は少し違うんじゃないかってことだ。

 

どちらも立ち止まっているように見える。
どちらも、すぐに答えが出ない状態に見える。


でも、自分の中をよく見てみると、その質が違う。

迷っている時は、まだ選べていない。
やるかやらないか、その土台自体が固まっていない。

 

だから、進めない。

でも悩んでいる時は違う。
もう心のどこかでは、進みたいと思っている。
進む前提で、何を選ぶか、どう踏み出すか、その痛みや責任を引き受けるかを考えている。

 

だから私は、自分なりの基準を作った。

迷うならやらない。
悩むならやる。

これが、今の私のスタイルだ。

  投資は、まさにこの感覚がよく出る

私は趣味というか、投資が好きでやっている。

株でも仮想通貨でも、買う銘柄を選ぶ時、売る銘柄を選ぶ時、ただ何となく動くわけじゃない。
買う価格と売る価格をある程度目算して、先にターゲットを決める。
情報も集めるし、人の意見も聞く。
でも、最後に決めるのは自分だ。

もちろん、ほとんどうまくいかない😭


そんなことは分かっている😩
でも、それでもやるって決めているからこそ、悩むことが出来るんだと思う。

 

ここが大きい。

投資をするかしないかを迷っている時は、まだ土俵に上がれていない。


銘柄自体を選べないなら、私は買わない。
でも、銘柄を絞って、情報も集めて、そのうえで買うかどうか悩んでいるなら、私は進む。

 

なぜなら、その時の悩みは、もう「やる」と決めた人間の悩みだからだ。

未来なんて、どうなるか分からない。
だからこそ、進まないと分からないことがある。

持ってみないと分からない怖さがある。
買ってみないと分からない重さがある。
当事者になって初めて見える景色がある。

 

誰だって思うだろう。
ビットコイン、もっと早く買っていれば・・・って。

でも、あの時に本当に買えた人は、結果を知っていた人じゃない。
不安も怪しさも、全部ひっくるめて、それでも当事者になることを選んだ人なんだ。

 

後からなら何とでも言える。

でも、当事者にならない限り、見えない世界はある。

  恋愛も同じ。踏み出さないと始まらない

恋愛なんて、まさにそうだと思う。

好きになることに、きれいな理由なんてない・・・


気づいたら好きになっている。
それだけのことも多い。

でも、そこから先は別だ。

その人の好みを知りたい。
恋人がいるか知りたい。
趣味や距離感も知りたい。


どう近づけばいいのか、どうしたら嫌われないのか、ちゃんと考えたくなる。

ただ感情だけで突っ走るんじゃなくて、外堀を埋めたくなる。


それはずるさじゃなくて、むしろ誠実さなんだと思う。

相手にも人生がある。
都合がある。
気持ちがある。

 

だからこそ、知ろうとする。
可能性を探ろうとする。


それでも、最後は踏み出さないと進まない。

告白もそう。
プロポーズもそう。

いくら考えても、いくら準備しても、最後は自分が当事者になるしかない。

 

うまくいかないことなんて山ほどある。


そして周囲は優しく言ってくれるんだ。

「男も女も星の数ほどいるよ」ってさ(笑)

たしかに、それは間違っていないと思うよ・・・


でも、その時の自分にとっては、そんな正論はあまり意味がないんだよね。

星の数ほど人がいても、今の自分にとって一番輝いて見える星は一つしかないから。

  選べない時は、もっと探せばいい

私は思うんだ・・・

選べない時は、無理に進まなくていい。


もっと探せばいい。
もっと見ればいい。
もっと悩む前の迷いを引き受ければいい。

 

投資でもそう。
銘柄を選べないなら、まだ買わなくていい。


恋愛でもそう。
本当にその人なのか分からないなら、無理に告白しなくていい。

 

でも、選んだなら話は別だ。

これだと決めたなら、そこから先は「どうしようかな」で止まり続けても仕方ない。


だって、もう選んでいるから。

悩むっていうのは、進む覚悟がある人だけが持てる重さなんだと思う。

だから私は、こう考えている。

選べない迷いの時は、もっと探せばいい。
選んで決めたポラリスには、突き進まないといけない。

北極星みたいに、自分の中で「これだ」と思えたもの。
それが見えたなら、あとは進むしかない。

もちろん怖い。
もちろん失敗もある。
もちろん後悔だってある。

 

でも、進まなかった後悔は、いつまでも「もしも」のまま残る。
進んだ後悔は、少なくとも自分の人生になる。

私は、その違いは大きいと思っている。

  当事者にならないと、見えない景色がある

人生って、外から眺めているだけでは分からないことが多すぎる。

投資もそう。
恋愛もそう。

仕事も、人間関係も、きっとそうなんだろう・・・

 

安全な場所から見ているだけなら、傷つくことは少ない。


でもその代わり、手に入らないものも多い。

当事者になるって、怖い。
責任もある。
失敗した時に、自分で引き受けないといけない。

 

でも、その怖さごと引き受けた人にしか見えない景色がある。

迷うことは悪くない。
悩むことも悪くない。
むしろ、それだけ真剣に向き合っている証拠だと思う。

 

だから私は、これからもこの基準で生きていきたい。

迷うならやらない。
悩むならやる。

それは勢いではなく、自分なりに選び抜いて、当事者になる覚悟の話なんだと思う。

 シンプルフレーズ

迷いは、まだ選べていない証拠。
悩みは、もう進む覚悟がある証拠。
当事者にならないと、見えない景色がある。

アインシュタイン先生は子供に相対性理論を説明する時・・・

「楽しい時間は短く感じるでしょ?楽しくない時間は長く感じる。これが相対性だよ」って説明したそうだ。

 

本当に、不思議なモノで・・・

バスの移動の6時間も苦にならない。

車の運転も6時間近くしたのに、気にならない。

バスの待ち時間、電車の待ち時間も楽しい時間のひと時で、

行列に並ぶ時間なんてご褒美にさえ感じられる。

 

それがどうだ?

同じ時間の経過でも、たった2時間がつらく苦しい時間になる時がある。

そう・・・それが目の前に迫ってくる。

そんな旅の終わりの物語。

“帰れる場所”がある幸せを知った北海道最終日

北海道旅行5日目。
この日は、帰宅する予定の日だった。

そう、“予定”ではね(笑)😆



  最後に立ち寄った神社が、一番心に残った

 

空港へ向かう前🛫

「せっかくだし、もう一社くらい寄って行こうかな~」

そんな軽い気持ちで向かった神社。

烈々布神社。

・・・まず読めない(笑)

 

“れつれつふ神社”。

北海道らしい地名だなぁなんて思いながら向かったんだけど、正直、今回の北海道旅行で一番好きだった場所かもしれない。

空気が違った。寒いだけなのかもしれない(笑)

派手じゃない。
観光地感も強くない。
でも、静かで柔らかい。

 

神社って、広さでも豪華さでもないんだなって思う。

“空気”なんだよね。

この感じが伝わらないんだろうと思う。よく聞かれるんだ。「神社で何するの?」ってさ・・・

何もしないんだよ。ただ行くだけ。参拝もするし、御朱印も貰う。

でも、ただそこに行く。そこに居るっていう感覚が、私は好きなんだ。

 

その場所が持っている時間の流れ。

人の気配。

手入れされている感じ。

ここは「大切にされている場所なんだな」って伝わってくる空間だった。

 

  手描きの御朱印に感じる“人”

そして御朱印。

今回の北海道旅行で、2社目の手描き。


もうね、これが本当に嬉しかった。

最近は書置きも多い。

もちろん分かる。

忙しい。
人が多い。
効率も必要。

 

でも、私はやっぱり手描きが好きなんだ。

筆の流れ。
文字の癖。
少しの滲み。
墨の濃淡。

そこには“人”が居る。

 

正直、たまにある。

「めちゃくちゃ忙しいんだろうな・・・」って伝わる御朱印(笑)

 

乱れている時もある。
雑に見える時もある。

「えぇ~・・・」って思うこともある(笑)

 

でも、それでも私は嬉しい。

だって、“書いてくれた”んだから。

御朱印帳を開いて、目の前で書いてくれる。

 

その時間。

筆を走らせる音。

「どちらから来られたんですか?」なんて、ほんの少しの会話。

私はあの時間が好きなんだ。

 

映えじゃない。

“参拝した”っていう実感。

そこに行った証拠。

人と場所との繋がり。

それを受け取っている感じがする。

だから、私は書置きより手描きに惹かれるんだろう。

 

  北海道最後のワガママ

そして空港へ向かう・・・今回は丘珠空港。

ここからプロペラ機に乗れる。

・・・そんなの乗りたいに決まってる!(笑)

即決だった。

旅の最後にプロペラ機。

ちょっと特別感あるじゃないですか?

違う?そんなことないでしょ?乗りたいでしょ?私だけ?いいんだ。それが私だから(笑)

 

搭乗まで時間もある。

お土産を見たり、ぼーっとしたり、ご飯を食べたり。

「あぁ・・・北海道終わるなぁ」

 

そんなことを考えていた。

少し寂しい。

でも、満足感もある。

帰りたくないけど、帰る。

旅の最後って、いつもそんな感じだ。



“欠航”という名の現実

アナウンス。「遅延のご連絡~」

待つ。「そういうこともあるんだな~」

 

アナウンス。「遅延のご連絡~またご案内いたします~」

待つ。「別に急いでいるわけじゃないし、いいですよ~」

 

そして――

「本日の便は欠航となりました」

・・・。

🤪え?

いや、待って(笑)

 

流石私。

本当に流石過ぎる。

 

ここまで来ると、逆に才能かもしれない。

でも、現実問題としては笑えない。

 

周囲の空気が一気に変わる。

みんな一斉にスマホ。

電話。

ホテル検索。

飛行機検索。

空港が突然、“帰宅サバイバル会場”になる。

  人は、追い込まれると本性が出る

私も当然、大慌て。

まず宿・・・?いや、他の便?それとも、え?どうするのこれ?

必死に調べる・・・最初に予約したサイトを見て、他の便を探して、ないことを確認して、千歳空港を見て・・・

結局、天候の影響だから当日の便は無理そう・・・

 

宿に移動手段を探して、翌日の飛行機の予約を探して・・・💦

急がないと、どんどん選択肢が消える。

これが怖い。

「あとで考えよう」が許されない。

判断を迫られる。

 

しかもGW。

値段がエグい。

ホテル高い。
飛行機高い。
交通費高い。

追加予算、3万円超え。

泣ける(笑)(ノД`)・゜・。

本当に泣ける。

でも、帰らないわけにはいかない。

 

北海道でお金尽きたら、それはもう旅行じゃなく遭難である。

  “帰れる”って、実は当たり前じゃない

なんとか千歳でホテルを確保。

翌日の便も取れた。

その瞬間、ようやく息を吐けた。

「あぁ・・・帰れる」

その時に、ふと思った。

人って、“帰れる”から帰りたくなくなるんだなって。

 

旅の最後って、誰でも少し思うだろう。

「帰りたくないなぁ」って。

でも、それって帰れる場所があるから言えるんだ。

戻る場所。

日常。

安心。

もし、本当に帰れなかったら?

急に怖くなる。

不安になる。

だから今回、欠航で一番感じたのは、“安心”の存在だった。

 



  非日常は、日常の上に成り立っている

北海道で感じた自然。

空気。

寒さ。

海。

神社。

自由。

全部楽しかった。

でも、それを“楽しい”と感じられるのは、帰れる場所があるからなんだ。

日常がある。

安心がある。

だから非日常に憧れられる。

もし戻る場所が無かったら?

それはもう、旅じゃなく漂流だ。

 

「家に帰るまでが遠足です。

帰りたくないって思うのは、大人の事情なんだろうね。

帰れるからこそ、帰りたくないって思うんだ。

 

無いものねだりでしかない。

日常に戻ることより、戻れないことの方が不安になる。

 

帰れるっていう安心があるから、帰りたくないって思える。

それは、安心があるっていう証拠だ。

大切にすると良い。」

 



  帰りたくないの正体

結局、人は無いものねだりなんだろう。

仕事している時は休みたい。
休みが続くと不安になる。

旅に出れば帰りたくない。
帰れなくなると帰りたくなる。

でも、それって悪いことじゃない。

それだけ、“安心”を持っているってことだから。


なんやかんやとありましたが

無事、北海道から返ってくることも出来ました。

波乱が日常の私にとっては、これくらいのことはよくある事なんですが、

それでも直面すると右往左往で狼狽えますね(笑)

バスの乗り間違い、飛行機の結構、予想より見るトコロの無い札幌、食べ歩きに行こうとしたのに行く前にお腹いっぱい(笑)

地下に入ればmapは圏外になり、車に乗れば雪が降る。

寒さは予想をはるかに超えて、装備の不十分さを痛感し

調べたご飯屋さんは長蛇の列で並べたり、並べなかったり

行く先々で教えて貰ったお店を巡り、宿に戻れば煌びやかな夜の町へ

思い出いっぱいの最高の時間をありがとうございました!

たぶん、また行きますよ!函館行けなかったしね(笑)

 

予定は未定が大前提の私だが・・・

流石に遠出で、次にいつ来れるか分からないような北海道。

私もそれなりに調べたし、考えたし、予定も立てたさ・・・

しかしな?結局私は風の向くまま気の向くままに流れていくんだろう・・・・

札幌・千歳・苫小牧へ行ってみた!

 

そろそろ北海道も堪能した。
そう思い始めた4日目、私は札幌観光へ向かった。

そして、札幌駅前で早速思った。
「あれ・・・見るトコロ、なくない?」って。



  “観光地”なのに、心が動かない

札幌駅から歩いて旧庁舎へ。

赤レンガ・・・確かに歴史は感じる。
写真映えもする。
観光地として価値があるのも分かる。

でも、私の感想は「うん」だった。

悪くない。


そのまま時計台へ。

「うん」

 

なんというか、周囲との温度差がすごい・・・

近代的なビル群。
巨大な駅。
観光客。
都市化された北海道。

 

その真ん中に、取り残されたように存在している時計台。

もちろん、歴史的価値はあるんだろう。
北海道開拓の歴史。明治の空気。教育の始まり。

そういう背景も分かる。

 

でも、今回の北海道旅行で私が感じていたのは、もっと別のモノだった。

 

雄大な自然。
冷たい風。
雪の残る山。
広い空。
静かな海。

“北海道そのもの”を感じたあとに見る札幌は、どこか中途半端に見えてしまった。

 

都会になりきれない。
でも、自然とも違う。

 

その“間”に取り残された感じ。

私はそこに、妙な孤独感を感じた。

取り残された違和感

赤レンガ庁舎を見ながら思ったんだ。

人も同じなんじゃないか?って・・・

時代が進む。
周囲は変わる。
価値観も変わる。

 

でも、自分だけが昔のまま取り残されている感覚。

「なんで私は変われないんだろう?」

「なんで私はここに馴染めないんだろう?」

 

そんな違和感。

時計台を見ながら、私は建物じゃなく、自分を見ていた気がする。

  ちくわパンを食べながら人生を決める

 



そうなると時間が余る。

ちくわパンをかじりながら考える。

「・・・千歳行こう」

思い付きである。

でも、これが旅の良さだ。

 

空港から札幌へ直行したせいで、千歳周辺を見ていないことに気付いた。

なら行こう。

もう理由なんかそれで十分。

北海道の“水”は反則(笑)

バスに揺られながら見えた川。

これが本当に綺麗だった。

透明なんだ。

雪解け水なんだろうか。

地元で見る川とは全然違う。

「あぁ、これだよ」

北海道で見たかったモノは、こういう景色だった。

 

観光名所じゃない。

映えスポットでもない。

ただ、自然の中に普通に存在している透明な水。

 

それだけで感動できる。

年齢を重ねるって、こういうことなのかもしれないね。

派手な刺激より、“澄んだモノ”に惹かれる。

 

  多動症、発動

千歳神社を参拝。

空気も良い。
景色も良い。

でも、周囲を歩いているうちに思う。


「・・・もっと行けるな」

そして発動する。

多動症(笑)

苫小牧へ向かう。

もう時間感覚なんて無い。

勢いだけ。

これ、旅行だから許されるけど、日常でやるとただの危険人物である💦

苫小牧で出会った“生きてる自然”

夕方近くの苫小牧。

寒い。

本当に寒い。

でも、苫小牧神社は来て良かったと思えた。

立派な社殿。
静かな空気。
人の少なさ。


そして何より・・・

鹿・・・🦌・・・シカ・・・鹿・・・

野生の鹿の群れ。

 

いや、テンション上がるでしょ(笑)

観光地の動物園じゃない。

普通に居る。

「北海道だなぁ・・・」って、妙に嬉しくなった。

海と寒さと孤独感

そのまま海へ。

夕方の海は綺麗だった。


でも寒い。

めちゃくちゃ寒い。

風が刺さる。

 

それでも、海を見ながら思った。

こういう時間って、普段の生活ではまず取れない。

スマホを見るでもなく、
仕事をするでもなく、
誰かに合わせるでもなく、

ただ海を見ているだけ。

 

でも、その“何もしていない時間”が、自分を整理してくれる。

最後はやっぱりスープカレー


札幌へ帰還。

身体は冷え切っている。

選択肢は一つ。

スープカレー。

またかよって話だけど、美味いんだから仕方ない(笑)

 

辛さと熱さで汗をかく。

北海道って、寒いからこそ食べ物が強いんだろうな。

 

身体に染みる・・・癒される✨

  予定通りにいかないから、人は強くなる

旅行って、本当に予定通りにいかない(笑)

乗り間違える。
時間がズレる。
思ったほど感動しない。
逆に予定外の場所が最高だったりする。

 

でも、それって人生そのものなんだろう。

誰だって準備する。

調べる。
計画する。
用意する。

「準備200%」なんて言葉もある。

でも、結局崩れる。

問題は、その時にどうするかなんだ。

 

自分を責めて止まるのか?
次を考えて動くのか?

 

トラブルに強い人っている。

柔軟で、対応が早くて、立て直しもうまい人。

 

でも、ああいう人も最初から強かったわけじゃないと思う。

失敗して、迷って、間違えて、
その積み重ねで“引き出し”を増やしてきたんだろう。

だから、動ける。

  旅は“動ける自分”を作る

私は思う。

旅行って、その練習なんだ。

非日常に自分を置く。

計画して準備した“自分のテリトリー”の外へ出る。

 

そこで起きる想定外。

予定外。
予想外。
波乱。
迷子。
失敗。

でも、その時に考えて動く。


それが、自分を作る。

遠くへ行く必要なんて無い。

非日常に足を踏み入れるだけで、人は少し変わる。

 シンプルフレーズ

「予定通りに生きようとするほど、人は違和感を抱える。

だからこそ、予定外を受け入れ、迷いながら動ける人ほど、自分の人生を歩けるんだと思う。」

もう北海道旅行も終わりだよ。

あっとう言う間の5泊6日の旅だったよ。

初日と最終日は空港での移動でほぼ終わる。

実質、観光が出来るのは4日間。しかし・・・そうならないのが私って思う。

私が北海道に「何故行ったのか?」って聞かれたら・・・

正直、勢いなんだ。

今、この瞬間・・・これを逃したら、次にいつ行こうと思えるだろうか?

正直、遠い・・・簡単にける場所じゃない。

費用も高額だ。ハードルは高い。

だが、この先・・・次にいつ行けるだろうか?お金?体力?人間関係?自分の状況や環境?

今が唯一で最高のタイミングなんじゃないか?

私は思った。「今でしょ?」



歴史は綺麗に語れるものじゃない。
でも、目をそらさずに感じたことだけが、自分の中の意味になる。

3日目の目的地は小樽。
札幌から1時間ちょっと、余裕のはずだった。
…まあ、そんな簡単にはいかないよね(笑)

  北海道神宮、人のエネルギーを浴びる場所

まずは地下鉄で北海道神宮へ。

着いて思ったのはこれ。

 



人、多いな・・・

 

休日ってのもあるけど、さすが北海道屈指のパワースポット。
静寂というより、“人の気”で満ちてる。

 

でもね、不思議と嫌じゃない。

ああ、ちゃんと“意味のある場所”なんだなって、空気で分かる。

 

北海道神宮と言えば、
北海道開拓のスタート地点と言っても過言じゃない場所だ。

明治以前、この地は蝦夷地。
そこには当然、人が居て、文化があって、暮らしがあった。
アイヌの人たちの土地だった。

それを「日本」として開拓していくために、この神宮は創建された。

そう考えるとね、
正直、綺麗ごとだけでは語れない場所なんだよ。

屯田兵。
アイヌの人たち。
戊辰戦争で敗れた側の人間たち。

いろんな“事情”と“都合”と“選択”が重なって、
この場所は出来ている。

 

御朱印は、手書きにしかない温度がある

今回の旅、沢山の御朱印を頂いてきた。

その中で、北海道神宮と最後に参拝した神社。
この2社だけが手書きを頂けた。

 

これがね、『めちゃくちゃ嬉しい。』

 

最近は“映え”を意識した御朱印も多いけど、
綺麗なだけじゃ物足りない。

 

手書きには、“人の時間”が乗ってる。

この一枚の中に、ちゃんと誰かの手間と想いがある。

私はやっぱり、こっちの方が好きだ。

 

  バスは信用しすぎるな!経験上、バスが一番迷う・・・

さて、小樽へ向かう。

バス移動。…のはずだった。

 

バスってさ、遅れるよね?

当たり前なんだけど、普通に遅れる。

しかも聞き慣れない地名ばかり。

結果――

乗り間違える。

無事?到着・・・『琴似』

「どこ?」

 

いやもうね、笑うしかない。

しかも終点まで行くつもりだったから、
完全に油断してた(笑)

 

  迷子は“イベント”に変えたもん勝ち

でも、これぞシンプルフレーズ(笑)だ。

こうなるのが私なんですよ!

 

じゃあどうするか?

予定変更。

神社、行くよね(笑)これがまた良かった。

 



琴似神社

町中なのに静かで、
手入れが行き届いてて、
空気が整ってる。

 

そして桜がちょうど見頃。

「来てよかった」って思える場所に出会える。

これ、計画じゃ無理なんだよ。

 

一応・・・旅行する段階で計画はしてるんですよ?調べてるんですよ?

でも、全部を網羅できるか?って言われたら難しい。

こういう出会いの積み重ねこそが旅であり、旅行っていう時間の使い方の良さなんだと思うよ。

 

スープカレー、普通に優勝

そして腹が減る。朝から何も食べてません・・・

だってさ?小樽を目指しているんですよ?食べ歩きの町ですよ?

そりゃ~ね?目の前にスープカレー屋・・・


『入る。』

一択ですよ(笑)これがね、もう普通に美味い。

揚げ野菜が強い。

カボチャはほくほく、
ナスはじゅわっと。

スパイスもちゃんと効いてる。

満足。

…いや、満足しちゃダメなんだよ・・・

このあと小樽で食べ歩きする予定なんだから(笑)

  今度こそ小樽へ

仕切り直しですね・・・今度こそ小樽。

この日の目的地ですからね?途中下車の旅も十分楽しいですけど、目的地を目指しているわけですから(笑)

 

無事到着。

まずは小樽総鎮守「住吉神社」


ここはいい。

景色も、空気も、ちゃんとしてる。

北海道の神社は歴史が浅いものが多いんです。

明治以降の創建がほとんど、明治以前の開拓前の北海道はきっと日本神道とは別だったんでしょう。

古事記でも日本書紀でも、北海道の創生は書かれてませんからね。


それでも“場の強さ”はちゃんとある。

桜を見ながら歩く参道。

静かで、綺麗で、
それだけで満足できる時間。

 

絶景の神社としても有名で、ここから一望する一直線の道と海は壮観です!

おススメのパワースポットであり、神社ですね。

なにより、北海道神宮ほど観光地化されていないのが気に入りました。

昨今の大きな神社は、観光地化され過ぎていて何とも味気なく思ってしまう節がある。

私はこういう、場所の方が好きです。

  食欲は理性を無視する

そして本命・・・というか、本題と言うか・・・北海道と言えば?

 

食べ歩き?海鮮?食?でしょ?

…のはずが、すでにカレーでお腹いっぱい(笑)

 

・・・・でも行く。

だってこれの為に来てる。

ガラス細工を見て、
夕張メロンソフトを食べて・・・

 



からの?・・・念願!海鮮丼!!!

 

並ぶよ。並ばせてもらいますよ!大歓迎ですよ!腹ごなしですよ(笑)

口コミ4000件超え。

並ぶ価値あるか?

モチロン!ある!あるに決まってる!あるって思えないなんてありえない(笑)

エビ、ぷりぷり。
刺身、全部デカイみずみずしい!いくらプチプチ(笑)

“観光地価格でも納得できる美味しさ”



これ、大事。

満足出来る!ただ、もうちょっとお刺身あっても嬉しいかな?

丼も・・・もう少し大きくても嬉しいかな?

観光地価格ですから💦

 

なんだかんだでも、満足なんです!!!!・・・お腹はもう限界(笑)

 

  帰り道は現実に戻る時間

帰りは電車。

もうね、バス怖い(笑)

迷子は楽しい。

でも、“元気な時だけ”だ。

帰り道の迷子は、ただの不安。

これはガチ。

 

衣食足りて礼節を知る?そうかもね・・・

衣食足りたら、もう早く帰りたいって思うから。

 

余計なことを取捨選択出来るっていう意味では、まったくよく言ったものだ(笑)

 

 シンプルフレーズ

今回の3日目。

予定通りになんて行くわけが無かった(笑)

もうね、シンプルフレーズなんですよ。

1日目は惨敗の決戦・・・

2日目は雪と寒さに敗北・・・

3日目は乗り間違いと迷子とお腹いっぱいで食べ歩けない・・・

 

まぁ、私らしいですね。こんなもんですよ(笑)

でも・・・その中で出会ったものの方が、ちゃんと記憶に残ってる。

迷って、食べて、歩いて、
ちょっと疲れて、

それでも「良かった」って思える。

それが旅だと思う。


「失敗や間違いは、それだけじゃ価値にならない。
その先にある発見や出会いを拾えた時にだけ、良い経験に変わる。
だから私は、目をそらさずに探しにいく。」

旅行って本当に多忙w

限られた時間に予定と欲望を詰め込むからね!

時間の限りに移動と物色を繰り返し・・・この欲望こそが人間の行為の理由なんだろう感じるね!

 

「自由は消えたんじゃない」北海道で思い出したあの感覚

北海道2日目。
レンタカーを借りて、ただ走った。
でも、それだけじゃ終わらなかったって言う話し!

 

  同じ景色のはずなのに、違う世界だった

高速を走る。

札幌インターから

どこも似たような景色だなって思う。
正直、最初はそうだった。

でもね、違うんだよ。

ふとした瞬間に、別世界が混ざる。

 

鹿がいる。めぇ~?
馬がいる。ひひ~ん?
牛がいる。もぉ~?

 

「見れた!」じゃない。
“そこにいるのが普通”の空気。

 

ああ、ここは自分の知ってる日常じゃないって、
じわっと侵食されていく感じ。

 

広すぎて、感覚が狂う・・・?

 

交通量、少ない。

いや、本当に少ないのか?
それとも、道が広すぎるからそう感じるのか?

 

分からないけど・・・確実に言えるのは・・・

自分の感覚が当てにならなくなるってこと。

 

しかも、みんな速い(笑)

普通に走ってるだけなのに、置いていかれる。

「え、これが普通なの?」っていう違和感。

でも、その違和感がちょっと楽しい。

自分の“当たり前”が崩れていく感じ。

 

 

 

 

  山に入った瞬間、北海道に飲まれる

高速を降りて、山へ。

白樺が並ぶ。
曇った空。
刺すような風。

寒い。

4月終わりだぞ?

でも、その寒さすら、ちゃんと景色の一部になってる。

ダム湖を見たときに思った。

「ああ、これが北海道か~」って。

観光地じゃなくて、ただそこにある自然。

それに自分が入り込んでるだけ。

美瑛神社で、ちょっと笑いながら願う

 

 

最初の目的地、美瑛神社。

パワースポット。
恋愛運アップ。ハート探し。

 

…やるでしょ?今でしょ?(笑)

「よろしくお願いします!頑張ります!」

ちょっと笑いながら、でもちゃんと願う。

ハートも探した。

見つけた。

こういうのさ、バカにするもんじゃない。

やる時は全力でやった方が、絶対楽しい。

青い池、綺麗だけじゃ済まない

 

 

そして青い池。

有名なやつ。

確かに、綺麗。

色がおかしい。
現実感が消えてる。水の色じゃない。その池から流れる水も青い。

大丈夫なのか?魚住めなくね?

青い池の青は「アルミニウム」が流れ込んでいるかららしい。そのせいで青いんだとか。

それって、環境大丈夫なん?池には生物は住めないらしいけど、そんな水垂れ流しの川。超綺麗です💦

 

でもね、この日は天気が悪い。

完璧じゃない。

寒い。

風も強い。

…でも、それがいい?

 

全部整ってたら、ただの“消費”で終わる。

ちょっとズレてるから、ちゃんと私らしい記憶に残る。

白髭の滝、寒さに負ける

 

 

白髭の滝!

ここもすごいよ、確かに。

でもさ、

寒い(笑)

もうそれしか出てこない。

景色よりも、寒さが勝つ。

 

滞在時間、数分。

写真だけ撮って・・・「無理無理無理」って言いながら戻る。

でも、この“無理”すら、なんか楽しい。

車に戻って一人で爆笑(笑)www「寒すぎるわ!」って(笑)

  もう観光じゃない、走るだけでいい

ここで気づいた。

「今日はもう、観光じゃない!!!ドライブだ!!!!」

🚗

真っ直ぐな道。
どこまでも続く直線。

何もないのに、満たされる。

ただ走るだけでいい。

 

『嫌いだったはずの運転が、楽しい!!!』

 

正直に言う。

私は運転が好きじゃない。

ルールが多い。
考えることが多い。
めんどくさい。

だから普段は、車なんていらない・・・って思う。

 

でも、ここでは違う(笑)

信号もない。
人もいない。
ただ、道と空と木。

それだけ。

 

 

 

車を借りて、久しぶりにハンドルを握った時はドキドキだ(笑)

周りをキョロキョロ、車線移動もドキドキ、信号の停止線はどこ!?

車線や停止線や道路に書かれているはずのアレコレが・・・除雪の影響だろう・・・ない。

見えないとかそういう問題じゃない。無いんだ。消えているんだ。

こえーよw

 

それでも、景色を見る余裕が生まれた時には、

気づいたら、運転を楽しんでいた(笑)

  思い出した、“自由だった感覚”

免許を取った時の・・・あの時の感覚。

どこにでも行ける気がした、あの感じ。

 

忘れてた。

 

不自由で、どこにも行けない苦痛から解放されたあの時の思い。

趣味と好きを詰め込んだ車に、解放感と可能性を詰め込んだ時間。

 

いや、違うな。

消えたんじゃない。

上書きされてただけだ。

不安とか、ルールとか、責任とか。

いろんなもので塗り潰されてただけ。

 

出来ない事やダメなことばかりに気が向いていて、

「どうせこうなるでしょ?」「だってこうじゃないか」「これが出来なくなる」って、失うことばかりに目を向けて・・・

自分に言い聞かせて・・・18歳の時に感じたあの自由を感じる感覚を否定していたんだろう。

 

でも、ちゃんと残ってた。

私の中には、まだあの時の感覚が残っていたんだと思った。

 

  帰り道、雪で全部回収

そして帰り道。

雪。

4月終わりだぞ?(笑)

でも、それで全部納得した。

寒さも、景色も、今日の全部。

北海道だわ、って。

他にも、富良野神社に行って「北の国から」の出演者たちの写真を見たり、御朱印を貰ったり

道の駅でハンバーガー食べたり、寒い風の中ホットコーヒーに癒されて

車の中で全力で歌ってみたり(笑)

楽しませてもらいました!さーんきゅ!

 

 シンプルフレーズ

「自由を手にしたと感じた思いは、無くなるんじゃなく・・・

いつの間にか、不自由に上書きされただけなんだ。」

 

2日目は、景色を見た日じゃない。

自分の感覚が壊された日。

そして、少しだけ取り戻した日。