都会の片隅で生きる人々をさり気なく選び描き出している短編集。
家庭、夫婦、友人、恋人、同期、会社、病院等々普段当たり前にある状況を題材にしていた人間ドラマだった。
だから、ふと近所で起きている真実なのでは?と疑ってしまうほどに、ドラマがだんだんと面白くなって物語のなかに感情移入するようになった。
208P「褒賞と罰」
「将来のことがわからなくても、来いって言えば、あたしは行くよ。この町を出るよ」
「ここにいろって言ってくれれば、いるつもりできたの。あのうち出るよ」
こういう言葉を突然聞いたなら、ぼくならばためらってしまうだろう。
そのあとに、どのように相手に応えることができるかとふと考えてしまった。
「三月の雪」
一人もお客が来なかったある日。
雪の降る深夜のバーに現れた流しのギター奏者と曲を弾くから一杯だけ飲ませてくれという青年を迎え入れるバーの女性経営者。
静かなクラシックギターの音色に誘われて彼女の脳裏に浮かんでくるのは過去の男との苦い別れ。
静かな雰囲気のバーとクラシックギターの奏でるメロディーと二人の会話。
香りがよいウィスキーを飲んでいるように、気持ちがほろよい気分にさせてくれる余韻が残る物語だった。
<目次>
降るがいい
迷い街
不在の百合
隠したこと
反復
リコレクション
時差もなく
ショッピングモールで
遺影
分別上手
褒章と罰
三月の雪
終わる日々
あとがき
1950年北海道生れ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞。90年『エトロフ発緊急電』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞、2010年『廃墟に乞う』で直木賞、16年に日本ミステリー文学大賞を受賞。