ベンジャミン・フランクリンの格言に「時は金なり」がある。
逆もまた真なりと思った。
この本を読み終えると「金は時間なり」と言い換えたくなった。
時間は、貴賤には関係なく人に平等に与えられたものだ。
お金は使えば減るし使わなければ減らない。
時間は使っても使わなくても減るものだ。
人は誰でも同じ時間が過ぎていくものだと思っていた。
「時間の長さはこころで決まる」
幸いにもそうではないことがこの中で証明されていた。
ぼくには目から鱗が落ちるほどの思考法だった。
アインシュタインの相対性理論によると、全ての基準は光である。時間も伸びたり縮んだりする。例えば、動く物体は止まっている物体よりも時間がゆっくりと進む。仮に高速に近いロケットに乗って地球を出発して何年かして地球に戻ってくるとロケットに乗っていた人は地球にいた人よりも歳を取っていない。この時間の差は、ロケットの速度と航行時間から正確に求められた。
アインシュタインの相対性理論と百田尚樹さんの新・相対性理論はともに時間の概念を変えていたものだ。
百田尚樹さんのこの新・相対性理論は、時間に関する一問一答集のようであった。
以下に印象に残った箇所をいくつか取りあげた。
12P「物理的な時間を長く生きても長生きにはならない」
充実した時間や喜びにあふれた時間を持っているかどうか。
「楽しい時間が増えれば寿命が延びたことと同じである」
物理的に短い人生であっても、楽しい時間が多かったならば太く短い寿命でもよいのか!
36P「なぜ年齢で時間の流れの速さが変わるのか」
「感動と記憶」、人間は人生の中で感動したり驚いたりすると、その出来事が強く心に残る。喜んだり泣いたり怒ったりしても同様に。人生を振り返った時、そうした出来事が多かった時代は「長い時間」に感じるのではないか。逆にそうした出来事が少なかった時代は「短い時間」に感じるのではないか。つまり「時間の濃淡」に差が出るのだ。
42P 楽しい時間が早く過ぎるのはなぜか?
つまらない時間を過ごしている時の時間の速度を遅く感じるのは、自らの体内時計の針の動きをじっと見つめているからに他ならない。
59P 人間社会は「時間」の売買で成り立っている
私たちは生きるために仕事をする。一日のうちの何時間かを仕事に費やし、そうして得た金で生活している。サラリーマンは会社や経営者に自分の大切な時間を売っている。つまり「仕事」というのは、「時間の売買」だった。
楽しい時間を買うために苦しい時間を売る。
コンサート、芝居や寄席、プロスポーツ観戦、レストランでの食事、旅行、カラオケ、スキーなど。自分の時間を売って得た金で、他人の時間を買う。私たちの社会はその繰り返しで成りたっている。
72P 殺人は「時間」を奪う究極の犯罪
殺人犯が消し去った時間は、「未来」だけではなく、被害者が生きてきた「過去」も消し去ることとなる。
82P 「才能」とは、同じことを他人よりも短い時間でやれる能力である
108P 私たちが所有しているすべての品物は「時間」を換えたものである
134P 現代人が最も恐れるのは「退屈」である
有限である時間が全く無駄なものとしてなくなっていくから。
140P 娯楽の多くは退屈を恐れるために作られた
152P 「時間」はあらゆること(金、物、楽しみ、感動、評価、成果等)に交換可能だが、それを再び「時間」に戻すことはできない
177P 恋愛の悦びは「時間の共有」である
楽しさを共有できると「時間」は濃くなる。
194P 芸術のみが「エネルギー保存の法則」を超える
絵は「瞬間の時間」を映像で、物語は「切り取られた時間」を言葉で残したもの。古い絵画や文学は、「時間」を閉じ込めようとした人類の執念だ
204P 「今やるべきことを、今やる」
人生の成功の秘訣は、時間を無駄にしない生き方をしていること。やることの優先順位を間違えないことだ。
