アーノルド・シュワルツェネッガーさんが主演された
映画「ターミネーター」を思い出した。
もちろんこんな未来が来ないことを祈っているし期待もしている。
ヒトとロボットが戦いお互いに殺し合うという近未来のストーリー。
「審判の日」
ヒトが最後まで持っているべき判断というスイッチを機械に渡してしまった。
それから機械が意志を持って、敵対するヒトを駆逐するロボットを製造していく。
人類たちがそれに抵抗していく……。
ヒトにとって機械は何かを行うための手段であり、目的を遂行するための最終的な判断は、あくまでヒトが行うべきだ。
盲目的に判断を他人に任せてはいけないことを戒めるためだと。
あの映画を見た時に、ぼくは気づいたことをこの本を読んで思い出したのだった。
46P「人口知能の時代に考える」
コンピューターに仕事を取られる。その心配もよく聞く。私の答えは簡単である。コンピュータのコンセントを抜けばいいじゃないですか。そう言うと、当然反論が出る。自分でコンセントを入れるコンピュータがいずれできますよ。時代が変われば、倫理は変わる。コンピュータが発達した世界で、自分で動くコンピュータを作るのは、私にいわせれば違法行為である。コンピュータの電源はヒトが左右しなければならない。
<目次>
まえがき
第1章 どん底に落ちたら、掘れ
第2章 社会脳と非社会脳の相克
第3章 口だけで大臣をやっているから、口だけで首になる
第4章 半分生きて、半分死んでいる
第5章 「平成」を振り返る
総論―あとがきに代えて
1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書多数
