【No.455】時は待ってくれない 100年インタビュー保存版 小田和正 PHP(2018/05 | 朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

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読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
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一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

「あの日、あの時、あの場所で君に出会えなかったら……」

ラブストーリーは突然にの曲中にある僕の好きなフレーズだ。

 

学生時代に友人から「いいよ!」と紹介されて意図的に聴いた歌。

FMラジオから流れてきた曲だった。

 

「思いのままに」

 

~ 誰にも

ぼくのゆく道を

止められない そうだろう

行かせてほしい

 

君は君の歌を うたえ

ぼくはこの想いを

調べにのせて ~

 

あの日、あの時、あの場所で

ぼくがあの澄み切った声を聞かなかったら……。

本当に本当に本当に、ぼくは小田さんを好きにならなかったかもしれない。

 

プロの歌手として音楽の道へと進むことを決めた

伝説の修士論文「建築への訣別」から、

オフコースとして、小田和正として活躍したこと。

世界の青木功さんのキャディーを務めたこと。

映画の監督としてメガホンを取ったこと等々……。

 

小田さんは、そのとき、そのときにしたいことを考えてそれらをしてこられたように思える。

 

1998年、小田さんはアーティスト生命の危機といえる交通事故を経験する。

鎖骨と肋骨三本を骨折、首の骨がずれ、神経を圧迫する絶対安静の重症だった。

 

ぼくを含めたファンより

「とにかく生きていてくれただけでよかった」

 

小田さんより

「ああ、こんなふうに思ってくれるんだから、喜んでもらわなきゃ」

 

 

144P

お客さんの近くへ物理的に近づくと、とっても喜んでくれることがわかった。ちょっと客席に下りてみたりすると、本当に喜んでくれて、みんな、「あ、こんなに喜んでくれる」ってわかる笑顔なんだよね。

 

 

 <目次>

メッセージ

過ごしてきた時間をふりかえって―聖光学院のグラウンドで

少年時代にふれた音楽―歌謡曲から賛美歌まで

オフコースの原点―聖光学院のホールステージから

建築と音楽―ものをつくるということ

プロへの道―音楽を選んだ理由

五人になったオフコース―大ヒット曲「さよなら」の先に

オフコースの終焉―「言葉にできない」想い

ソロ活動への決心―ドラマ主題歌の爆発的なヒット

曲をつくる―メロディ、そして歌詞が生まれるとき

自分をさらけ出す―映画製作を通して広がった世界

ファンの思いに応えたい―交通事故で変わった人生観

音楽の力を信じて―災害を乗り越え、国境を越え、世代を超える

時はきっと待ってくれる―夢を求めつづける人に

100年後へメッセージ

 

 

 

1947年、神奈川県横浜市出身。東北大学工学部建築学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻(建築学)修士課程修了。1969年、オフコースを結成。70年、プロとして音楽活動を開始。89年、オフコースを解散。その後、ソロアーティストとして活動。