全裸に快感を覚える主婦、仙人のような風体で自宅に引きこもっている男性、小学生4人の女の子、宗教的な合宿に参加するギャル、潔癖症の妻を持つ男など、みんなそれぞれに悩みを抱えつつ、必死になって生きていこうとしていた。
ときには街の喧騒から離れて自分の存在を消したくなるものだ。
街のほぼほぼ傍にあった「死角」(墓地)に身を寄せたくなる気持ちが、みんなから伝わってきたのは良かったと思う。
また、吉村さんは、情景描写が上手かったからまた機会を見つけて別の作品も読みたい。
188P
地下道から出ると、K市営共同墓地の周囲には既に闇が下りつつあり、暗い街灯がぼんやり灯っていた。彼女は周囲を見回した。傷だらけで古義川を下ってきたあの朝以来、気が付くと人目につかない場所を探しているのである。
K市はこの国のどこにでもある中途半端な町で、至るところに死角があった。
その死角に身を潜め、誰にも見付からずに息を殺していたいという願いが、時として彼女の心を捕らえて離さなかった。息詰まるような日々にあって、そういう場所でのみちゃんと呼吸出来る気がした。その場所は、すぐ傍に人がいるようなギリギリの死角でなければならず、そうであってこそ初めて、恐怖と恍惚の中で自分という邪魔な存在を消してしまえるような気がするのだった。俘美はあれから何度か、ナジャ病院の雑木林の下の古義川の川辺に下りて行った。しかしそこは思ったより死角が少なく、川のほとりに立って川面を眺めるのが精一杯で、大胆な行動に出ることは出来ないでいた。
足は自然に、K市営共同墓地の中へと向いた。
子供の頃に何度か入ったことのある墓地だったが、そのころの景色とは全く違って至る所に格好の死角を見出すことが出来、ここは死角の宝庫だと彼女は思った。
愛媛県松山市生まれ。京都教育大学卒業。高校、支援学校教諭を経て専業作家に。「クチュクチュバーン」で文學界新人賞、「ハリガネムシ」で芥川賞、「臣女」で島清恋愛文学賞を受賞。
