斎藤茂太さんは、ぼくのメンターともいうべき人のひとり。
モタさんの言葉は、こころにまっすぐずーんと響いてやってきます。
悩みの解決の道筋を示してくれます。
モタさんの言葉から、ヒントが得られました。
これからの将来どうしていけばよいかというとき。
人生の先輩たちが歩んだ道を辿れば歩きやすいものと考えます。
そうしたら、まずは彼らが書いた処世術を読めばよいのかと。
それを真似するのか、独自性で歩むのかなど、どうしていくのかは、最終的には自分で判断したい。
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圧倒的な力を持つ老いや死に対するわれわれのこころの準備を「悟り」という。悟りとは、長い修行の果てにたどり着く境地であろうが、「悟り」とまでいかなくても、日常生活の中で身辺整理によって、なるべく未練を残さない、こころ安らかな人生の幕引きを迎えられるように生きるということでもある。
総じて今まではテイク&テイクのように、人からいただくほうが多かったのです。
これからは、ギブ&ギブのようにぼくができることで人に何かしてあげられるひとになりたいなと。
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今度は自分が困っている若い人の役に立つ側に回るという気持ちといってもいいだろう。
そういうもろもろのものやこころの借りを返す側に回るということである。
若いうちは人生上の貸し借りがあってもいいと思う。だが、人生の折り返し点を過ぎたら、自分があげる側になってみてはどうかということである。
「一生勉強、終身現役でいたい」
だからモタさんの生き方を参考にしているのです。
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自分一人で生きているという思いよりも、こんな自分でも誰かの役に立っていると思うほうが、少しは気が楽になるものだ。
できれば、この気持ちを持ち続けたまま、あの世とやらに旅立ちたいと思う。それが「生涯現役」ということではないだろうか。
生きている間は、どんなに小さなことでも誰かのためになっているという気持ちを忘れないことが、生涯現役ということだ。
定年後などの仕事を辞めた後に、いきなり世の中から退場するのではなく、
趣味や仕事で関わっていたほうが健康で長生きに役立つことがわかります。
世の中に何かしら必要とされて役に立つことが生きがいにもつながります。
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大切なのは、何らかの方法で世の中と関わっていることだ。その関わりの中でこそ、自分はまだ必要とされている。見捨てられていないという実感を得られるものである。
誰かの何かの役に立つというのは、自分が世の中で必要とされている存在なのだということを確認する作業でもある。
<目次>
プロローグ 人生に小さな「ケジメ」をつけてゆく
第1章 なぜ、「身辺整理」が必要か
第2章 こころの「ケジメ」はこうつける
第3章 「そのとき」を受け入れるために
第4章 晩年の生き方
エピローグ あの世にいくときもユーモアを
精神神経科・斎藤病院名誉院長として、悩める現代人の「心の安らぎコンサルタント」として、また、日本旅行作家協会会長、日本ペンクラブ名誉会長など多方面で活躍。2006年11月逝去
