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【詩篇56篇】o19 指揮者のために。「遠くの人の、もの言わぬ鳩」の調べに合わせて。
ダビデのミクタム。ペリシテ人が、ガテでダビデを捕えたときに
psm56:1 神よ。私をあわれんでください 。人が私を踏みつけ、一日中、戦って、私をしいたげます。
psm56:2 私の敵は、一日中、私を踏みつけています。誇らしげに私に戦いをいどんでいる者が、多くいます。
psm56:3 ★ 恐れのある日 に、私は、あなたに信頼します。
psm56:4 神にあって、私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者 が、私に何をなしえましょう。
psm56:5 一日中、彼らは私のことばを痛めつけています。彼らの思い計ることはみな、私にわざわいを加えることです。
psm56:6 彼らは襲い、彼らは待ち伏せ、私のあとをつけています。私のいのちをねらっているように。
psm56:7 神よ。彼らの不法のゆえに、彼らを投げつけてください。御怒りをもって、国々の民を打ち倒してください。
psm56:8 あなたは、私のさすらいをしるしておられます。どうか私の涙を、あなたの皮袋にたくわえてください。それはあなたの書には、ないのでしょうか。
psm56:9 それで、私が呼ばわる日に、私の敵は退きます。神が 私の味方 であることを私は知っています。
psm56:10 神にあって、私はみことばをほめたたえます。主にあって、私はみことばをほめたたえます。
psm56:11 私は、神に信頼しています。それゆえ、恐れません。人が、私に何をなしえましょう。
psm56:12 神よ。あなたへの誓いは、私の上にあります。私は、感謝のいけにえを、あなたにささげます。
psm56:13 あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。
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連休前の最終日。
おはようございます。
朝晩が大分涼しくなりましたね。
では、今日も早速共に詩篇を。
今日僕の心に留まったのはこんな言葉。
psm56:3 ★ 恐れのある日 に、私は、あなたに信頼します。
psm56:4 神にあって、私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者 が、私に何をなしえましょう。
ダビデさんが敵に捕らえられた時の歌。
そりゃ・・・それるでしょ。
殺される事も当然あり得る。
そんな中で、ようこんな言葉を発する事できますよね~。
凄い。。
でも、僕の個人的な推測ですが、
これは本当に心から溢れて発してる言葉とは思えないのです。
ダビデさんは何を選ぶ事が必要かを知っていただけだったのでは・・・と思うのです。
人は窮地に陥ると、心の視野が狭められて
それどころでは無くなる様に思えるのです。
どうでしょ。
僕とダビデさんは雲泥の差があるから、そうでも無いかもしれないんだけどね。
でも、
僕らはそんな窮地の問題になった時にも、
選ぶべき事が解っているなら、ダビデさんの様に選択する事が出来ると思われる。
ダビデさんが選んで発した言葉は、
神様の約束。
神様の実際。
僕らの心が恐れで満たされ、視野が狭められたとしても
神様の約束・・・神様の実際は変わる事が無い。
この地上が大嵐に見舞われ、真っ黒の雲によって光が留められてても
この雲を超える事が出来れば
太陽はサンサンと輝いている実際は変わらないのと一緒。
言葉は本当に大切。
僕らは信じるものに従う事になるんだから。
ダビデさんはこの事を知っていた。
サタンが神様の約束を受け取らせないように、僕らに暗闇の内に沈ませるのが目的。
僕らはダビデさんを見習う事によって神様を選ぶ事の恵みを体感する事になる。
ダビデさんのように
僕らは神様の約束、神様の実際を選ぶ事が出来る。
僕らには選ぶ事が出来る。
だって、
神様の僕らへの約束と、神様の実際はどんな事があろうとも変わる事が無いから。
心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?
僕らは今日も大丈夫!!
神様・・
eps1:17 どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、私に与えてくださいますように。
eps1:18 また、私の心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、
eps1:19 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、私が知ることができますように。
ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.
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詩56篇「しるす」 סָפַר サーファル
〔カテゴリー育成〕
8 節「あなたは、私のさすらいをしるしておられます。どうか、私の涙をあなたの革袋にたくわえてください。それは、あなたの書にはないのでしょうか。」 (新改訳)
Keyword; 「しるす、数える、書き留める、言う」 record, count, tell, declare,
- 「しるしておられる」と訳された動詞はサーファルסָפַר(saphar)で、旧約で105回、詩篇では36回で詩篇特愛の動詞と言えます。原義は「伝える、告げる」です。そのためは、正確に数えられ、書きとめられる必要があることから、「数える、書き留める、しるす」という意味が派生します。詩篇では圧倒的に「伝える、告げる」という意味で使われています。ですから、8節の「しるしておられます」という意味は、ここにしかないきわめて特別な恩寵を意味することばです。
- 後半にある「(あなたの)書」はサーファルの名詞形セフェルסֶפֵר(sepher)が使われていますが、名詞形になると書き記された書物(羊皮紙)を意味します。名詞形は詩篇では3回しか使われていませんが(ちなみに、旧約では185回)。その一つの箇所である詩139篇16節は有名です。「あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物סֶפֵרにすべてが、書き記されました。私のために作られた日々が、しかもその一日もないうちに。」
- 8節で神が「しるしておられるサーファルסָפַר(saphar)」の中身は、「私のさすらい」(新改訳、関根訳)、「わが放浪」(岩波訳)、「わたしの嘆き」(新共同訳、フランシスコ会訳)です。つまり、神が自分の苦難の人生を余すところなく覚えていてくださるということです。LB訳はその意を汲んで次のように訳しています。
- 「神様は、私が夜通し寝返りを打っているのをご存じです。神様は、私の涙の一滴残さずびんにすくい集めてくださいました。その一滴一滴は余すところなく神様の文書に記録されています。」
- 自分がだれからも理解されていないと思う孤独感はそれだけで苦しみです。しかし逆に、だれかひとりでも自分のことを理解してくれていると知るだけで救いになります。
- 現代の日本では、毎年3万人の人が自ら命を絶っています。だれにも相談することができず、だれからの助けや理解も得られず、一人寂しくこの世を去っていく現実に唖然とさせられます。
- 自分のすべてが神の記憶の中にしっかりとどめられている、もしそれが自分の犯した罪であるならば私たちは耐えることはできないでしょう。しかし、神は、私たちの罪にしたがって私たちを扱おうとせず、私たちの咎に従って私たちに報いることもありません。実に、あわれみに満ちた神です。私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる方です。この方こそ私の人生を贖い、償ってくださる唯一の方であることをあらためて感謝したいと思います。
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs56
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