今日の話は長くなります^^;
ブログ紹介に投資(FX)をやっていると書いていながら投資の話を全然していませんでした(まだそんなにブログ記事書いてないけど・・・)。
今日は投資の話 + ある本 + あるホームページについて書こうと思います。
まずは投資。
投資と言っても今話題のFXをやってます。
母親が株でいい思いをしたらしく、「あんたも投資やりなさいっ!いくらか融資するからっ!」と言われて興味は正直かなりあったのですが、親の金でやるのもなぁ~と思い一瞬躊躇しましたが「稼いですぐ返えせばいいか!」ということになり、しばらく(考えたフリを)して「お願いしますっ」と意気込んで始めたのが2007年の年末でした。
それから、ひたすら勉強しました。
学生時代全く勉強しなかったので、それを取り戻すかのように人生で一番勉強しました。どんぐらいしたかというと昼間働きながらも平日は3~4時間、休みの日は多い時で16時間くらい、2008年を通して一日平均で4時間はやっていたと思います。そんな感じで勉強をやらない日はありませんでした。
その甲斐あって割とすぐトレーディングのセオリーや手法などは習得しましたが、成績は一向に上向く気配がありませんでした。
一向に上向く気配はないと書きましたが、今現在で投資を始めてほぼ1年8か月、何度かドカンと買ったり、ドコンとやられたりもしました。
一番勝ったのは2008年の10月。
ちょうどサブプライム問題で大騒ぎになっている最中で、あのリーマンが潰れた次の月です。
この月は、株や商品(多分)なんかもそうでしたが、FX(為替)も激しく動いて(円高、ドル高)、為替レートを見ていても毎日価格がず~っと動いていた記憶があります(為替は一日中そんなに激しく動くことはありません)。
正直、動きに翻弄されて一瞬思考停止になりそうでしたが、なぜかその時は恐れも感じずに取引(トレード)をしまくり、結果的に1ヶ月で100万稼ぎました。(ちなみに前月までの成績は良くても数万の勝ちでした^^;)
そして、一番負けたもの同じく2008年10月。
同じ月で一番勝って、一番負けるって「くだらない謎々かっ」とツッコミたくなろうかと思いますが、それぞれまったく別形態の取引をやってまして、その別の形態の取引でえらい大損した訳です。
ま~、具体的に言うと負けた取引はスワップトレードっちゅうやつです^^;
外国の通貨を保有したときに付く金利を受け取る為に、金利差のある通貨ペアを買うか売るかして、それを保有し続けることによって年間数%~数十%の金利(利息)を受け取る取引方法です。
一番勝ったのは裁量でデイトレードしていた形態、一番負けたのは土地のように保有しっぱなしのスワップトレードでした。
で、スワップトレードについてはこれ以上特に特筆する話はないのですが、話をしたいのは裁量で行っていたトレードの方です。
上の方で、取引する際に「恐れも感じずに」とありましたが、これが今日の話のミソになってきます。
で、話をもう少し進めてその次に勝った時の話にいきます。
それは2009年、今年の6月です。
この時は散々相場にイヤと言う程やられて、その失敗から学んだ自分がいました。
もうこれ以上失敗はすまいと心に誓ったのが2009年(今年)の正月。
それから、少し時間かかりましたが、再度自分を見つめ直し、取引ルールも作って6月からその新しい取引ルールでトレードを開始しました。
最初はそれが機能しているかどうかよくわからなかったのですが、取引をしているときは今までの精神状態とはまるで違う自分がいました。
ほとんど恐れもせず、躊躇もなく、今まで見えなかったものが見え、売買注文を夜に入れるのですが、次の朝にはほぼ毎日利益が出ている状態でした。
しかしっ!
そんな状態も1ヶ月続くと、人間(というか自分)に油断という恐ろしい悪魔が忍び寄ってきます。
自分の油断は取引数量を上げたことに起因します。(あと「信長の野望」にハマってしまったこともあるけど・・・)
7月に入ると、これからの稼ぎを勘定し始めて(最初に目標金額は作ってましたが)、取引数量を上げるべきだという考え(誘惑)に取りつかれ、もう少し我慢すべきだったところで、取引単位(数量)を上げてしまいました。
そこからの取引は、そこら辺にある「私の投資失敗談 – 私はこれで投資をヤメました」的な話と同じようなことをやりました。
取引口座にあったお金は1ヶ月で6倍に増えたのですが、次の月の終わりには(捏造ではありません)6月に取引を再スタートしたときの金額に戻っていました。
それもこれもすべて、油断(信長の呪い)です・・・
マジで凹みました・・・
すっかり、あの時のデキル自分を忘れました・・・
♪なんでだろ~、なんでだろ~(ちょっとおかしくなってきました)・・・
次回に続きます(今週中には更新します)・・・・

