三菱銀行人質強殺事件の犯人・梅川昭美をモデルにしたフィクションである。
物語は、花川清史の母カヨと内縁の妻亜紀という二人の女性の視点を軸に、新聞記者の近藤と部下の海原が清史の犯行に至る背景を少しずつ炙り出していく構成になっていた。
清史は警官2人と行員2人を射殺し、説得に駆けつけた母との会話を拒絶した。
母は事前に美容院で身なりを整え、息子の前に立とうとしていたという描写がある。
「あの母親と息子はそっくりやで。他人の惨(いた)みには無頓着で、いま自分がどう見えるかばかり気にしよる」
この言葉が、二人の関係の根深さを象徴しているように思えた。
家族からの影響だけでなく、広島での生い立ち、高度経済成長期の貧しさ、DVのある家庭環境など、時代と社会のゆがみが清史の内側に積み重なっていく。
「犯罪いうんは個々の暗いところに根ざしながら、実のところ時代と社会のゆがみが生んどるんやないか」
この一節が、作品全体のテーマを静かに支えていた。
十五歳で強盗殺人を起こし、十五年後に再び大きな事件を起こす清史。
亜紀は彼の内側にある渇きを何度も見たという。
「他人が納得するかどうかやない、わしが満足するかどうなんや」
この言葉に、彼の生き方の鍵があるように感じた。
母カヨの語りは乾いていて、感情の在処がわからない。
「たったひとりの味方じゃ言うて、あの子の自由を奪っとたのはわしじゃ」
その告白は、母子の関係がどれほど歪んだ形で続いてきたかを示していた。
聞いたことをすべて文章にすれば、花川カヨの一生こそが「事件」だったのではないか。
母の生き方、息子の焦りと自棄、時代の影──それらが絡まり合い、清史の人生を押し流していったように思えた。
著者紹介
桜木紫乃さん
1965年北海道釧路市生まれ。
2002年「雪虫」でオール讀物新人賞受賞。
2013年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で直木賞受賞。
2020年『家族じまい』で中央公論文芸賞受賞。
