デビューから3年、人気絶頂期にあった女性シンガー藤本香織。
17年前の夏、ライブのステージからまさに奈落の底へと落ちた。
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歓声と悲鳴の中で、まるで私だけが地中に落ち込んでしまったような感覚になる。
視界のかぎり世界は白い。まるで天井が白い海のように見えた。
全身不随の身体で視覚と鮮明な意識があるなかリハビリをする香織。
体は動かないし意思疎通ができないのに思考だけははっきりしている。
些細なことでも意思表示ができれば……。
このような現実を体験しないとわからないものだが、
言葉にならないくらいに残酷だと思う。
できないことがどれほどに辛いことかと戦慄してしまった。
自分の体が自由に動くことに感謝したい。
香織の家の鏡が見えなくしてあったり、姿見にポスターを貼ってあった理由とは?
それは終わりに近づいてやっとその意味がわかった。
1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。
2018年、初の小説単行本『平成くん、さようなら』(文藝春秋)を刊行。
翌年の『百の夜は跳ねて』(新潮社)とともに二作連続芥川賞候補作となり話題を呼ぶ。
