223P いつまでも続いていくもの、不変なものなど一つもない。たった一日で人生は変わる。
佐藤正午さんは「月の満ち欠け」以来二度目だ。
熟れた、熟した、実る柿、はじめの葬儀の場面から目の当たりにした。
この「熟柿」がこの小説で意味するところは何なのだろうか、反芻しながら読み進めることとなった。
先に書評を読んでいたのである程度の悲惨なあらすじは知っていた。
伯母の晴子の葬儀の帰り道、大雨の中車を走らせていた際、主人公のかおりは轢き逃げ事件を起こしてしまった。それが起こることがわかっていてもそうなってほしくないと思いつつ、ぼくは読みながら彼女といっしょにこれを体験してしまい気持ちがひどく動転してしまった。ちなみにかおりはそのとき身ごもっていたのだ。
彼女のたどる道は踏み外した人の実例と重なるようにして、千葉から山梨県笛吹市石和温泉、岐阜のパン工場、大阪のパチンコ屋、福岡のホテルなどと各地を流れていくこととなった。
かおりの周りには、久住呂さん親子など良きお節介焼きがいたり、また反対に、マンションの同室で悪い人斉藤さんとの対照的な人物が出てきてこのコントラストが主人公の悲惨さをさらに際立たせて物語に深みを持たす結果となったと思う。
なぜあのときにあの場所から逃げてしまったのか。なぜ老婆を助けなかったのか。
かおりがどれだけ苛まれたことかわからないくらい、後悔し憔悴しきっている。
最後にとある真実が明かされるが、このラストは想像できなかったし想像するのはとても難しかった。終盤にはずっと涙腺が緩み続けるほど良い内容だったと思う。
360P
「あれかな?柿の実が熟したってことかな?」
「柿?」
「熟柿。熟し柿という意味の熟柿。でもスマホに入れてある辞書にはもうひとつの意味が載ってて、『熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと』の語意もあるらしいんだよね。熟柿には。(中略)つまりね、柿の実の季節になれば熟すように、物事の成就には適した時期があるというか、その時は自然に訪れるのを気長に待つというか、……」
<目次>
第一章から第十二章
佐藤正午さん
1955年長崎県生まれ。83年『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞しデビュー。2015年『鳩の撃退法』で山田風太郎賞、17年『月の満ち欠け』で直木賞を受賞
