へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -32ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇143篇】o19  ダビデの賛歌


psm143:1  主よ。私の祈りを聞き、私の願いに耳を傾けてください。あなたの真実と義によって、私に答えてください。

psm143:2  あなたのしもべをさばきにかけないでください。生ける者はだれひとり、あなたの前に義と認められないからです。

psm143:3  敵は私のたましいを追いつめ、私のいのちを地に打ち砕き、長く死んでいる者のように、私を暗い所に住まわせたからです。

psm143:4  それゆえ、私の霊は私のうちで衰え果て、私の心は私のうちでこわばりました。

psm143:5  私は昔の日々を思い出し、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたの御手のわざを静かに考えています。

psm143:6  あなたに向かって、私は手を差し伸べ、私のたましいは、かわききった地のように、あなたを慕います。セラ

psm143:7  主よ。早く私に答えてください。私の霊は滅びてしまいます。どうか、御顔を 私に隠さないでください。私が穴に下る者と等しくならないため。

psm143:8 朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから。

psm143:9  主よ。私を敵から救い出してください。私はあなたの中に、身を隠します。

psm143:10 あなたのみこころを行なうことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから。あなたのいつくしみ深い霊が、平らな地に私を導いてくださるように。

psm143:11  主よ。あなたの御名のゆえに、私を生かし、あなたの義によって、私のたましいを苦しみから連れ出してください。

psm143:12  あなたの恵みによって、私の敵を滅ぼし、私のたましいに敵対するすべての者を消し去ってください。私はあなたのしもべですから。

。。。。。。。。。。



おはようございます。

今週土曜日はお休みなものですから・・・少し踏ん張ります。

身体は老化していきますね。。疲れが取れない・・なんて。



では早速詩篇を共に。

僕が今日心に留まったのはこんな言葉。

psm143:4  それゆえ、私の霊は私のうちで衰え果て、私の心は私のうちでこわばりました。

psm143:5  私は昔の日々を思い出し、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたの御手のわざを静かに考えています。

psm143:6  あなたに向かって、私は手を差し伸べ、私のたましいは、かわききった地のように、あなたを慕います。セラ






どうでしょう。。。

霊・・たましい・・私(肉体)。



僕らは、肉体をもってこの世に生まれる。

肉体の中にたましいを宿らせて。


ジーザスが十字架の死をもって、僕らのズレを罰を清算されたという事を信じた時

神様からの命である、霊が漏れなく与えられる。






肉体に制限されたたましいは

問題の解決は、その肉体が経験した過去や頭でしか見出すことが出来ない。



でも、ダビデさんは

私の霊は私のうちで衰え果て、私の心は私のうちでこわばりました。 と語った。


何故だろう?




霊は神様と繋がってるから

空間そして時を越えた解決を得る事が出来る。のに。。


僕らはどうしても、肉体に制限されたモノの考え方しか日頃からできないモノだ。



だから続けてこう語られている。

私は昔の日々を思い出し、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたの御手のわざを静かに考えています。



静かに神様がされたコトを思い巡らしてみませんか?

神様が創られた世界の一つ一つを見つめながら。。

神様が与えて下さった過去を思い出しながら。


僕ら自身が経験していないことは

バイブルを開いて、その昔神様がなされたことに思いをめぐらせながら。。



そしてこの詩篇を自分の言葉として発しながら過ごしたいですね。

psm143:6  あなたに向かって、私は手を差し伸べ、私のたましいは、かわききった地のように、あなたを慕います。セラ



ダビデさんのように。

弱さ・貧しさの中に真実への入り口がある。

乾ききった地のような、失望しかけの心の状態こそが、本当の僕らの始まりだから。ネ。。



では、今日も神様が備えられた素敵な一日に

一緒に素敵を捜しに出かけましょうね。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇142篇】o19  ダビデのマスキール。彼が洞窟にいたときに。祈り


psm142:1  私は主に向かい、声をあげて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。

psm142:2  私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表わします。

psm142:3  私の霊が私のうちで衰え果てたとき、あなたこそ、私の道を知っておられる方です。私が歩く、その道に、彼らは、私に、わなを仕掛けているのです。

psm142:4  私の右のほうに目を注いで、見てください。私を顧みる者もなく、私の逃げる所もなくなり、私のたましいに気を配る者もいません。

psm142:5  主よ。私はあなたに叫んで、言いました。「あなたは私の避け所 、生ける者の地で、私の分の土地です。

psm142:6  私の叫びに耳を留めてください。私はひどく、おとしめられていますから。どうか、私を迫害する者から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。

psm142:7  私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。正しい者たちが私の回りに集まることでしょう。あなたが私に良くしてくださるからです。」  

。。。。。。。。。。


おはようございます。

疲れが溜まってまする。疲れたら寝ないと・・・。



では、早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm142:7  私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。




僕らのたましいは、牢獄に繋がれるって事かな?

牢獄に繋がれることになれば、全てを創られ備えられた神様を感謝する事が出来なくなる。



辛い思いを繰り返し、希望を失う時に僕らはみんなそんな状態に陥る。

だから、其処から自分自身が解放されるにはダビデは神様が必要だと語っている。


どんなに失望したとしても

僕らは神様の存在を思い起こし、いつも最善しか行われない働きを言葉にして発する時

僕らの心は開放される。




自分自身の意志で感謝する事が出来ないこともある。

そこまで、疲れ果てることもある。



それでもイイ。

問題ない。


ダビデさんはそんな力も無い時を、何度も経験していた。

だから

この詩篇で 私があなたの御名に感謝するようにしてください。 と語られた。



それでいいのだ。

僕らはそれほど、弱いときがあり、

まだ力があるから・・・なんて思えても、弱さを自覚することが必要なのかもしれない。



それでイイ。

弱さを知ることがとても大切な事。




今日も自分の弱さを自覚する時もあるでしょうね。

そんな時、今日のこのダビデさんの詩を思い出して、言葉に発してみませんか?



今日も素敵に過ごしに出かけましょう。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇141篇】o19  ダビデの賛歌


psm141:1  主よ。私はあなたを呼び求めます。私のところに急いでください。私があなたに呼ばわるとき、私の声を聞いてください。

psm141:2  私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように。

psm141:3 主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください。

psm141:4  私の心を悪いことに向けさせず、不法を行なう者どもとともに、悪い行ないに携わらないようにしてください。私が彼らのうまい物を食べないようにしてください。

psm141:5  正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。それは頭にそそがれる油です。私の頭がそれを拒まないようにしてください。彼らが悪行を重ねても、なおも私は祈ります。

psm141:6  彼らのさばきづかさらが岩のかたわらに投げ落とされたとき、彼らは私のいかにも喜ばしいことばを聞くことでしょう。

psm141:7  人が地を掘り起こして砕くときのように、私たちの骨はよみの入口にまき散らされました。

psm141:8  私の主、神よ。まことに、私の目はあなたに向いています。私はあなたに身を避けます。私を放り出さないでください。

psm141:9  どうか、彼らが私に仕掛けたわなから、不法を行なう者の落とし穴から、私を守ってください。

psm141:10  私が通り過ぎるそのときに、悪者はおのれ自身の網に落ち込みますように。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

じめじめジトジトしてますね~。

こういう季節も大切なんですよね。きっと。。神様は僕らの知らない事も知って必要な者を満たして下さっているから。


では今日も共に詩篇を。

今日僕の心に留まった言葉はコチラ。

psm141:3 主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください。

psm141:4  私の心を悪いことに向けさせず、不法を行なう者どもとともに、悪い行ないに携わらないようにしてください。私が彼らのうまい物を食べないようにしてください。

psm141:5  正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。それは頭にそそがれる油です。私の頭がそれを拒まないようにしてください。彼らが悪行を重ねても、なおも私は祈ります。





何か面白い表現ですよね。

中々こんな言葉を発する人はいないもんね。



ダビデさんは何故こんな言葉を発したんでしょう・・・。



僕ら人は、いつも思考を選択している。

その選択した言葉を信じて発することにより

頭はソレを証明しようとフル回転し始める仕組みになっている。



この創られた体(頭・思考)の仕組みを

サタンに奪われていく事を知っていたからダビデさんはこう発してるのかもネ。





僕らが必要なのは

正しい思考の選択をする事と、

信じて身体を管理する為に言葉を発する事が大切なのかもしれない。



こんな言葉もあるからね。

prv25:28  自分の心を制する ことができない人は、城壁のない、打ちこわされた町のようだ。





心を管理することは自分自身で中々出来るもんではない。

だから、正しい者が愛情をもって私を打ち、私を責めますように。って云ってるんだよね。

自分で出来る事が無いと知るコトが、自分を管理することに繋がる。


弱さ・貧しさの中に神様の恵みが詰まっている。

今日もそんな弱さ・貧しさを感じることが多いだろうけど、それは恵み。喜びの始まり。




今日も素敵な一日を楽しみましょう。

貧しさ・弱さも素敵に繋がるなら、全てを喜べるかも。だね。

隠された素敵を捜しに今日も一緒に出かけましょうネ。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇140篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm140:1  主よ。私をよこしまな人から助け出し、暴虐の者 から、私を守ってください。

psm140:2  彼らは心の中で悪をたくらみ、日ごとに戦いを仕掛けています。

psm140:3  蛇のように、その舌を鋭くし、そのくちびるの下には、まむしの毒があります。セラ

psm140:4  主よ。私を悪者の手から守り、暴虐の者 から、私を守ってください。彼らは私の足を押し倒そうとたくらんでいます。

psm140:5  高ぶる者は、私にわなと綱を仕掛け、道ばたに網を広げ、私に落とし穴を設けました。セラ

psm140:6  私は主に申し上げます。「あなたは私の神。主よ。私の願いの声を聞いてください。

psm140:7  私の主、神、わが救いの力よ。あなたは私が武器をとる日に、私の頭をおおわれました。

psm140:8  主よ。悪者の願いをかなえさせないでください。そのたくらみを遂げさせないでください。彼らは高ぶっています。セラ

psm140:9  私を取り囲んでいる者の頭。これを彼のくちびるの害毒がおおいますように。

psm140:10  燃えている炭火が彼らの上にふりかかりますように。彼らが火の中に、また、深い淵に落とされ、彼らが立ち上がれないようにしてください。

psm140:11  そしる者 が地上で栄えないように。わざわいが暴虐の者 を急いで捕えるようにしてください。」

psm140:12  私は知っています。主は悩む者の訴えを支持し、貧しい者に、さばきを行なわれることを。

psm140:13  まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

中々眠れない夜もあるのでございます。

子供達に蹴られながら寝る場所を失うって解ります??

なので、少し眠たい状態です。


では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm140:2  彼らは心の中で悪をたくらみ、日ごとに戦いを仕掛けています。




いやだよね・・・。

日ごと戦いを仕掛けにくる奴。


ダビデさんに仕掛けた暴虐の者って誰なんだ。。

そいつは僕らにも戦いを仕掛けにきている。


その性質は、「高ぶる者」で「そしる者」だ。

そいつは僕らの心に囁きながら、同じように高ぶらせて、他人を悪く言わせるよう仕向けさせられる。

何か解るでしょ。僕らの心に囁く奴の事。


それは、ある時は、自分自身を攻撃する言葉を囁く。

まるで自分自身の心がそうに違いないと云ってるように。




僕らは自分自身から出た言葉のように考え、

自己を責め、自己憐憫に陥る。


暴虐のものは僕ら自身を愛する事が出来ないように仕向けさせ

隣人への関心を失わせる。




僕らは誰と戦うのかを知ることで

その戦いに勝利することが出来る。





暴虐の者にすでに勝利された方が居られるのだから。

大丈夫。

僕らは負けることは無い。

そして、自分自身を尊く思い、隣人に関心を持って愛することも出来る。


戦いの相手を知る事で僕らは無敵になる。

当然日ごとの戦いで暴虐の者は酷いことをするだろうけど・・・その戦いは既に勝利する事になってるんだから。。

混沌とした暗闇の中ではその確信は得られることが少ない。

だから、そんな時はダビデさんのこの言葉を自分の言葉として共に発してみましょうね。




では、今日も神様が備えられた一日。

隠された素敵を捜しに今日も一緒にでかけましょう~。

・・・・・・・・・・

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E7%9E%91%E6%83%B3Ps140%2FC

  • 詩篇138篇~145篇までのひとつのまとまりの表題に「ダビデによる、ダビデの」といった名前がついております。それはダビデの霊性が色濃く出ている詩篇だとみなしてよいと考えます。それはイエス・キリストによって完成し、初代教会、とりわけ使徒パウロらに引き継がれていきます。
  • ではダビデの霊性とはいったい何か。
    詩篇138篇では、ダビデの信仰が常に神のゆるぎない恩寵によって支えられていること、そしてその神の恩寵に対するダビデの礼拝のあり方が非常に豊かであるということを見ました。
    詩篇140篇では、神に知られている(愛されている)自分の存在を認識しつつ、神と対峙する自分の心の中に、傷ついた心があるかどうかを見て、とこしえの道に導いてくださいと祈る姿を見ました。
  • 今回の140篇では、敵に対峙する姿を見ることができます。ダビデにしても、御子イエスにしても、油注ぎを受けたときからその生涯のすべてにおいて敵と対峙します。それゆえ敵と戦う術を身に着けなければなりませんでした。詩篇140篇では自分を「悩む者」(アーニー)、「貧しき者」(エヴィヨン)としています。この表現は神に頼らなければ生きていけない存在であることを自覚したものです。敵に対峙するにあたって、神に全面的に依存したのです。
  • 御子イエスが公生涯に入られてから、当時のユダヤ社会を宗教的に支配していたパリサイ人たちや律法学者たちと対峙することが余余儀なくされます。福音書を読んでいくと彼らと対峙するイエスの態度には力があります。イエスを陥れようとする敵の企てを見破り、議論で負けることは決してありませんでした。しかしそうした背後には、イエスがいつも一人になって隠れたいのりの生活がありました。その祈りは記されていませんが、当然、詩篇の祈りを祈っていたと考えられます。詩篇140篇は、「よこしまな人」、「暴虐の者たち」からの守りを祈っています。それだけでなく、彼らの企てが失敗するように祈っています。そして貧しい者に対して正しいさばきがなされることを確信しています。
  • 決して、自分の感情で動かされることなく、自分の力で敵に立ち向かうことなく、常に、神を信頼し、神の守りの中に自らを置きつつ、敵に立ち向かったことを心に留めたいと思います。

・・・・・・・・・・

。。。。。。。。。。

 

【詩篇139篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm139:1  主よ。あなたは私を探り 、私を知っておられ ます。

psm139:2  あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。

psm139:3  あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。

psm139:4  ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。

psm139:5  あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。

psm139:6  そのような 知識は 私にとってあまりにも不思議、あまりにも高くて、及びもつきません。

psm139:7 私はあなたの御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。

psm139:8  たとい、私が天に上っても 、そこにあなたはおられ、私がよみに床を設けても 、そこにあなたは おられます。

psm139:9  私が暁の翼をかって 、海の果てに住んでも、

psm139:10  そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます。

psm139:11  たとい私が「おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、

psm139:12  あなたにとっては、やみも暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。

psm139:13  それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。

psm139:14  私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。

psm139:15  私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。

psm139:16  あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物 にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。

psm139:17  神よ。あなたの御思いを知る のはなんとむずかしいこと でしょう。その総計は、なんと多いことでしょう。

psm139:18  それを数えようとしても、それは砂よりも数多いのです。私が目ざめるとき、私はなおも、あなたとともにいます。

psm139:19  神よ。どうか悪者を殺してください。血を流す者どもよ。私から離れて行け。

psm139:20  彼らはあなたに悪口を言い、あなたの敵は、みだりに御名を口にします。

psm139:21  主よ。私は、あなたを憎む者たちを憎まないでしょうか。私は、あなたに立ち向かう者を忌みきらわないでしょうか。

psm139:22  私は憎しみの限りを尽くして彼らを憎みます。彼らは私の敵となりました。

psm139:23  神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。

psm139:24  私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。

。。。。。。。。。。



おはようございます。

今日は7月2日。折り返し地点を過ぎたところ。



では早速共に詩篇を。

少し長いけど、素敵な詩のようなダビデさんの言葉。

その中でも僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm139:11  たとい私が「おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、

psm139:12  あなたにとっては、やみも暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。




僕らは神様に愛されている。

神様は光。


僕らが暗闇で覆われるような問題の中にある時、

忘れずに神様を求めよう。


だって、神様は光なんだから。




どれだけ問題が深く、混沌として前が見えない暗闇の様であっても

全く大丈夫。



だって、神様は光なんだから。





大丈夫。

 

jhn1:1 初めに 、ことばがあった 。ことばは神とともにあった。ことば 神であった

jhn1:2  この方は、初めに 神とともにおられた。

jhn1:3  すべてのものは、この方によって造られた 。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

jhn1:4   この方に いのちがあった。このいのちは人の光 であった。

jhn1:5  光はやみ の中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった



闇は絶対に光を打ち負かすことは出来ないんだから。




そして僕らはその光である神様に愛されている。

ね。・・・大丈夫でしょ。




今日も神様が備えられた一日。

隠された素敵を探しに今日も一緒に出かけましょうね。