この物語を読んでも、スカッと!はしません。
「復讐を預かる」成海慶介は、ただ成り行きを見守っているだけのように見えるが、別途仕掛けていて突然すばやく行動を起こす。また相手からの依頼を受けるだけでなく、お客様に殊勝な心掛けで諭すような言葉を発する人物であった。
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「遅かれ早かれ、あんなオケはすぐに飽きられる。でも、そんなことは関係ない。本当に大切なのは、あなたはどんな音楽家になりたいのか、どんな人生を送りたいのか、ということだ。本当に望んでいることが何なのか、もう一度考えるのです」
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美菜代はその札を見て、胸が痛むのを感じた。けれど、成海は全く意に介さず、口笛でも吹きそうなぐらい気軽に、それを数えた。
「確かに百万円ありますね」
「よろしくお願いします」
乙恵は丁寧にお辞儀をした。成海はにっこりと笑った。
「あなたの復讐はもう成し遂げられたも同然です」
復讐されるような人間は、ほっておいても不幸になる。
そんな人物は不幸にならずとも心からの幸せは掴めないものだ。
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「だから、この間説明しただろ。何もしなくても、神様が復讐してくださるんだよ。『復讐するは我にあり』」
「また、そんなこと言ってえ。神様が復讐してくださるなんて、あるわけないじゃないですか。私たちが動かなかったら誰がやるんですか」
「だから、何もしないの。復讐なんてしない方が依頼人の幸せにつながるんだから」
自分が傷ついて悲しくなって後悔する気持ちになる、ブーメランのように自分に返ってくる。依頼人の幸せにつながらないので、思っていても復讐をしないほうがよいのだ。
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「それでも復讐はするな。おれはそれしか言えない」
成海はぽつんと言った。
「自分と自分の周りの人間を汚す。必ず、後悔する」
「所長に、復讐するは我にあり。って言葉を教えたのって、誰なんですか」
「……小学校時代の校長だよ。ミッション系の学校だったから」
「そうだったんですか……」
美菜代の心の中に、小学生の成海がマリア像を見上げている絵が思い浮かんだ。
「復讐しなくてよかった、と思える日が必ず来る。いまはそれだけしか言えない」
<目次>
第一話 サルに負けた女
第二話 オーケストラの女
第三話 なんて素敵な遺産争い
第四話 盗まれた原稿
第五話 神戸美菜代の復讐
解説 島田亜希子
原田ひ香さん
1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞
