華氏の451度は、摂氏では233度。紙が発火する温度を意味している。
本の所持や読書が禁じられている架空社会の人間模様を描いたSF作品だ。
本によって有害な情報が善良な市民にもたらされ、社会の安寧秩序が損なわれるのを防ぐために本の所有者は逮捕された。本を発見されるとただちにファイアマン(昇火士)によって焼却される。所有者の密告と市民による相互監視により、人々は思考力と記憶力を失いつつあり、表面上は穏やかな社会が築かれていた。しかしながら……。
古代ギリシアでの失敗した民主制を揶揄して用いられた衆愚政治や、書物を焼き国民の思想統制を図った秦の始皇帝による焚書坑儒のほか、愚民化や愚民政策ということばが頭に浮かんできた。
愚民や愚民政策について。
大辞泉(小学館)では、
愚民は、「おろかで無知な民衆」
愚民政策は、「為政者がその権力を保つため、人民を政治的に無知な状態にしておこうとする政策」
大辞林(三省堂)では、
愚民は、「愚かな人民」
愚民政策は、「為政者が民衆を無知・無教養の状態におしとどめ、その批判力を奪い、支配体制の維持を図ろうとする政策」
広辞苑(岩波書店)では、
愚民は、「おろかな人民、無知な民衆」
愚民政策は、「為政者が民衆を無知な状態に陥れて、その批判力を奪おうとする政策」
この愚民政策で得するのは、為政者だと思う。
為政者は、国民が権力者に逆らおうとせず国民を独裁的に運営しやすくなる。
為政者が国民を愚民とするような政治的無知状態に陥れて、その批判力を奪うことになる。民主主義の根幹を占める国民の政治参加を阻害して、人の知性を意図的に非民主主義的な方法に偏向させる。
こうして、教育の質が低下すると、思考力や判断力が下がっていき政治への関心や理解が低下していく。
マスコミの統制が強化されると、国民が事実に基づいた情報にアクセスできなくなり、政治の正しい理解が得られなくなる。
国民の不安や不満をあおり、政治への関心を低下させる。政治への関心が低下することで政治参加を阻害させる。
国民の批判精神を抑圧させることで、政治に対する批判を封じ込めることになる。
本を読めなくしないようにする世の中ではなく、いつても、どこでも、誰でも本を読めるような体制が必要だ。
昇火士(ファイアマン)に本が燃やされる世界は、いまは全く考えることができない。
本を焼いてしまうディストピアは非現実的だが。愛書家として仮に本が焼かれていく状況にはもう絶望感しかないと思う。
仮に本が燃やされることよりも、本を制限なく読める状況にあるのに関わらず誰も本を読まなくなるまでの過程が恐ろしいと感じた。
焼かなくても手に全然取らなくなってきている人が増えている現状を鑑えてみると不安と現実味があるから。
今日の街での書店が徐々に廃業していくことにもが話が飛んでくる。
読書のメリットのひとつとして、「考える力」を挙げるとすれば、考えることを止める、考えなくなればどうなるのかな?
将来未来、スポーツやエンターテインメント、セックスなどにうつつを抜かし、お上からの言われた通りの情報を鵜呑みにして、ただただ何も主張できずに受け身で生きているような状態にならないことを希望したい。
<目次>
第一部 炉と火竜
第二部 ふるいと砂
第三部 明るく燃えて
出典
訳者あとがき
Bradbury,Ray
1920年、イリノイ州生まれ。1947年に最初の短篇集『黒いカーニバル』が刊行された。そのほか、奇想に満ちたイメージ豊かな短篇集を発表しており、幻想作家ブラッドベリの名声と評価を不動のものにした。2012年、91歳で死去
伊藤典夫
1942年生。英米文学翻訳家