タクシー運転手の川西青吾が仕事を終えて帰宅すると、そこにいるはずの恋人・中園多実の姿がなかった。翌日になっても戻らず、不安が募る中、青吾のもとに「多実が見知らぬ男性・出口波留彦と五島列島の遠鹿島で海難事故に遭い、行方不明になった」という知らせが届く。
事故の真相を求め、波留彦の妻・出口沙都子とともに遠鹿島へ向かう青吾。
多実の人生のかけらを拾い集める旅は、青吾自身の過去をも照らし出し、ふたりを思いも寄らぬ場所へ導いていく。
「喪失」と「不在」を描いた大人の恋愛小説であり、知らないままでも人生は続くが、それでも真実を知りたいと思う気持ちが丁寧に描かれていた。
突然失踪した同居女性と、夫を探す二人の男女。
互いに秘密を抱えながら暮らしてきた関係に、ある日突然訪れる不在。
なぜ多実は、妻のいる男性と遠鹿島へ行かなければならなかったのか。
その逆もまた、なぜ波留彦は多実とともにいたのか。
青吾は多実と長く暮らしてきたにもかかわらず、彼女の過去をほとんど知らなかった。
物語が進むにつれ、多実の歩んできた道と、青吾自身の母親を含む複雑な背景が少しずつ浮かび上がってくる。
散りばめられた疑問は、読み進めるほどに静かに輪郭を帯び、やがてひとつの真実へと収束していく。
読み終えたとき、切なさの余韻が長く残るなか、残された人たちがこれからも幸せでいられるようにと、強く願わずにはいられなかった。
著者紹介
一穂ミチさん
大阪府生まれ。2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。
2022年『スモールワールズ』で吉川英治文学新人賞、2024年『光のとこにいてね』で島清恋愛文学賞、『ツミデミック』で直木賞を受賞。
繊細な心理描写と静かな余韻を残す作風に定評がある。
