「恩返し」
弟子が師匠と対戦して師匠に勝つことが、「これ以上の恩返しはない」と普通では思われる。
しかし、ここではそうではなかった。
相手が弟子であろうと誰であろうと決して負けたくないものであった。
まだ修行の身で若輩であるのに関わらず。
206P「新しいうちから長く使い込んだような振りをする必要はない」
は、僕にもハットして心に突き刺さる言葉であった。
たとえ熟練度が増して、世間から見て老輩になったとしても、初心を忘れずに新規事に取り組み、変化を求め続ける狂気な姿勢には、ぼくはただ感無量でした。
210-211P
将棋が好きで好きで好きすぎて、一般的な社会人が歩む道をすべて切り捨てて将棋にのめり込み、頂点に立って何年経とうが満たされることも飽きることもなく、まだ新しい一手にここまで目を輝かせられる人間。
これだけプレッシャーがかかる立場に置かれていながら、勝敗に飲み込まれることなく、将棋を愛し続けていられる異常な精神。
国芳には、目的も目標も必要ない。ただ見たことがない光景を目にしたいというだけで、自分を、戻るべき足場を躊躇いなく壊せる。
その熱量は、狂気でなくて何なのか。
<目次>
弱い者
神の悪手
ミイラ
盤上の糸
恩返し
1984(昭和59)年、東京生れ。千葉大学文学部卒業。2012(平成24)年、「罪の余白」で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。2016年刊『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞候補に、2018年刊『火のないところに煙は』が第32回山本周五郎賞候補となり、第7回静岡書店大賞を受賞、さらに、第16回本屋大賞にノミネートされる。2020年刊『汚れた手をそこで拭かない』が第164回直木賞候補、第42回吉川英治文学新人賞候補となった。
