恩は忘れない。
真心は時代を超え国境を越えて紡がれます!
トルコとの間の絆について、以前、博多の歴女、白駒妃登美さんから涙腺を緩ませながらこのお話を聞いていました。
和歌山県串本沖でのトルコ人遭難者に対する日本人の献身的な救助。
トルコ人負傷者に対する我が身を省みない日本のホスピタリティ。
昔から自然の脅威に対峙して身につけてきたぼくら日本人の本質。
1890年のトルコ軍艦エルトゥールル号遭難事故から、約100年間トルコ国民の心の中でずっと繋いできた日本に対する恩義。
1985年。イラン・イラク戦争に伴うテヘランからの救出の際、トルコ自国民よりも日本人を優先させるように決断をしたトルコの友好心。
語り継がれてきたこと、
忘れなかったこと、
恩を返してくれたことに対して深く敬服します。
<目次>
プロローグ
出航
航海
遭難
救助脱出
エピローグ
199-200P
オザル首相の意向は、昨夜のうちにイスタンブルのトルコ航空へ伝えられた。
すぐに全パイロットが会議室に集められ、管理局長のドゥンダルは、一同を見回しながら、努めて冷静に告げた。
「救援機がもう一機、派遣されることになった。この任務は非常な危険を伴う。行き先はテヘラン。有志を募りたい」
だが、次の瞬間、ドゥンダルは目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
パイロットたちは手を上げ、一人残らず、全員が志願したのだ。
もちろん皆、イラクの声明のことは知っている。戦時下では何が起こるかわからず、もし飛行中に期限を過ぎれば、撃墜される可能性が大いにあるにもかかわらず……。
―時代を超えて、今度はトルコが、日本を救う、か。
「たいそうなことだ……」
ハミットはもう一度、呟いた。
215-216P
「今、救えるのは我々だけだ」
「……」
反対の声は出ず、皆が黙り込んだ。ムラトは続けた。
「今からはるか昔、我々の祖先であるトルコの英雄たちが、異国の地で困難にあったことがある。だが、その国の人たちの善意で、無事、祖国へと帰ることができた」
つかの間の沈黙のあと、人々から、波のさざめきのように声が聞こえてきた。(中略)
トルコでは誰もが幼い頃に学校の教科書で学び、また親から子へと語り継がれてきた、歴史的な海難事故とその顛末―。
ジャンは思わず手に持っていた絵本を見下ろした。まさにその出来事が描かれた絵本だったからだ。
「我々のそうしよう。助けを求める者には、救いの手を差し伸べよう。真心なんです」
「……」
「決めるのは、あなたたちだ」
そう言うと、ムラトはカウンターの台から下りた。
217P
日本人が窮地に陥って救いを求めたならば、助けるのはトルコでなければならない。受けた真心は、真心で返さなければならないのだ。
追記
日本・トルコ友好一二五年―時代を超えても変わらない気持ちがある。
こうして結ばれた二つの国の物語は、これからも紡がれて語り継がれていく。
