自分の才能が何か?
自分が何に向いていて、何が得意なのか?
分かりますか?
分かっている人がいたら、教えて欲しい・・・
どうして気が付けたの?
なんでそれだと思ったの?
私には才能があるのか?どうかも分からないから・・・?
いや、それで困ってはいないんだけどね?むしろ気にしてないけどね?
自分の才能の見つけ方
結論:やってみないと分からない。
ですよね💦
さらに言えば、『出来たから、自分に向いている』って思う!
そんな感じじゃないですか?
実際そんな感じなんじゃないのかな?
スポーツのプロ選手たちが、才能の塊なのはそうだろう。
でも、みんながみんな、『自分がその競技に向いている!』って言うかは正直分からない。
私が好きな野球選手が、自分で『野球苦手だから』って言っていたのはとてもよく覚えてる。
天才だと思っていた人が言った言葉にある意味衝撃だったから。
(謙遜かも知れないし、自虐かも知れない。実際のところはどう思っているかなんて私には分からない。)
結局、自分が思っている事と、周囲が思っていることは違うって言うことをすごく感じるエピソードです。
才能ってなんだと思う?
人何かを見て感じる思い。
「あの人は転載だ!」「あの人には才能がある!」
何をみて、そう感じるのか?
自分にはないものを持っていたり、自分より上手く出来ていたり
例えば・・・
スポーツ・・・単純にプロスポーツ選手はそう感じるだろう。
プロ野球しかり、サッカーしかり、体操や格闘技のようなものから、eスポーツまで幅広く何でもあるだろう。
他にも、
漫画家や小説家、イラストレーター、歌手や役者のような芸能人と呼ばれる人たち
自分とは違う仕事。子供たちが夢見るような職業の人達を見て、【天才】だって、才能があるって思うんだろう。
なんでそう思うのか?
それが知りたい。
有名になれるから?お金を稼げるから?他にもあるんだろう・・・
確かにその通りだと私も思う。
ただ、【お金を稼げる】と、言うことに関してはちょっと違うだろう。
確かにお金を稼げているのは間違いないだろうし、成功しているのもその通り。
でも、この人たちはあくまで・・・【専門家】お金持ちのジャンルではないのかもしれない。
ESBIっていう考え方(ちょっと脱線します)
ESBIモデルは、ロバート・キヨサキの著書『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』で紹介された概念です。これは、人々の収入の得方を4つのカテゴリーに分けています。
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E – 従業員【労働者】(Employee):
- 従業員は他人のために働き、給与を得ます。基本的に「時間をお金に変える」形で収入を得ており、安定した収入や雇用の安全性を求める人が多いのが特徴です。
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S – 自営業者【専門家】(Self-Employed):
- 自営業者は、自分の仕事を持ち、フリーランスや小規模ビジネスのオーナー、コンサルタントなどがこれに該当します。自分の時間や労力を使って収入を得るため、自由度は高いですが、収入の安定性や長時間労働のリスクも伴います。
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B – ビジネスオーナー【経営者】(Business Owner):
- ビジネスオーナーは、他の人やシステムが働くビジネスを構築します。自分が直接働かなくても、他者やシステムによって収入が得られる形を目指します。収入を「スケールアップ(拡大)」できるのが特徴で、個人の労働時間に依存せず、収入を増やすことが可能です。
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I – 投資家(Investor):
- 投資家は、株式や不動産、その他の資産から収入を得る人々です。資産に働かせることで、労働せずに収入が得られる「パッシブインカム」を目指します。このクワドラントは、投資の利益だけで生活できる経済的自立を表します。
ESBIモデルの目的は、左側の「E(従業員)」や「S(自営業者)」から、右側の「B(ビジネスオーナー)」や「I(投資家)」に移行し、労働に依存しない収入源を確保することで、経済的自由を目指すことです。キヨサキは、資産を所有し、システムを作り上げることで、時間や労力に縛られずに収入を得ることの重要性を強調しています。
この考え方から言うと、『お金持ち』と言われる人は、
「B(ビジネスオーナー)」や「I(投資家)」
と言われる人たちになる。
ある意味で、それも才能で天才なのは間違いない。
でも、実際に才能がある!って思われて、天才!って言われる、思われる人たちとはなぜが違っているのが不思議に感じてしまう。
もし、自分の才能だと思えることがあるんだとしたら?
もし、自分の才能が何なのか?
他の人より上手く出来る?
やっていて楽しい?
自分の趣味や好きなコト?
もちろん自分の好きなコトが才能なら言うことは無いだろう。
何が自分の好き!なのか?で、そこから収入が発生すれば良いことかもしれない。
(実際にはそうでもないのが現実だけど・・・)
一つの自分の才能の見つけ方
好きが大前提にあるのは必要なことだろう。好きじゃないと、どれだけ上手く出来ても、楽しくない。
楽しくないと笑えないから輝けない。輝いていない人からは何も与えられないし、見いだせないから、活かせない。
活かせないと、人はそれを才能とは認めてくれないかもしれない。
だとしたら?
もっと単純に考えた方が良いだろう。
何が才能?かって考えた時に、お金を繋げようとするから難しくなるし、分からなくなる。
お金にならないことは、才能じゃないって思われているのが悲しい。
自分の好きなコトが才能でいいじゃないか!
とは、思う。
でも、あえて言うなら・・・
時間を忘れられるもの。
大切な時間。自分にとって、重要で何ものにも代えられない特別なモノ。
それが時間。
そんな自分の時間を忘れてしまう、気がつくと時間が無くなってしまう・・・
それほど熱中出来て、楽しめて、夢中になれるものが才能って言えるものだろう。
お金にならないかもしれない。
将来の自分の為にならないかもしれない。
人生で特別な結果を出さないかもしれない。
でも、自分の特別なモノを見失うくらいに楽しめて、熱中できるものが才能以外のなんだって言えるのか?
でもね?
受動的なのは違うよ?
漫画や小説を読んでいたり・・・SNSや動画を見ていたり・・・
受け取るだけでは違うよ?
行動としてアクションとして起こせているモノが、才能です。
何でもいい。釣りでも、絵描きでも、登山やサイクリングでも、車いじりでもなんでも・・・
時間を忘れて楽しめるものが才能と言えるだろう。
そして、自分が笑顔で輝いている!
って言える状況の時にしていることが才能って言っていいじゃないかな?









