戦国疾風伝 二人の軍師 1月2日
今日、渋谷駅に降り立ったら大きな看板に「竹中半兵衛」の文字が。
1月2日にテレビ東京さんで夕方16時から一挙7時間放送で
戦国疾風伝 二人の軍師が放送されるということです。
尊敬する歴史上の人物で個人的にNO.1が竹中重治(半兵衛)殿。
目に見える、武功はあまりあげていない。
手柄が簡単にあげられそうな仕事はみんなに割り振っちゃって
自分は、一番難しい仕事にとりかかる。
それが唯一の楽しみだったみたいな孤高の天才軍師。
秀吉にニ兵衛あり。といわれるくらいで
竹中半兵衛殿と黒田官兵衛殿の二人のエピソードがとても好き。
短い生涯で書物などにもあまり記録そのものが残らないのに
後世にとても高い評価をされる人は、きっととてつもない人物だったと思う。
戦国時代は竹中半兵衛殿
江戸時代は徳川家康さん
幕末明治は渋沢栄一先生
戦後はP.F.ドラッカー先生
尊敬する偉人に日々学ぶことは本当に多い。理想だけは高く高く。今日より明日。
一日にかすかにでも成長できるように。
戦国疾風伝
1月2日にテレビ東京さんで夕方16時から一挙7時間放送で
戦国疾風伝 二人の軍師が放送されるということです。
尊敬する歴史上の人物で個人的にNO.1が竹中重治(半兵衛)殿。
目に見える、武功はあまりあげていない。
手柄が簡単にあげられそうな仕事はみんなに割り振っちゃって
自分は、一番難しい仕事にとりかかる。
それが唯一の楽しみだったみたいな孤高の天才軍師。
秀吉にニ兵衛あり。といわれるくらいで
竹中半兵衛殿と黒田官兵衛殿の二人のエピソードがとても好き。
短い生涯で書物などにもあまり記録そのものが残らないのに
後世にとても高い評価をされる人は、きっととてつもない人物だったと思う。
戦国時代は竹中半兵衛殿
江戸時代は徳川家康さん
幕末明治は渋沢栄一先生
戦後はP.F.ドラッカー先生
尊敬する偉人に日々学ぶことは本当に多い。理想だけは高く高く。今日より明日。
一日にかすかにでも成長できるように。
戦国疾風伝
クッキー 店頭在庫復活しております。
クッキー年内発送分が完了しました。
クッキー、クッキー、クッキー、クッキーなアフタークリスマスでした。
2日ほど、在庫が薄くなりお客様には大変ご迷惑おかけしました。
店頭在庫は、通常レベルまで復活しました。
お年賀等対応できます。
明日が2010年最後の営業日となりますのでよろしくお願いいたします。
クッキー、クッキー、クッキー、クッキーなアフタークリスマスでした。
2日ほど、在庫が薄くなりお客様には大変ご迷惑おかけしました。
店頭在庫は、通常レベルまで復活しました。
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明日が2010年最後の営業日となりますのでよろしくお願いいたします。
知識社会における「成功」という最低条件
これほどまでに
人生における「成功」を求められる社会は
いまだかつて存在しなかったと思う
女性においては「美」の成功を求められる
ダイエット、美容、エステ
理想の美を求めて女性達の挑戦は尽きることはない
2020年以降
成功は、特別な事業や仕事を起こした人が得られるべき特殊な体験ではなく
人生でいきていくための最低条件となる時代がくるように思う。
ここでいう「成功」は、年収1000万だ、年商10億の企業を創業する
東大に合格するとかというものとは全く関係がない
会社では全く使えないと言われる人が、家庭や地域では素晴らしいお父さんであることはあるし
会社では100人の部下を持つリーダーでありながら、家庭では娘と良好な関係すら気づけない父もいる
知識社会において、「成功」とは
自らの生まれ持った才能を社会において発揮して貢献していること。という新しい定義が必要となる
つまり、成功していないということは
自己の才能や強みを自身で知ることなく、社会的に貢献ができていないということ
それをすべて自己責任として誰もが負うことになるという想像を絶する厳しい社会なのかもしれない
ただ、この世界において自分に起こるすべてのことが「自分の責任」として受け入れられる人にとって
次の社会は、とてつもなくグレイスフルな社会になる。
それはつまり、金銭や地位や名声では次世代の若者の多くは動かすこともできない
何故なら、「自分が才能を発揮して社会に貢献できている」という実感こそが
企業に所属したり、活動したりするときの根源的な欲求になってくるからだと思う
ハングリー精神などはない。生まれてこのかた、腹が減った。と我慢すらしたことない世代に
ハングリー精神はないと思う。
頑張れ。我慢しろ。忍耐。そういったものを重要に思える若者はとても稀だと思う。
ただ、弱い世代だと言われがちがだが、それも違うと思う。
僕ら以降の世代の多く(もちろん例外はいつの時代もいっぱいいる)は、
自分が貢献できているという実感においては出世も名声もときには金銭も必要ない
人生のすべてをそれにかける熱い情熱を秘めた世代だから
もちろん、金銭的な待遇もある基準までは必要だけど
次の世代は、「志」を求める世代になる。強力なヴィジョン、壮大な社会貢献と理想がない企業には
人すら集まらないかもしれない。
将来、今ある大学の50%はなくなる気もする。知識社会において大学がなくなるのは違和感があるが
知識社会においては特殊な分野でなければ、1年でも早く社会に出て創業するほうが早い。
今後中学生の年齢くらいで創業をする若者は増える。
インターネットで取引をして、はじめて直接あったら、取引先の社長が中学生だったなんてことは
珍しい時代では無くなる。それと全く同じ割合で30歳まで特別何もしない若者もでてくる。
自己責任時代の格差は想像を絶するものになる気がしている。
でも誰も教えてくれない。僕らが親になっても教えることはできないかもしれない。
人類の誰も体験していないことは、どうしようもない。
でも僕の子供かその子供の世代だと思うけど、その世代が起こすイノベーションを楽しみにしている
2030年には、成功の基準が「志」を果たしているかどうかになるのかもしれない。
「自分の人生を何をもって成功とするか?」
という自問を常に自らに問いかけていくと、求めているものが見えてくるかもしれない
2050年 僕が70歳を迎えた時に
グレイスフルスイーツ、グレイスフルライフ、次世代のイノベーションを
オールドタイプとして旧世代の人間だけど、楽しめるように
今からどれだけの種をまいておけるのかはとても大切にしておきたい
ドラッカー先生曰く、
「労働寿命の伸長が明らかになった30年前、私を含め多くのものが、ますます多くの定年退職者が
ボランティアとして非営利組織で働くようになると予測した。
そうはならなかった。
40歳、あるいはそれ以前にボランティアの経験をしたことない人たちが
60歳になってボランティアをすることは難しかった」
この一文は、当時、僕にとって衝撃がありすぎる言葉であり、理由はわからなかったがこのごろひとつの
仮説は浮かび上がってきた。
人生のすべては無数の点と点でつながっていてそれを一つの線に結びつける作業がライフワークだから
60を迎えた時点でそこに第二の人生となる何かの点が若き日においてなければ
つなげる点がないということ。
20代、30代、遅くても40代には、50歳以降の人生への種まきという点をつくる作業は大切なように思う
すべてはつながっていく。
だからグレイスフルライフにつながる種をまこう。
人生における「成功」を求められる社会は
いまだかつて存在しなかったと思う
女性においては「美」の成功を求められる
ダイエット、美容、エステ
理想の美を求めて女性達の挑戦は尽きることはない
2020年以降
成功は、特別な事業や仕事を起こした人が得られるべき特殊な体験ではなく
人生でいきていくための最低条件となる時代がくるように思う。
ここでいう「成功」は、年収1000万だ、年商10億の企業を創業する
東大に合格するとかというものとは全く関係がない
会社では全く使えないと言われる人が、家庭や地域では素晴らしいお父さんであることはあるし
会社では100人の部下を持つリーダーでありながら、家庭では娘と良好な関係すら気づけない父もいる
知識社会において、「成功」とは
自らの生まれ持った才能を社会において発揮して貢献していること。という新しい定義が必要となる
つまり、成功していないということは
自己の才能や強みを自身で知ることなく、社会的に貢献ができていないということ
それをすべて自己責任として誰もが負うことになるという想像を絶する厳しい社会なのかもしれない
ただ、この世界において自分に起こるすべてのことが「自分の責任」として受け入れられる人にとって
次の社会は、とてつもなくグレイスフルな社会になる。
それはつまり、金銭や地位や名声では次世代の若者の多くは動かすこともできない
何故なら、「自分が才能を発揮して社会に貢献できている」という実感こそが
企業に所属したり、活動したりするときの根源的な欲求になってくるからだと思う
ハングリー精神などはない。生まれてこのかた、腹が減った。と我慢すらしたことない世代に
ハングリー精神はないと思う。
頑張れ。我慢しろ。忍耐。そういったものを重要に思える若者はとても稀だと思う。
ただ、弱い世代だと言われがちがだが、それも違うと思う。
僕ら以降の世代の多く(もちろん例外はいつの時代もいっぱいいる)は、
自分が貢献できているという実感においては出世も名声もときには金銭も必要ない
人生のすべてをそれにかける熱い情熱を秘めた世代だから
もちろん、金銭的な待遇もある基準までは必要だけど
次の世代は、「志」を求める世代になる。強力なヴィジョン、壮大な社会貢献と理想がない企業には
人すら集まらないかもしれない。
将来、今ある大学の50%はなくなる気もする。知識社会において大学がなくなるのは違和感があるが
知識社会においては特殊な分野でなければ、1年でも早く社会に出て創業するほうが早い。
今後中学生の年齢くらいで創業をする若者は増える。
インターネットで取引をして、はじめて直接あったら、取引先の社長が中学生だったなんてことは
珍しい時代では無くなる。それと全く同じ割合で30歳まで特別何もしない若者もでてくる。
自己責任時代の格差は想像を絶するものになる気がしている。
でも誰も教えてくれない。僕らが親になっても教えることはできないかもしれない。
人類の誰も体験していないことは、どうしようもない。
でも僕の子供かその子供の世代だと思うけど、その世代が起こすイノベーションを楽しみにしている
2030年には、成功の基準が「志」を果たしているかどうかになるのかもしれない。
「自分の人生を何をもって成功とするか?」
という自問を常に自らに問いかけていくと、求めているものが見えてくるかもしれない
2050年 僕が70歳を迎えた時に
グレイスフルスイーツ、グレイスフルライフ、次世代のイノベーションを
オールドタイプとして旧世代の人間だけど、楽しめるように
今からどれだけの種をまいておけるのかはとても大切にしておきたい
ドラッカー先生曰く、
「労働寿命の伸長が明らかになった30年前、私を含め多くのものが、ますます多くの定年退職者が
ボランティアとして非営利組織で働くようになると予測した。
そうはならなかった。
40歳、あるいはそれ以前にボランティアの経験をしたことない人たちが
60歳になってボランティアをすることは難しかった」
この一文は、当時、僕にとって衝撃がありすぎる言葉であり、理由はわからなかったがこのごろひとつの
仮説は浮かび上がってきた。
人生のすべては無数の点と点でつながっていてそれを一つの線に結びつける作業がライフワークだから
60を迎えた時点でそこに第二の人生となる何かの点が若き日においてなければ
つなげる点がないということ。
20代、30代、遅くても40代には、50歳以降の人生への種まきという点をつくる作業は大切なように思う
すべてはつながっていく。
だからグレイスフルライフにつながる種をまこう。
一人一人が自分の人生をマネジメントしなければいけない時代
ドラッカー先生いわく
これからは
一人一人が自分の人生をマネジメントしなければいけない時代
そして、歴史上誰も体験をしていないから
誰も教えてくれない。
自分で見つけていくしかない。
企業の寿命は平均で30年。これからもう少し短くなるかもしれない。
20歳から働きはじめて仮に70くらいまではなんらか仕事に就こうと思えば
50年間働く。
40代で勤めていた会社が突如なくなり新しい仕事を探すことは
2020年~30年には当たり前の出来事。
これは終身雇用制のもとで仕事をしてきた僕らの親の世代では到底考えられないこと
会社を経営する「経営者」でなくても、自分の人生を誰もが「経営」する必要にせまられるという
未知の時代。
いつか、グレイスフルライフという言葉は、
2020年以降、自分の人生をマネジメントし経営した人がたどりつける優しく美しい人生という
代名詞になるといいなと思います。
マクロビオティックもそう、答えは世界中の誰も教えてくれない。
人生の最期に自分の人生を振り返って、食生活やライフスタイルを振り返り
汝は、この世界に生まれてきた役割を果たせたか?
という答えにどのような答えをだせるのかで決まるもの。
ドラッカー先生いわく
「自分は人に何によって憶えられたいか?」
という問いはそれと同じものだと思います。
今の10代、20代の人ならばもうその探求を深くはじめなければならない。
30代、40代ならば、もはやサラリーマンでも主婦であっても
経営者のごとく、自身をマネジメントする能力を身につけていなければ
愛する家族ですら守るのが難しい時代になるのかもしれない。
未来はわからない。けどいかなる未来にも対応できる自分を創り上げることが大切なことはたしかだと思う。
しかしながら、多くの人が、その未知の社会変化に対応することは、
結果、より自由で理想的な人生でもある、グレイスフルライフを手に入れると思う。
それは人類史上はじめてのことにつながる。
サラリーマン、主婦、あらゆる人々がエグゼクティブにならざるをえなくなれば
30年後の未来は、今とは次元の違う社会になっているはず。
何故なら、一人一人がエグゼクティブだということは、
一人一人が自分が生きていくための仕事を自らゼロから創造するということに他ならないから。
就職活動は特殊な少数の活動となり、創業(もしくはそれに似たこと)
が大学卒業後の就職活動に変わるかもしれない。
私たちがうけてきた現在の学校教育は30年後には存在しないかもしれない。
一人一人がエグゼクティブにならざるをえない時代において、同じ教科書で万能型の人材を教育する
今の学校教育では全くといっていいほど役にたたない。
だから僕らの子供の世代は、たぶん戦国時代なみに若くして独立した子供達が出現する。
たとえれば、プロゴルファーの僚くんのようなイメージ。
僕ら団塊ジュニアの子供かその子供の世代で、
明治維新、戦後の大復興につづぐ、日本三大イノベーションがもたらされると思う。
その3つ目の社会的イノベーションは、具体的にはまだ明確にいえないけど
多くの「サラリーマン」が明治維新の「武士」のように消えるようなイノベーションだと思う。
でもそれは、一人一人が生まれ持った天賦の才を輝かせるとてもグレイスフルな未来。
これからは
一人一人が自分の人生をマネジメントしなければいけない時代
そして、歴史上誰も体験をしていないから
誰も教えてくれない。
自分で見つけていくしかない。
企業の寿命は平均で30年。これからもう少し短くなるかもしれない。
20歳から働きはじめて仮に70くらいまではなんらか仕事に就こうと思えば
50年間働く。
40代で勤めていた会社が突如なくなり新しい仕事を探すことは
2020年~30年には当たり前の出来事。
これは終身雇用制のもとで仕事をしてきた僕らの親の世代では到底考えられないこと
会社を経営する「経営者」でなくても、自分の人生を誰もが「経営」する必要にせまられるという
未知の時代。
いつか、グレイスフルライフという言葉は、
2020年以降、自分の人生をマネジメントし経営した人がたどりつける優しく美しい人生という
代名詞になるといいなと思います。
マクロビオティックもそう、答えは世界中の誰も教えてくれない。
人生の最期に自分の人生を振り返って、食生活やライフスタイルを振り返り
汝は、この世界に生まれてきた役割を果たせたか?
という答えにどのような答えをだせるのかで決まるもの。
ドラッカー先生いわく
「自分は人に何によって憶えられたいか?」
という問いはそれと同じものだと思います。
今の10代、20代の人ならばもうその探求を深くはじめなければならない。
30代、40代ならば、もはやサラリーマンでも主婦であっても
経営者のごとく、自身をマネジメントする能力を身につけていなければ
愛する家族ですら守るのが難しい時代になるのかもしれない。
未来はわからない。けどいかなる未来にも対応できる自分を創り上げることが大切なことはたしかだと思う。
しかしながら、多くの人が、その未知の社会変化に対応することは、
結果、より自由で理想的な人生でもある、グレイスフルライフを手に入れると思う。
それは人類史上はじめてのことにつながる。
サラリーマン、主婦、あらゆる人々がエグゼクティブにならざるをえなくなれば
30年後の未来は、今とは次元の違う社会になっているはず。
何故なら、一人一人がエグゼクティブだということは、
一人一人が自分が生きていくための仕事を自らゼロから創造するということに他ならないから。
就職活動は特殊な少数の活動となり、創業(もしくはそれに似たこと)
が大学卒業後の就職活動に変わるかもしれない。
私たちがうけてきた現在の学校教育は30年後には存在しないかもしれない。
一人一人がエグゼクティブにならざるをえない時代において、同じ教科書で万能型の人材を教育する
今の学校教育では全くといっていいほど役にたたない。
だから僕らの子供の世代は、たぶん戦国時代なみに若くして独立した子供達が出現する。
たとえれば、プロゴルファーの僚くんのようなイメージ。
僕ら団塊ジュニアの子供かその子供の世代で、
明治維新、戦後の大復興につづぐ、日本三大イノベーションがもたらされると思う。
その3つ目の社会的イノベーションは、具体的にはまだ明確にいえないけど
多くの「サラリーマン」が明治維新の「武士」のように消えるようなイノベーションだと思う。
でもそれは、一人一人が生まれ持った天賦の才を輝かせるとてもグレイスフルな未来。
ロージア 発売開始
個人的に今あるグレイスフルスイーツの中で
一番美味しいと思っているのが
スクールでのみお出ししている、「ロージア」
店頭での発売も今後できそうなのでお届けしていきたいと思います。
葛のタルトにソイクリームにフレッシュなフランボワーズをつめて
フランボワーズピュレーとエグランティーヌ(野バラ)にカシスのナパージュ
このロージアそのものも2011年はより魅力的に磨きあげたいと思います。
一番美味しいと思っているのが
スクールでのみお出ししている、「ロージア」
店頭での発売も今後できそうなのでお届けしていきたいと思います。
葛のタルトにソイクリームにフレッシュなフランボワーズをつめて
フランボワーズピュレーとエグランティーヌ(野バラ)にカシスのナパージュ
このロージアそのものも2011年はより魅力的に磨きあげたいと思います。