自らの半生を振り返りながら、男性である自分の性を内省するスタイルのエッセイだった。
僕自身もまた、世間から「男らしさ」を押しつけられながら生きてきた。男女の体格や体力の差は確かに存在するが、能力の違いについては本来どのように考えるべきなのだろうか。
「お前は男だから」「あなたは女だから」という言葉を、言われたことも聞いたこともある。冠婚葬祭の席次からも見て取れるように、社会は長く男性中心で成り立ってきた。しかし今は、男女が平等に生きられる共生社会へ向かう過渡期なのだろうか、と感じる。
男社会の中で女性は抑圧されてきたが、男性もまた自分の弱さを抑え込むことを強いられてきた。まずは自分の内側と向き合うことを促されたように思う。
手っ取り早い改善策を求めて読み進めても、その「処方箋」は用意されていない。
これは、自分で感じ、背負い、考え続けていかなくてはならない問題なのだ。
✨特に共感した箇所
135ページ 本能と妄想
芸の精進に色事は欠かせないという考えを個人的に持つのは自由だとしても、自らの破天荒ぶりを大っぴらに、時に下世話に語り、性的奔放さを「男の本能」として正当化する。芸人としての甲斐性であり、業なのだから仕方がない――だいたいそんな言葉で締めくくられる。
女性をめぐる話というより、自身の性欲の放埓を手柄話のように語った後で、「男は愚かで女性にはかなわない」「男を手のひらで転がす女性はすごい」といったパターンに落ち着く話を、これまで何度目にしてきただろうか。
(中略)
男性が危険を感じることなく日常を送る一方で、女性は能力を抑制することを学ばざるを得ない。それが性差別の蔓延した状態であることを、男性は認識しない。そんな中でも、男性は無邪気に妄想を拡張することを夢見ている。
同じ社会に生きているにもかかわらず、見えている風景はまるで異なるのだ。
目次
はじめに
1章 どのようにあたかも自然と男は男になってきたのか(電車での出来事、男の絆、女たちの沈黙 ほか)
2章 恐怖と勇気が与え、奪い去ったもの(男は一家の大黒柱、勇気とは何か ほか)
3章 切断の恐怖と悲しみと痛み(父の抑圧、力をどのように育ててきたのか ほか)
4章 猥談とノリ(思春期男子の「エロ」、本能と妄想 ほか)
5章 男性性と女性性(「感じる」を軽んじる、被害者意識と「ジャッジ」 ほか)
終わりに
著者等紹介
尹雄大さん
1970年神戸市生まれ。インタビュアー&ライター。政財界人やアスリート、アーティストなど約1000人に取材し、その経験と様々な武術を稽古した体験をもとに身体論を展開している
