人に対する性善説と性悪説の有無を考えさせられた。
人は、生まれながらの善人なのか、生まれながらの悪人なのか。
環境が悪を育てるのか。環境以上にその者が持つ資質が大きく作用しているのか。
要するに、人によるのだと書かれていた。
マルキ・ド・サドのジュリエットのように、驚愕するほどに気味が悪く悪の塊のような生き物たちが出てきた。
216P
マルキ・ド・サドが書いたとされる悪書、「悪徳の栄え」のジュリエットだ。
自身の欲望を神として、快楽を経典に、邪魔者から親しき人まで甚振り、殺し、財産を奪う、悪女、悪魔だ。
蟲毒、8人によるレイプの動画、ロリコン少女監禁、児童と大人のSMクラブ、監禁猟奇リンチ事件、電気椅子・鋸挽き・抽腸処刑ショー等々、吐き気を催すほどに胸底から気持ち悪くなる悪辣素材のオンパレード。
葉山の別荘での結婚パーティーの最中、カリスマブロガーの月村珠里亜が倒れ昏睡状態に陥った。
心理カウンセラーの麻乃紀和は、息子を自殺に陥れた月村珠里亜に復讐を果たすべく彼女の身辺を調べ始める……。
一見するとバラバラな各種事件がズルズルと数珠繋ぎのようにつながっていくのがとっても気持ち悪かった。
興味本位で近づいてはいけない場所や決して見てはいけない物があろう。
それらを視てきたような感覚があった。
真梨幸子さんらしい作品だ。
二度と読みたくならないくらいのイヤミスでエログロな読後感が残った。
印象に残った文章。
211P
罪悪感。
罪悪感は、ある種の痛みを伴う。その痛みが「依存」の正体なのだという。依存症に陥ると、脳が委縮して回復不可能なほどにスカスカボロボロになるが、それは、痛みの痕跡なのだという。
たとえば、薬物依存の場合は、薬物が持つ作用でとてつもない快楽と幸福感が脳に溢れる。が、それが消えたとき、恐ろしい妄想に陥るのだ。それはほとんどの場合、得体の知れない脅迫者に追いかけられ、責められ、傷つけられるという妄想だ。それこそが「罪悪感」なのだが、依存もレベルが上がると、その「罪悪感」に変わるというのだ。ここまでくると、もう依存からは抜け出せない。廃人となって、依存地獄という沼に、落ちて落ちて、落ちていくだけなのだという。
1964年宮崎県生まれ。多摩芸術学園映画科卒業。「孤虫症」で第32回メフィスト賞を受賞しデビュー。ほかの著書に「殺人鬼フジコの衝動」「女ともだち」などがある。
