東京・上野のカフェー西行で働く女給たち、そしてマスターの菊田を中心に、彼らを取り巻く人々の物語が描かれている。戦前から戦中、戦後へと移りゆく季節感や風俗が、淡い香りのように立ちのぼり、読んでいて心地よく、どこか懐かしい気持ちになった。
竹下夢二風の化粧で人目を引くタイ子。
小説修業が思うように進まず焦りを抱えるセイ。
少し嘘つきだが面倒見のよい美登里。
大胆な嘘で周囲を驚かせる、年上の新米・園子。
強く、そしてたおやかに生きる女性たちの笑いと涙が、淡々とした筆致で丁寧に描かれ、短編集ながら濃い味わいを残してくれた。
なかでも、タイ子の人生を追う一篇が心に残った。
字の読み書きができなかった彼女が、少しずつ文字を覚え、やがて出兵した息子と手紙を交わすようになる場面は、静かな感動があった。
戦争以外に大きな事件は起こらない。平穏に見える日々のなかで、人生と時代の流れがゆっくりと街を変えていく。その変化のただ中にあっても、変わらずひっそりと佇むカフェーに人々が集い、過去と現在が重なり合う情景が、どれも愛しく思えた。
<目次>
稲子のカフェー
嘘つき美登里
出戻りセイ
タイ子の昔
幾子のお土産
著者紹介
嶋津 輝さん
1969年東京都生まれ。2016年「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞受賞。2019年、同作を含む短編集『スナック墓場』で書籍デビュー(文庫化にあたり『駐車場のねこ』と改題)。
