◆『暁星』を読んで感じたこと
『暁星』は、「暁闇」と「金星」という二つの語りが交互に提示される構造を持つ。
最初は暁闇の語りが整合しているように見え、読者は暁の言葉を“事実”として受け取ってしまう。
しかし金星を読み進めるにつれ、暁闇の語りにほころびが生じ、フィクションとノンフィクションの境界が曖昧になっていく。
この“あとから違和感が立ち上がる”という読書体験こそ、本作のもっとも深い仕掛けだと感じた。
◆暁闇の語りが揺らいだ瞬間
暁闇では、暁の語りは一貫しており、被害者としての立場が強調されている。
そのため、最初は違和感がなかった。
しかし金星で、暁と灯里が肌を合わせるほどの関係にあったことが描かれると、暁闇で「灯里という人物を知らない」と語っていた暁の言葉が揺らぎ始める。
暁が灯里を“知らない”と語ったのは、
彼自身の物語を守るために、都合の悪い記憶を排除した結果ではないかと感じた。
もし灯里を知っていたと認めれば、暁の被害者としての物語が破綻してしまう。
そのため、暁は自分の語りの中から灯里を消したのだろう。
◆記憶の編集というテーマ
暁闇の中には、鼓膜の描写など、細部の矛盾も見られる。
右の鼓膜が破れたはずなのに、途中で「右から聞こえてきた」という表現が出てくる。
こうした不整合は、暁の記憶が“事実”ではなく“感情の強度”によって構成されていることを示している。
人は、自分の罪や弱さを直視できないとき、記憶そのものを都合よく再構成することがある。
殺人事件の加害者が「自分は殺していない」という記憶を作り出す例があるように、
暁もまた、自分の人生を“どう理解したいか”に合わせて記憶を編集しているように見えた。
◆フィクションとノンフィクションの境界
暁闇は暁の主観によるノンフィクションであり、同時に暁が作り上げたフィクションでもある。
金星は作家金谷灯里による客観的なノンフィクションに見えるが、作家の価値観で再構成されたフィクションでもある。
つまり、どちらも真実であり、どちらも虚構である。
この二重構造によって、読者は「真実とは何か」という問いに引き込まれる。
◆暁という人物について
暁は、自分の痛みを他者に理解してもらえないまま、
自分の物語の世界に閉じこもって生きているように見える。
都合の悪い記憶を消し、都合のよい物語を語ることで、
自分の被害者性を守ろうとしている。
その姿には一定の理解はできるが、同時に「闇が深い人物だ」と感じた。
現実の共同体の中で他者と関係を築くことが難しく、
まともな人の間で生きていくことができないのではないか──
そんな印象が残った。
◆まとめ
『暁星』は、
語り手が変わるだけで世界がまったく違う姿を見せる
という湊かなえ作品の特徴を極限まで推し進めた一冊だ。
暁闇では整合して見えた語りが、金星を読むことで一気に揺らぎ、記憶の編集や自己物語化が浮かび上がる。
フィクションとノンフィクションの境界が曖昧になり、
読者は「真実とは何か」という問いに向き合わされる。
暁という人物の闇の深さと、人間が自分の物語を守るために記憶を編集してしまうという怖さを、強く感じた読書体験だった。
■目次
暁闇、金星
第一章から第七章
終章
■著者等紹介
湊かなえさん
1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞しデビュー。 翌年刊行の『告白』が本屋大賞第1位となり国内外で高く評価される。 その後も「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞、『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。 『贖罪』はエドガー賞にノミネートされるなど、国内外で注目される作家。
