少子高齢社会のなかで、これからどのように生き、そしてどのように死んでいくのか――その問いを避けて通れない時代になってきたと感じていた。
本書では、過去の土葬から火葬への移行、江戸時代から続く檀家制度、寺院の経済的基盤として生まれた葬式仏教など、歴史的・社会的背景を踏まえながら、現代の「死のかたち」を多角的にとらえている。
家族葬の増加、孤独死・無縁死の広がり、核家族化やおひとりさまの増加といった状況のなかで、先祖代々の墓を守り続けることが難しくなっている現実が浮かび上がる。
子どもや孫が自分や先祖を供養するという前提が成り立たなくなり、1970年代までのような三世代同居や「皆が結婚する」社会ではなくなった今、伝統的な供養の形は継承されにくくなっている。
そもそも先祖に親しむ機会が減り、供養という行為自体が生活のなかから遠ざかっているのではないか――そんな問題意識が示される。
本書が扱うのは、これからの日本人の「生と死」の最前線であり、さらにその先にある“行き止まりの風景”でもある。
「0葬」とは、火葬後の遺骨を一切引き取らない葬法を指す。遺骨を持たないため、墓を建てる必要もない。
葬式や墓のあり方は近年大きく変化し、死に方、さらには死生観そのものが変貌してきたと言える。
死生観が変わるということは、死を迎えるまでの生き方が変わったということでもある。
私たちは今、自分たちの生と死をどのように考えればよいのか――その手がかりを探ることが本書の目的である。
人の死と、その後の扱いについて、必要なものと不必要なものを見極める。その視点が全編を貫いている。
「どう死ぬか」を考えることは、「どう生きるか」を見つめ直すことでもある。
本書は、その静かな入口を示してくれた。
いずれ迎える最期を、どのように託すのか。
その問いを、これからの自分の生の一部として
ゆっくり育てていきたいと思う。
目次
はじめに 日本人の生き方が変わったから死生観も変わった
第1章 なぜ仏教式の葬式をしなくてもいいのか
(多くの人が仏教式葬儀を「時代にそぐわず面倒」と感じている/道元と曹洞宗が葬式仏教を生む契機となった ほか)
第2章 墓を建てることが強制されてきた
(檀家とは何か?/家によって異なる墓の形とその歴史 ほか)
第3章 無縁仏にまっしぐら
(墓石の注文が激減――日本人は墓を作らなくなった/無駄になる終の棲家 ほか)
第4章 無縁仏こそ私たちの願い
(Nスペ「無縁社会」制作者たちの心象風景/サラリーマン社会の競争と、その代償としての無縁 ほか)
第5章 最後は誰もが野垂れ死に
(「それで生きていけなかったら死ね」――ヤマギシ会の「野垂れ死に研鑽」/かつて無数にあった野垂れ死にと現代の孤独死は、一人でよく生きた証 ほか)
おわりに
著者紹介
島田裕巳さん
1953年東京都生まれ。作家・宗教学者。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在、東京通信大学非常勤講師。
