ニーチェ、吉田松陰、チャールズ・チャップリン、ヘルマン・ヘッセ、ドフトエフスキーなど、古今東西の先人たちの「死」を巡る言葉に込められた死生観について、佐藤優さんの解説を踏まえてわかりやすく紹介していた。
多くの死生観のなかで、かつて夜と霧(V・E・フランクル)を読んだのち読書会で語り合ったときから薄々感じていたこの「ことのは」に関して強く共感したのだった。
170P「アウシュヴィッツでは死が至高の支配者だったが、死の傍らには偶然があり、(財力でも能力でもなく)これが収容者たちの運命を決めたのである」責任と判断より ハンナ・アーレント
自分の頭で考え判断していくためには、読書は必要不可欠だ。決して欠かせない手法だと僕は思う。
自らの利害のために善を放棄してはいけないし、特定の善の観念に囚われすぎてもいけない。自分の利益になる理由だけである政党に投票してもいけないし、皆が特定の思想や意見を盲目的に支持してもいけない。
全体主義に抗うためには、国民一人ひとりが自分で考えて自分の意見を自発的に発言し公共の場で語り合うのは本来の政治の姿だ。
全体主義国家を作らないために必要なことは、国民一人ひとりが為政者の言葉を単純に信じずに、自ら考え、判断していくことである。
<目次>
はじめに
第1章 死を乗り越える(神は死んだ。―フリードリヒ・ニーチェ、死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。―吉田松陰 ほか)
第2章 死を知って生きる(お前たち、そうやって死を遁れようとしているが、どうせいずれは向こうからお迎えに来る。―ムハンマド、燃えたよ…真っ白に…燃え尽きた。―梶原一騎・ちばてつや ほか)
第3章 死を受け入れる(散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ―細川ガラシャ、死とは死によってすべてから去るものであるとすれば、すべてから去られるときも死であるといってよいに違いない。―森敦 ほか)
第4章 死の周辺を巡る考察(アウシュヴィッツでは死が至高の支配者だったが、死の傍らには偶然があり、これが収容者たちの運命を決めたのである。―ハンナ・アーレント、野心は思考の死である。―ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン ほか)
言葉の出典
参考文献
1960年、東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。1985年に同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省に入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、2009年6月に執行猶予付き有罪確定。2013年6月、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
