「人の幸不幸はおしなべて帳尻が合うようにできている」
南総里見八犬伝を著した曲亭馬琴(滝沢馬琴)の息子宗伯に嫁いだお路(みち)の半生が描かれた物語。
失明してしまった馬琴の口述筆記をして八犬伝を完成させたと聞いていたが、これほどまでに悲喜交々至る毎日だったかと思いもしなかった。
読むと書くには大きな開きがある。
馬琴から難解な漢字、難読な字を要求されるなど、お路の代筆の困難は、身を削るほどに想像をはるかに凌駕するものがあった。
そうであったとしても、世間に求められるために完成させる必要があった。
息子の早世など数々の悲嘆を乗り越えて、日常の些細なことにふと幸せを感じるお路の姿。先が見えない今をしっかし生きていく大切さを教えていただいた。
202P
『八犬伝だけは、何としても終わらせる』
覚悟に満ちた、馬琴の声がよみがえった。舅の意地と矜持ばかりでなく、贔屓たる読者のためであったのだろうか。おそらく国中の読者を合わせれば、百万にすら届くかもしれない。そのひとりひとりが、続編を、そして大団円を、焦がれるほどに待ち望んでいる。
完成に至らなければ、その夢と期待を砕き、裏切ることになる。
三十年近くのあいだ、ひたすら執筆を続け、すでに九十六冊百七十六話。版木の枚数は、三千を超えたときく。
半生を費やした、まさに生きた証しが八犬伝であり、読者にとってはそれが、渇いた喉を通る一杯の水であり、空腹を満たす米であり、凍えたからだを温める炭となり得る。
ふいに天啓のように、お路は悟った。
読物、絵画、詩歌、あるいは芝居、舞踊、音曲―。
衣食住にまったく関わりないこれらを、何故、人は求めるのか?
それは、心に効くからだ。精神にとっての良薬となり、水や米、炭に匹敵するほどの生きる力を与える。
八犬伝がこれほど歓迎されるのも、荒唐無稽であればこそだ。窮屈な日々の暮らし、煩雑な人付き合い、身内の厄介、己の不甲斐なさ―。人生は、小さな悲哀に満ちている。
現実からかけ離れているからこそ、読者は一時でも悩みや煩わしさから解き放たれて、馬琴の拵えた世界に高く舞うことができるのだ。
未完となれば、悲嘆と落胆はいかばかりか。馬琴も死んでも死にきれまい。
大衆にここまで求められ、これほど幸せな物語も他にあるまい。
<目次>
一 酔芙蓉(すいふよう)
二 日傘喧嘩
三 ふたりの母
四 蜻蛉(かげろう)の人
五 禍福
六 八犬伝
七 曲亭の家
1964年北海道生れ。2005年『金春屋ゴメス』で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。2012年『涅槃の雪』で第18回中山義秀文学賞、2015年『まるまるの毬』で第36回吉川英治文学新人賞、2021年『心淋し川』で第164回直木賞を受賞
